「お前なら」
弥幸が妖傀の左胸に手を入れてから数分が経過した。
星桜は精神力を送りすぎず、かと言って足りなくならないように気を付けながら祈るように送っていた。
「あれから二人とも動かなくなったが、大丈夫なんだよな?」
「どんな状況でも、”大丈夫”と言い切れることはないわ。私達がしている仕事は、そういうものなの。だから、その質問には答えられないわ」
「……………………やっぱり、兄妹だな」
「嬉しいわね、ありがとう」
翔月は呆れ、逢花は無表情のまま淡々と受け答えをしている。
そんな時、数分間微動だにしなかった弥幸の肩が震えた。
「あっ」
「終わったみたいね」
食い入るように弥幸を見る二人。肩を震わせた弥幸は静かに動き出し、妖傀の左胸に入れていた手をゆっくりと抜き取った。その手には、輝く何かが握られている。
繋がっている光の糸の揺らぎに気づき、星桜は目を開ける。
握っている右手を見下ろしている彼の姿を見て、笑みを浮かべた。
「やった!」
星桜は両手を上げ喜び、その場で飛び跳ねる。
弥幸は淡々と前回同様に、光る何かを空の小瓶の中へと入れた。すると、黒い液体に切り替わった。
その光景を見て、翔月は「あれはなんだ?」と呟いた。
「あれは人の負の感情の核よ。あれを回収できたのなら、もう安心」
逢花の言葉に翔月も納得し、眉を下げ笑みを浮かべる。
肩に入っていた力が抜け、夜空を見上げ全てを口から吐き出した。
弥幸は小瓶をポケットに入れて、三人へと近づく。
「お疲れ様、赤鬼君」
「疲れてなどいない──嘘。めっちゃ疲れた」
近づきながら狐面を取り、弥幸は頭をガシガシと掻く。
星桜もやっと自身の汗を拭い、弥幸へ労いの言葉をかけた。
「本当に、お疲れ様だよ、弥幸お兄ちゃん、今回は倒れなかったね。初めてじゃない? 浄化をして倒れなかったの。しかも、昼間あんなに精神力使ったのに」
逢花も狐面を取り、笑顔で弥幸に言う。
「そうだね。まぁ、今回は僕だけの精神力じゃないし。今回は君も、上手くできてたんじゃない?」
「本当に?! やった!!!」
無邪気にその場で喜び、頬に手を添えにやける顔を抑えている。
隣で見ていた翔月は、優しく微笑みながら見ている。
「なら、今日はもう帰ろうか。もう星桜さんに危険は無いはずだよ。二人の恨みは、弥幸お兄ちゃんがしっかりと取り除いたから」
逢花が二人へと伝える。そのことに対し、星桜は疑問が頭に芽生え弥幸に質問した。
「そう言えば、今回は誰に憎まれてたの?」
「それを普通に聞くのすごいよね、星桜さん」
逢花の呟きに、翔月も同意するように頷く。
二人の様子など気にせず、弥幸は端的に答えた。
「武永」
「え、武永って。もしかして、凛?!」
「その人以外に武永って苗字の人居たの? 田中や山田とかじゃないんだから、そんなに数多く存在しないと思うけど」
「いや、そういうことで言った訳では……」
星桜は、そのまま顔を俯かせた。
凛は前回、星桜を崖から突き落としている、恨まれているのは確実だ。だが、そこまで恨んでいるのなら、なぜ最初に襲ってきたのは凛ではなく、翔月だったのだろうか。最初に行動を始めたのは凛だったというのに。
このような思考が星桜の表情にも表れ、弥幸は呆れたように息を吐いた。
「君の考えは手に取るようにわかるね」
「え、そんなに顔に出てたかな」
「丸わかり。まぁ、妖傀についてはまだ話していないことが沢山あるから。それはまた後日話すよ。今日はもう帰った方がいい。僕も眠い」
言うと、弥幸はなんの前触れもなく、翔月を米俵のように脇に抱える。
会話にすら入っていなかった翔月は油断しており、ぽかんと口をあんぐりさせ弥幸の顔を見上げた。
「──えっ」
「僕は眠いの、さっさと寝る」
タイミングなど一切告げず、ひとっ飛びして崖の上に跳ぶ。その際、心の準備をしていなかった翔月は、森の中に響き渡る叫び声をあげた。
「…………ナームー…………っえ? 逢花ちゃん?」
「私も早く帰りたいかなぁ。弥幸お兄ちゃんみたくひとっ跳びは無理だけど、我慢してね。まぁ、もう慣れたか!!」
「え、ま、ちょ。まだ、心の準備がっ――……」
