大切な貴女が願った未来は私がここから創ります
雨譜時隅
第1話 それは大嫌いな女から始まりました。
どうやら流すタイミングはばっちりだったらしい。
元々大きくていつも必要以上にキラキラしている目がさらに大きく輝いている。
「ねっ?ねっ?面白かったでしょ?泣けたでしょ?夕日ちゃん、お芝居とか観ないって言ってたしちょっと不安だったんだけど~楽しんでもらえてよかったぁ~!だってあのシーンからからずっと泣いてたもんね~!私と一緒だぁ」
「途中から泣きすぎてちょっと頭痛いもん。自分でもちょっとびっくりした」
私がいつもよりもワントーン高い声で応えると彼女のキラキラはうざいくらいさらに増す。
「タオル必須って意味わかった?私も何回見てもあそこから泣けちゃうんだよね~」
「持って来てよかったよ~本当に誘ってくれてありがとう美代!」
「こちらこそだよ~一緒に来てくれてありがとう~」
私の両手を握りゆらゆらと左右に動き満面の笑顔をみせる美代に合わせるように私も少し大げさに揺れる。
そのまま二人でホントよかったよね~。かっこよかったよね~。なんて同じような事を言い合うだけの時間に突入する。この時間が無限にも感じられるが心を無にしよう。
傍からは観劇後に無駄にテンションの上がった騒がしい女子二人に見えているんだろうな。
まぁこのロビーに残っている他の観劇客も似たような事をしているからそんなに気にする事もなさそうだ。それにしても女の子ばっかりだな、この空間。
わかりきってはいたけれどここにいる事が辛くなって来た。
お願いだから早く来い。
目の前で満足げに笑う美代も、他の客もお目当てはお前達なんだから。
少し経ち、脳死で美代の言葉を返しつつ、今日の晩御飯はなんだろうと考えていたその時、狭いロビーの熱が一段とあがり、待ち望んでいた瞬間が訪れる。
出演者たちがご挨拶、お見送りにロビーへ出てきたのである。
そしてその中には美代と私が待っていた美代の自慢の彼氏でもある野木恵一もいた。
あちこちで黄色い声が上がり、それぞれがお目当ての役者の元へ急ぐ。
恐らく出演者の中でも一番人気がある野木君はあっという間に待っていたファンの女の子達に囲まれてしまった。
しかし美代は笑みを浮かべながらその様子を見ているだけだ。
なるほど、本命様は余裕たっぷりでございますね。
それでは私も、返ってくる言葉が嫌になるほど想像できるけれども、ちゃんと私の役を果たすとしようか。
「美代、行かなくていいの?」
「うん、いいの、私はあの娘達の後でいいんだ。ほら恵一君は人気者だからね~。待ってる娘たちも多いし、その娘達にもちゃんと時間をあげなきゃ。ファンサービスは大事っていうしさ!それに、私が、いつも独占しちゃってるからこの時間くらいは、ね?」
時間を、あげる。その言葉に含まれた優越感たるや。
「そっか。偉いね~!私だったら焼きもちやいたり、あれだけ女の子に囲まれているところを見たら不安になっちゃうのに~美代は心が広いね」
大袈裟なほどの身振り手振りに加えてついでに驚きの表情をのせておいてあげよう。
「え~そんなことないよ~!!!ただ私は恵一君を信じてるだけだしぃ。それにさ自分の彼氏の人気が出てくれるのは嬉しいの!私、恵一君の事応援したいから!」
「そっかぁ~いい彼女だね、美代は」
美代が私の存在なんてもう眼中になくて野木君の事しか見えていないとはわかっていても、気を抜かず、ちゃんと心からの賛辞を込めているように美代が欲しい言葉を続ける。
「も~褒められると恥ずかしいからぁ!…けどさぁ」
美代の声色が急に変わる。
「ん?」
「最近、ファンが増えたのはいいんだけどねぇ、恵一君のお芝居が好きだからとか役者としてって感じじゃなくて、もうただ恵一君の事を恋愛対象として好きになっちゃってるじゃんって娘も増えててね」
「あ~それはなんか嫌だねぇ」
「いや、嫌っていうかね~」
「うん?」
「可哀想だなって思ってね」
「可哀想?」
「そう。だって、どんなに恵一君の事好きだって言っても私がいる限りその想いは絶対報われないのに。勝てる訳ないのにね。本命に、ただの一ファンが」
「まぁ、それは、そうだね」
