第17話 逆位置
なんだ、いたのか。
約束の時間に大幅に遅れこれでも急いでいつもの場所へ向かったというのに、部屋の灯りが付いておらず、まさか帰りやがったのかと不快な気持ちを抱えながら部屋へ入ると、
薄暗い部屋の片隅で俺よりもさらに不機嫌そうに、そいつはスマホをいじっていた。
「部屋の電気くらい、点けろよ」
「俺一人だったし、別に必要ないって思ったんで」
「部屋の中だし帽子も脱げば?」
「用件だけ済ませてすぐ帰るつもりだったんで。まぁ結局ここに長居することになってますけど」
「あぁ、そう。それは俺が悪うございました。売れっ子役者であられる岡名絢さんのお時間を奪ってしまってすみませんね」
「あの、そういうのいいんでもうさっさと要件話して貰っていいですか?」
「まぁまぁとりあえず一旦俺も座らせてよ」
俺は部屋に入ってから一度もこちらへ目もくれずスマホをいじり続けて、3人用のソファを偉そうに1人で独占している絢の横へ強引に腰を下ろした。
「は?なんで横に座ってくんの?前のソファも空いてんじゃん。なんでわざわざ狭いとこ来るわけ?」
そこで初めてやっと目が合うが、かなりご機嫌なナナメのようだ。
「そんな嫌な顔すんなよ。、俺一応この世界ではお前の先輩なんだけど?」
「…じゃあ先輩。そんな俺みたいな可愛くない後輩の横になんか座らないで、あちらの広いソファをお使い下さいませ」
「それはそれはお気遣いどうもありがとう。でも大丈夫。それにあっちのソファには別のお客様がお座りになるから」
「…は?」
絢のもともと切れ長の鋭い目がさらに細く尖っていく。
「どういう事?今日ここに来んのは俺と、アンタだけじゃないのかよ?」
「うん、そう!急に会わせてドキドキサプラーイズってやつ?」
「帰る」
その言葉に絢は苛立ちの限界を迎えたのだろう。俺を突き飛ばす勢いで立ち上がるとこちらへ視線を合わせる事無くその場を後にしようとする。
「はいはい。ごめんごめん。無理言って突然ここに呼びだしたくせに遅れたのも、他の人間がここに来る事を黙っていた事も、全部俺が悪いし、ちゃんと説明するから。ほら戻って戻って」
絢はこちらをものすごい勢いで睨みつけていたが、盛大な舌打ちをかました後にため息もセットにつけながらソファへ戻った。
「だから、そっちは後から来る別の人間が座るっていったじゃん?」
「…そいつがアンタの横に座ればいいだろ?」
「なるほどね。ま、お前がそうしたいならそれでいいけど。俺の横に座っておいた方がいいとは思うけどなぁ…」
「もういいから。それで何だよ、今日ここに呼びだした理由。それに後から来るって奴の事も話せ」
「そんなに急かすなって。それにその、ここに来る予定の人間も仕事が押してもうちょい時間がかかるみたいなんだよね。でもさ、俺皆揃ってから話したいんだよね」
「はぁ!?」
「だから、まぁほらあれだ。メンツが揃うまで俺と世間話でもしてようよ、な?」
「…必要以上にアンタと話す事はない」
絢はそのまま再度スマホを取り出し俺を眼中からシャットアウトする。
「連れないねぇ…。そんな事言わずにさぁ~。色々話そうよ~。ほらほら~どうなの?稽古場の様子は?いい感じ?順調?」
絢からの反応は全く無し。想像通りだけど、本当可愛くない後輩。ま、気にしないけど。
「チケットは完売。まだ公演は少し先だというのにSNSでは稽古場の様子を出演者が投稿する度に大盛り上がり。期待値もどんどん上がっていってるみたいだし、これはカンパニー一同一層熱が入るというか、手が抜けないというか…そういうお前だってやっと再会した【ねえちゃん】の前では良い所見せたいところだもんなぁ」
いくら話しかけても相変わらず無視をし続けているように見えるが、【ねえちゃん】というワードに絢が少し反応した事を俺は見逃さなかった。
「っていうか【ねえちゃん】とはどうなんだよ?なんか話したか?仲良くなった?それともすっかり変わってしまってショックを受けたか?」
「…あのさぁ」
「ん?」
「そんなわざとらしく俺を煽って楽しい?…それともなんか探ってんの?」
面白いほど絢と目が合うたびに俺に対しての苛立ちや疑念心が増されてしまってるようだ。
