「真面目すぎ」
──────二時間三十分後
「し、死ぬ……」
「あぁぁぁぁああ!! 赤鬼くぅぅぅぅうううん!!!」
部屋の中に、星桜の叫び声が響き渡り修行は終わった。
なぜか修行をしていた星桜ではなく、火付担当となっていた弥幸がいきなり床へと倒れ込んでしまった。顔色は悪く、息を切らしている。
「なんでこいつが先にダウンするんだ?」
「弥幸お兄ちゃんも精神力は人並み以上持ってるけど、それでも二時間半ずっとつけっぱなしでしょ……。それに、今までも結構無理してたわけだし。君との戦闘の時に消費した体力と精神力が完全に回復してなかったんじゃないかな」
逢花は倒れ込んだ弥幸を見下ろし、簡単に説明。
星桜は心配そうに弥幸に声をかけ、翔月は説明を聞きながら呆れた目で彼を見下ろしている。
二時間半の間で、星桜はまだ一分も耐え切れていない。
逢花が「集中を切らさないで」「脱力するイメージ」「静寂を意識してみて」とアドバイスを送っていたのだがどれも上手くいかず、とうとう逢花もどう説明すればいいのか困っていたところで弥幸の限界が来てしまった。
今は六時過ぎ。早くしなければ人が寝る時間になってしまい、星桜を襲いに妖傀がこの町をさまよい始めてしまう。
それまでに必ずコントロールしてもらわなれば、今回弥幸は一人で、大きく膨れ上がった妖傀を相手にしなければならない。
そうなれば、今からでも精神力を回復し、夜に備える必要がある。
逢花は時間のこともあり、これ以上続けるのは不可能と判断。星桜には諦めてもらおうと声をかけた。
「星桜さん。今日の夜までにこれを成功させるのは不可能みたい。これ以上弥幸お兄ちゃんに精神力を使わせるわけにもいかないから、今回は諦めた方がいいよ」
「そ、そんな……」
星桜は顔を青くして、隣で横になっている弥幸を見下ろした。
肌は元々白いが、今はもっと白い。前回倒れ込んだ時と同じ状態となっていた。
今はまだ気を失った訳では無いが、時間の問題のように見える。
精神力を使いすぎると体に負荷がかかり、倒れてしまう。それを目の当たりにした星桜は、力があるにもかかわらず、使えないで見ているだけなのがどうしても嫌だった。
膝に置いてある手を握り、歯を食いしばる。
諦めたくない。ここまで来たらなんとしてでもやり遂げたい。そのような思いが彼女の頭を駆け回る。だが、火付け役の弥幸はもう限界。もし、このまま無理に続けて成功しなかった場合、弥幸は疲れた状態で妖傀を相手にしなければならなくなる。
星桜は自分の不甲斐なさに怒りが芽生え、涙の膜が張られ、顔を悲しげに歪ませた。
「星桜……」
翔月は何か言ってあげないとと、名前を呼んだ。それと同時に、倒れていた弥幸が汗を滲ませ、横目で星桜を見上げながら問いかける。
「君は、まだやりたいの?」
「えっ」
銀髪の隙間から見える真紅の瞳。その目は、星桜の全てを覗いているようにも見えた。
今にも閉じてしまいそう瞼を無理やり開け、真っ直ぐと彼女を見上げる。
「やりたいの? やりたくないの? どっち?」
「や、やりたい。やりたいよ。成功させて、赤鬼君の力になりたい。でも、もう──」
星桜は素直な想いを弥幸に伝えるが、現状を理解している頭が彼女の想いを閉じ込め、途中で口を閉ざさせてしまった。
俯いている星桜に、弥幸は震える体を無理やり起こし言った。
「なら、これが本当にラストチャンスだよ。これで出来なければ、僕は寝る」
限界が近いにもかかわらず、弥幸は赤く光る真紅の瞳を星桜に向け言い放った。
彼の様子に戸惑う星桜だったが、ここで辞めるのは逆に失礼だと判断。眉を釣り上げ、力強く頷いた。
「っ、うん!!!」
二人の会話を聞いていた逢花は、眉を下げ弥幸を見ながら問いかけた。
「弥幸お兄ちゃん、時間大丈夫なの? 体も限界が近そうに見えるけど」
「もうヘトヘトだよ。本当は今すぐにでも寝たいしこれ以上はやりたくない。だから、ラストチャンスって言ったの」
弥幸は口にし、星桜に近づく。テーブルに置かれている蝋燭に口を近づかせ、フッと一息吐く。赤い炎が蝋燭に灯り、メラメラと燃える。
体を引き、星桜は弥幸の代わりに前に出て蝋燭に近づく。それだけでも炎がゆらゆらと揺れてしまう。
今、少しでも手を近づければ消えてしまいそうな炎。現状の弥幸を表しているように見える。
星桜は横目で弥幸を見たあと、胸に手を置き深呼吸をし気持ちを落ち着かせた。
────落ち着け。大丈夫、大丈夫だよ。心配いらない。大丈夫。私ならできる。落ち着け。
自分に何度も何度も「大丈夫」と言い聞かせ、早くなる心拍数を落ち着かせようとする。
────焦るな、焦るな。これがラストチャンスなんだ。必ず成功させるの。絶対に失敗なんてさせない。
目を閉じ汗を滲ませる星桜。その様子に逢花は諦めたように目を閉じ、翔月は応援するような瞳で星桜を見る。
────必ず成功させろ。必ず、必ず。失敗は、許されない!
震える手をゆっくりと炎へと近づかせる。
彼女の様子に、逢花は目を伏せ、小さな声で「終わりね」と呟いた。
手が近付くにつれ炎は大きく揺れ始めるが、それでも星桜は止めることをせず慎重に近づかせる。
────落ち着け、落ち着け!!!
下唇を噛み、眉間に皺を寄せ自分に言い聞かせ、炎に手を添える。
────落ち着け、私!!!
左手を炎に添えた時、強風が起きた時のように、炎が大きく揺らめく。
消える──そう誰もが思った瞬間だった。
「君、本当に真面目すぎ」
弥幸の緩い声が、緊張した部屋に響いた。
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