星桜の言葉など無視し、逢花は笑顔を向け、崖を一蹴りし、崖の上に跳ぶ。
翔月の時と同じで、夜空が浮かぶ綺麗な森の中に、甲高い悲鳴が響き渡った。
※
次の日、星桜と翔月は一緒に学校へと向かっていた。
「散々な目にあったな……」
「う、うん。昨日とかその前とかも。私がこの場に立てているの、本当に奇跡だと思う」
「あいつのおかげと言えば、おかげなんだよなぁ」
「赤鬼君でしょ。なにか隠してるのかなとは思ってたけど、まさかこんな大事なことを隠していたなんて思わなかったよ」
ただ、人と接するのが大嫌いなだけなのかなとも思っていた星桜は、最近の出来事に遠い目を浮かべた。
「よく隠してこれてたよな」
「ほら、赤鬼君って学校では一切話さないでしょ? それに人とも関わろうともしないし。だからじゃないかな」
「なるほどな。今回の件があるから、あいつはあえて周りの人を避けてたんだな。自分の正体を隠すために」
「それだけじゃないとは思うけど……」
顔をひきつらせ、呆れたように星桜は言う。
二人がたわいない話をしながら歩き続けていると、後ろから星桜を呼ぶ女性の声が聞こえ立ち止まった。
「あっ──」
星桜の名前を呼んだのは、昨日の夜に妖傀を作り出してしまった凛。
息を切らし、肩を上下に動かしている。
「し、星桜……」
「凛……」
星桜は気まずそうに顔を逸らしてしまう。だが、凛はそれに対して何も言わず、いきなり勢いよく頭を下げた。
「星桜、本当にごめんなさい!!!!」
「んえっ!? どどどどうしたの凛?!」
凛の大きな声と謝罪に、星桜は困惑し眉を下げている。
翔月の方をちらっと見るが、今は何も言わない。見続けるのみ。
「私、ずっと星桜が羨ましかったの」
「え、私が?」
「うん。周りから好かれてて、なんでも出来て。私はそんな星桜が羨ましくて、悔しかった。仲良くしていたけど、内心ではずっと、憎んでしまっていたの」
苦しい感情が乗っかる声に、星桜は思わず俯いてしまった。
なんて答えればいいのかわからない。
「私、そんな凛の気持ちに気付かないで…………」
「いいの、星桜は悪くない。私はなんの努力もしないで、人を陥れることしか考えていなかった。貴方に私と同じところに堕ちてほしくて……。でも、昨日、夢の中で誰かが言ったの。陥れるくらいなら、まずは自分が努力しなさいって。相手の弱点などを見つけて、そこを超えればいいって」
今の言葉に、翔月と星桜はハッとなり顔を見合せる。
何のことか、誰が言ったのかすぐに分かり、眉を下げ笑い出した。
「らしいな」
「らしいね」
二人の言葉に凛は首を傾げるが、直ぐに切り替え手を差し出す。
「星桜、今度から私はあんなひどい事なんて絶対にしない。あんたと真正面からぶつかって、必ず何かで勝ってやる。だから、こんな私だけど、これからも友達でいてくれる?」
凛から真っ直ぐな目を向けられ、星桜も釣られるように見返し、口角を上げる。そして、差し出された手を握った。
「私も、絶対に負けないから!!!」
二人は固く手を繋ぎ、その後は思いっきり笑いあった。
それを翔月は、目を細め見届ける。すると、気配や足音なく弥幸が翔月の隣に立ち声をかけた。
突如現れた弥幸に、翔月は驚きの声を上げた。
「はよっ」
「うぉい?!?!! お、はよ」
心臓が飛び跳ね、バクバクと早打ちする胸を抑える。
フードをかぶり、マスクをして顔を隠している弥幸と目が合い、なんとか挨拶だけは返した。
「どうにかなったらしいね」
「まぁ、そうだな。――――これが、お前の仕事なのか?」
「まぁね。親のを引き継いだに過ぎないけど。僕自身、辞められるならすぐにでも辞めたいくらいだし」
それ以上何も言わず、弥幸は一人、学校へと向かう。
その姿を翔月はなんとも言えない表情で見続けていた。
「お前なら、辞められる状況でも、辞めないと思うけどな」
呟いたあと、楽しく話している星桜と凛へと駆け寄る。
時間を確認し、翔月達三人は学校へと向かった。
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