「人聞き悪いなぁ~純粋に気になっただけ。なんせ7人もいる【分裂者】の中から真っ先に頼もしくて可愛い仲間の為に【ねぇちゃん】を小川夕日に接触させたんだから」
「それは元々あの人が【オリジナル】に一番近いだからだろうが」
「いやいやそれは関係ない。最終的な目的は同じになるからね、実際に遠い【分裂者】でも計画に問題はなかった。それはお前もなんとなくわかるだろ?だから、感謝して欲しんだよね。もしかしたらもう【決生】が崩壊し始めるのも時間の問題かもしれないんだから。
そしたら最初に目的を達成できるのはお前って事になる。【ねぇちゃん】を自分だけのものに出来る日は近いぞ」
すると今度は俺に対して負の感情ではなく、違う理由で初めて俺から絢は目を逸らした。
「…そんな上手くいくかよ…」
やはりこいつは思った通り【ねぇちゃん】の話題になると本心を出しやすいようだ。
「浮かばないしてどうした?上手くいかないって何かあったのか?」
「そうわけじゃ…」
口には出さないけれど顔を見るだけでわかる、絢はきっと【あいつ】の事を思い浮かべているのだろう。
「ふうん。なるほどなるほど。やはり佐桐公には簡単には勝てないってわけか。うん。それもそうか。今のお前が佐桐公に敵うはずないもんな。悪い、夢見すぎたわ。【ねぇちゃん】がお前のもんになる日はまだまだ先だわな」
「…うるせぇ」
本日二回目の舌打ちをかまされたところで再度絢は黙ってしまった。
全く期待していなかったし、全て想像通りの事ではあるし、本当にちょっと暇つぶしでつついてみたところ、意外にダメージを絢に入れてしまったようだ。
だけど、こんな事でいちいち落ちられても面倒だし、ただの荷物になるだけだ。
分かってはいるだろうが一応、言っておいた方がいいだろう。
「計画はまだ動き出したばかりだし、これから【ねぇちゃん】だけではなく次々小川夕日を【分裂者】に接触させていくつもりだ。これからお前にはやって貰いたいことが沢山待ってる。だから…」
「だから、こんなこんな事でいちいち落ち込む暇があったら少しでも早く【決生】を崩壊させるために成長してみせろっていうんだろ?言われなくてもわかってる」
「…さすが。それでこそ俺が見込んだ【破壊者】だ」
「だったらそのためにもここで俺をわざと試すような真似をしたり無駄に待たせたりしてないで早く解放して欲しんですけど、先輩?俺明日も稽古なんすけど?」
本当、可愛くないな、こいつ。
【破壊者】として俺がこちら側に引きずり込む前は不器用だけど可愛い後輩で俺に媚び売ってたくせに。
「それはお前の言う通りだ。でも安心してくれ、待ち人から連絡が来てもうそこまできてるってさ」
「あっそ。っていうかアンタ、そのここに来る人間の事結局なんも話さなかったな」
「まぁまぁ、ほら入り口のドアが開いた音がするし、もうご対面した方が早いって」
「おい、お前ここの鍵も、もう渡したのかよ?」
「うん。そうだよ、なんか都合悪かった?」
「いや悪いも何も、本当に信用できる奴なのかよ」
「いやいや信用も何もお前と同じ【破壊者】だし」
「え?」
「前にも話しただろ、お前の他にも【破壊者】がいるって。そもそもお前に合わせる人間ななんて【破壊者】ぐらいだろうが。っていうか俺、その事をわかってて大人しく待っててくれたんだと思ってたんだけどなぁ~。まさか想像してませんでした~緊張します~なんて言わないよな~。しかもさっきからここに来る人間が一人って思い込んでるみたいだけど、誰も一人っていってないからな。役者だったらちゃんと人の話をちゃんと聞いて理解しような?」
「…てめぇ…」
そのまま掴みかかってきそうな勢いを感じたが、部屋のドアが開いたことで絢の意識はそちらに飛んだ。そしてその入口に立つ【破壊者】達の姿をみて今までの俺へ対してのヘイトは完全にどこかへ消えたようだ。
「お疲れ、仕事終わりに呼び出してゴメン。さ、中に入って」
固まってしまった絢を一瞥しつつ俺に促されるまま【破壊者】達が中へ入って来る。
「で?どうする絢?その広いソファにお前が広々と1人で座り続ける?それとも俺の横に来る?」
「…最初にいっておけよ」
「いや、だから言ったよ?俺?」
「そういう事じゃねぇよ…」
それ以上何も言えず黙ってそそくさと俺の横に移動してきた絢を見て、可愛く思っていた頃…つまりただの先輩後輩としていれた頃を思い出して少し懐かしく思った。