「でしょ?あぁやって嬉しそ~に渡してるプレゼントだって恵一君と、私へのプレゼントになってるんだよ?結構色々もらえるから私は嬉しいんだけどね~。うん、やっぱり可哀想」
あちこちで黄色い声が飛び、熱があるはずのロビーが私達の周りだけ急に冷たくなったような気がする。
大きくキラキラした目の奥に光る冷たく鋭い感情。可愛く笑っているけれどこれは嘲笑い。
私と話しているはずなのにその視線は野木君と彼を囲うファンをとらえて離さない。
野木君のファンの女の子達をまるで見世物のように楽しんでいる。
いや、マジでこの女嫌いだわ。早くここから帰りたいという衝動に駆られながらもその思いを押さえつけて今日一番の笑顔をつくる。
「女の子達にまで気を遣えて、美代は優しいね」
「え~そうかなぁ~」
美代はそうだろう、もっと言えよ。という言葉を顔に貼り付けながら嗤った。
その後も美代の事が無理になるような話が続いたが、美代が思ったより野木君が自分のところへやって来るのが遅いようで、少しづつ機嫌が悪くなっていきついには黙り込んでしまった。こうなってしまったら私にできる事は何もない。ただ野木君が来るのを待つだけ。
それにしても本当に嬉しそうに野木君に話かけてるな、あの娘達。
可愛い子犬にしか見えないの~。と美代がうざいほど何度も口にする、
同い年とは思えないほど童顔でアイドルみたいな甘い顔をした野木君。
背も小さくて黙っていれば本当に可愛いくて大学でも高嶺の花の美代。
そんな二人はお似合いの私達の大学はもちろん他大学でも有名な彼氏彼女。
野木君の事を終演後もこうして健気に挨拶に出てくるのを待っているほどの女の子達であるならばもちろん野木君に彼女がいる事わかっているはずだ。
それでもあの娘達は彼とほんの少しでもいいからと話したいと待っていたわけで。
確かに囲んでいる女子の半分以上、いやほぼ全員がファンとしてではなく一人の女として野木君に恋をしているのは見ていればすぐわかる。
彼女達はどんな思いで今ここにいるのだろうか。辛くないのだろうか。
それとも、本当の性格はどうあれ誰が見ても美少女である美代ではなく自分を選んでくれるかもという気持ちもあるのだろうか。
私は、美代が野木君を睨むように見ている横で同じように彼等を見つめながらぼんやりとそんな事を考えていた。
「美代!また来てくれたんだ、ありがとう」
「恵一君お疲れ様~!!!」
しばらくしてファンへの対応を終えた野木君が私達の元へとやって来る。
美代は不機嫌だった美代は別人だったんじゃないかと思うほど今日一番キラキラした目で嬉しそうに彼を迎える。
二人の姿をチラチラと野木君のファンが盗み見をしているが美代は見せつけるように彼に近づき信じられないくらい甘えた声を出す。
「今日も格好良かったぁ!何回見てもすっごく面白い」
「本当?よかった、嬉しい」
本当面白いだの今日が一番格好いいだのこれでもかというほど二人はいちゃつき倒し、美代の気が済んだところでやっと私へ話を振る。
「あのね、あのね、夕日ちゃんも面白かったって」
「あ!そうだ小川さん!挨拶が遅くなってごめん。今日は来てくれてありがとう」
最初から美代の隣にいたんだから目に入ってだろうに、本当に今更だな。と思いつつ。
「ううん、気にしないで。本当面白かった。うちの大学の演劇サークルってすごいんだなぁって思った。野木君もお芝居が上手くてびっくりしたよ。美代がいつも自慢の彼氏だってノロケるのもわかるなぁ」
「ちょ、夕日ちゃん恥ずかしいよぉ」
「美代、お前俺の事そんなに話してるの?」
「だってぇ~」
うざいくらいにね。と心の中でつぶやきつつ、いかに美代が気持ちよくこの場を終わる事が出来るかを考えつつ、会話をこなす。
私が話すのは少しでいい。あとは美代が野木君のファンの前で【お前達の入る隙なんてないんだよ】という事をいかにアピールするかが一番大事な事なので、いいタイミングで私は聞き役モードに移行する。撤収作業のある野木君たちが引き上げるまであとは適当に相槌を打っておけばいい。
しかし、あと少しでこの場から解放だという所で話の雲行きが変わってくる。