「では改めて皆様、本日はお忙しい中お集りいただきありがとうございます!いやぁそれにしても【破壊者】全員が集まると中々壮観ですねぇ~この豪華メンバーで舞台やってみたいもんだなぁ~」
俺の言葉は静寂な部屋に吸い込まれていく。返ってくるのはそんなのどうでもいいから早く進めろという視線だけ。
ここで本日3回目の舌打ちをかましてきそうな絢はというとこの空気に呑まれてしまいそれどころではなさそうだった。
もう少しこの状況を楽しんでいたい気持ちもあるがしょうがない。先に進めよう。
「さて、もう皆紹介しなくても分かってると思うけれど、改めて紹介しておく。
こいつは岡名絢。先行して小川夕日と【分裂者】が接触してる場にいてもらってる」
「…別に初対面じゃないんで、なんか変な感じですけど…一応…。岡名絢です…」
絢は小さく会釈し、さらに続ける。
「っていうか俺以外皆さん、お互いが【破壊者】だって知ってたんすか?」
「待て待て絢。話には順序ってやつがあるんよ。ちゃんと説明するから待ってろ」
「何だよそれ…」
「はいはい。んでこちらは浅海走亮、高階士、塩矢静。この三人もお互いが【破壊者】だって知ったのは…あの件の劇団、[演劇集団きなりいろ]第三回公演あたりかな」
「それって…」
「そう。小川夕日が初めてお前の【ねぇちゃん】…皆に分るように言えば尾花薫が小川夕日、それから貴水怜吾と接触した頃。つまり計画を第2段階に進めた時。先に三人だけ顔を合わせたのは計画のために一足先にお互い見知ってもらう必要があったからな」
「どういう事だ…?」
「浅海走亮、高階士、塩矢静…このメンツをみてお前なんか思わないか?」
「えっと…あ。…まさか…貴水怜吾の…」
「そう。貴水怜吾とこの3人は今度同じ舞台に出演する。お前たちの舞台よりも稽古に入るのが少し後だったから少し遅れたけど、この度、無事貴水怜吾とまた別の【分裂者】の一人を接触させることが出来た。だからこの段階でお互いの情報共有もかねて一度皆で集まった方がいいかと思って、この場を設けさせてもらったわけ」
「待てよ、接触できたのは良かったとして…その舞台ってキャスト男しかいなかったよな?今世で確認した【分裂者】って皆女だったってアンタ言ってたよな?その【分裂者】ってスタッフとか関係者の人だったわけ?」
仕方がないが絢から質問が止まらない。話には順序があるって言ってるのにホント…。
「…違う。キャストの…婚約者。そう。主演様の恋人が【分裂者】だったんだよ」
「え?…主演って…」
ここにきてずっと黙っていた静が口を開き俺の代わりに説明をしてくれた。
でも確かにここは静が話した方が絢も少しは大人しくなるかもしれない。
俺はこのまま一旦見守らせてもらうとしよう。
「それから、まどろっこしい話の前にこれだけは言っておく。俺にはお前のその、【ねぇちゃん】っていうのがどういうもんかわからねぇけど、俺にとって貴水怜吾が接触した【分裂者】は俺がこんな狂った計画に関わるほど大切な存在だった。俺も含めてここにいる残りの二人もれぞれが手にしたいものがあってここにいる。
それはお前も、このへらへらしてる狂った計画の首謀者も同じだろ?だからまずはその俺達へのギンギンに向けた疑いの目を止めろ。まずは話を聞け」
「…すみません、失礼しました」
さすがクールアウトロー系代表塩矢静。絢が何も言い返せていない。
「悪ぃ、話折ったわ」
「いやいや。良いもんみさせてもらったわ。んじゃまとりあえず。簡単な自己紹介と今日集まってもらった理由が分かってもらったところで…。早速本題に…」
するとここでタイミグ悪くポケットに入れていたスマホが鳴り響く。
静達からどうぞ出てくださいという無言の合図を受け取り俺はそのままスマホを手にする。
すると画面には、まさにこれからの運命を占うかのような相手の名前が表示されていた。
「もしも~し。はい、白尾です。聖ちゃんから電話なんて珍しいね。どしかした?」
大切な貴女が願った未来は私がここから創ります 雨譜時隅 @tokiamafff
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