「それにしても小川さんがお芝居に興味を持ってくれるなんて思わなかった」
急に野木君が私に話を振ってきたのだ。やめろよ、お前美代とずっと喋って最初の挨拶以外ほぼ喋って来なかったじゃねぇか。
「それはこの作品が面白かったからだよ」
私は嫌な予感がしつつ彼の出方をうかがう。
「だったらさ、きっとまた楽しんでもらえる舞台があるんだけど行かない?」
「え?」
ほら来た。何を言い出すんだこいつ。
「今回、俺達の舞台にもアドバイスをくれた人の劇団が今近くで公演やってるんだけどさ~俺がチケットとれば少し安くなるし!どうかな?」
「それすごくいい思う!あのね、私と恵一君も観劇したけどすごく面白かった!きっと夕日ちゃんも楽しめるはずだよ!」
美代は黙ってろ。とりあえずここはまだ様子を見よう下手に動くと詰む。
「そうなんだ~興味はあるけど…でも今月ちょっと予定が埋まってるからなぁ…」
「だったらさ!このあと、二人で一緒にご飯食べに行く約束してたじゃない?私はいいからさ行ってきなよ舞台!この後ならいけるじゃん!」
は。待て。まさか。お前ら、まさか。いや、ここは冷静に、穏便に。
「でも、お店予約してあるんだよね?あのお店確か当日キャンセル代かからなかった?安くないよね?中々予約取れないお店なのに美代が頑張ってとってくれたし…」
「だったら俺が代わりにいくよ、いい?美代?」
「え?今日サークルのみんなとご飯じゃないの?」
「大丈夫、きっと小川さんの話とキャンセル代の話をしたらみんないいって言ってくれるから」
「ほんと!?本当に!?嬉しい!!!一緒にこのあとも一緒にいれるなんて!」
おいおいおい。待て待て待て。お前ら狙ってたな、最初からこの展開。
美代、わざとらしい喜び方するな。それから野木君、ずっと言いたかった事があるんだけど、あんたホント演技下手だな。
私は、この展開に呆れかえっていた。
「だけど、急に飛び込みで観劇なんてチケットってあるのかな…」
「うん、大丈夫!ぶっちゃけチケット余っててさ、ありがたいよ!」
「そうなんだ…」
なるほどね、そういう事か。全てに合点がいった。
「もちろん小川さんが良ければって話だけど」
「あ!そうだよね、ごめんね、勝手に進めちゃって、私も観劇仲間が増えたら嬉しくてつい。
本当は私も夕日ちゃんとお話したいこともあったから残念だけど、だけど夕日ちゃんに楽しい時間を過ごしてもらうためなら我慢だね」
無駄にうるうるしやがってなにが我慢だ。私のためにドウモアリガトウゴザイマス。
まぁでもこの二人の計画通にまんまとはめられたのは本当にムカつくけど、こうして合法的に美代から逃げられるならこんなにありがたい事はありがたい。
さて、こういう時は少し眉を下げ寂しげな声色でこう答えるのが一番だ。
「ううん、私こそせっかく初めて美代とご飯いけるチャンスだったのに、なんか気を使わせてゴメンね…じゃあお言葉に甘えていってきてもいいかな、その舞台」
「ううん!私の事は気にしないで!楽しんできて!!」
「俺から連絡入れておくから受付で名前を言えばいいから!美代、劇場の場所とか詳細送ってあげて」
「わかった~!」
「じゃあ俺連絡もしなきゃだし楽屋にそろそろ戻るわ!美代、いつものカフェで待ってて?あとで合流するから!」
「うん、わかった、お疲れ様、またあとでねぇ~」
私は、要件を終わらし憎らしいほどかわいい笑顔で手を振り戻っていく野木君の見送りながら覚えてろよ。と呪いをかけておいた。
「よし、じゃあLINEで送るね~」
美代は野木君が楽屋に戻るとテキパキとまるで用意してあったかのような舞台の詳細を私に送る。
「ありがとう、本当ごめんね、美代」
「気にしないでっていってるじゃん!感想聞かせてね」
「もちろん」
どうやらもうこの後のデートの事しか考えていないようでまるで心ここにあらず。
さっさと別れてどこかでお顔直しも念入りにしておきたいのだろう。
私にとってそれは願ったり叶ったりなので美代からLINEを受け取ると会話もそこそこに彼女と別れその場を後にした。
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