「好きなんだろ」
星桜は何かを感じ、目を開け。不安げに揺れる瞳で弥幸を見た。
先程まで全く動かなかった弥幸が、肩をピクっと動かし、顔をゆっくりと上げる。そして、妖傀の左胸に突き刺していた手を、ゆっくりと引き抜いた。
握られている拳の隙間からは、白い光が出ており何かが握られている。
彼は、その手に持っているものを握ったまま腕を下ろし、ポケットからメモの貼ってある空の小瓶を取り出した。
蓋を開け、握っている物を中へと入れる。すると、小瓶に入るのと同時に黒い液体へと切り替わり、輝いていた光が無くなった。
「あんたの恨みは、頂いた」
胸元で小瓶を握り、弥幸は優しげな声で呟く。
妖傀は自身を動かしていた根源が無くなったため、灰へとなり風に吹かれる。その表情はスッキリしたように優しく、恨みが晴れたんだと、順次に理解出来た。
星桜がそんな光景を見ていると、左胸に刺さっていた釘がカランと地面へと落ちる。
釘には少しだけヒビが入っており、もう少し長く刺さっていたら壊れていた。
「終わった……の?」
不安げに弥幸へ問いかけると、彼は二人の方に振り向き小さく頷いた。
その反応に星桜と逢花はお互い喜び声を上げ、ハイタッチ。体全体で喜びを表現した。
「やった!!! これで終わったんだね!!」
星桜の反応に、弥幸は顔を俯かせる。それに対し、彼女は首を傾げた。
すると、妖傀に取り込まれていた翔月が黒い霧から姿を現し、地面へとうつ伏せに倒れる。
数秒後。呻き声を上げながら、翔月は体を動かし始めた。
「っ、翔月!!」
星桜は弥幸の反応が少し気になったものの、翔月の方が心配で、彼の隣を通り過ぎ彼の元へと走る。
逢花はゆっくりと歩き、無表情で立っている弥幸の隣に移動した。
「まだ、何か気になるの?」
「うん。あと一つ、大きな恨みが残ってるみたいだからね。彼の他に──……」
小瓶を握り、空を見上げる弥幸。仮面から覗き見えるその瞳は月明かりに照らされ、赤く輝いている。
「そっか。最後までやりきるの?」
「当たり前。ここまで来たら、もう一押しだからね」
言うと、彼は小瓶をポケットへと入れ星桜達に近づいていく。逢花も弥幸の後ろをついて行った。
「いてて……。何が起きたんだ」
翔月が頭を抱え、上半身をゆっくりと起こしながら周りを見る。
現状を理解しようとするが、周りは森。三人に見下ろされているのみ。現状を把握できるものが無いため、目を丸くするのみ。
「翔月、大丈夫?」
星桜が不安そうに翔月に手を伸ばすが、彼は咄嗟にその手から微かに逃げる。
彼の反応に眉を下げる星桜だったが、気を取り直し伸ばした手を引っ込め、眉を下げながらも笑みを浮かべた。
「痛いところはない? 怪我とかしてないかな」
「い、いや。大丈夫、だけど……」
「そっか。なら、良かった」
胸をなで下ろした息を吐く星桜。翔月は、少し気まずそうに顔を逸らす。その先には、弥幸が平然とした表情で立っていた。
「あんた、一体何者なんだ」
「我の名前を聞いているのか? それなら答える。我の名は──」
そこまで口にして、弥幸はなぜか途中で言葉を止めてしまった。
その事に逢花含め、三人が不思議そうに首を傾げる。
答えると言っておいて、その後の言葉が繋がらない。疑問を感じた三人は、顔を見合せたあと、星桜が代表するように弥幸に近付き、確認するように問いかけた。
「えっと、どうしたの────えっ? あ、あああ、ぁぁああああ赤鬼くぅぅぅうううんんんん?!?!?!」
「あ、倒れちゃった」
「な、何があったんだ!? おい、救急車!!!」
星桜が気になり問いかけようと手を伸ばした時、弥幸の体が前に傾き、パタンと倒れてしまった。
なぜいきなり倒れてしまったのか理解出来ず、星桜は甲高い叫び声を上げ、翔月も須磨を歩を取り出し救急車を呼ぼうとする。だが、それを逢花が余裕そうな顔でスマホを取り上げ
止めた。
弥幸を近くで見ると、死んでしまったのかと思ってしまう程肌が白く、狐面を取ると目は閉ざされており、深紅の瞳が隠されていた。
逢花が翔月から奪い取ったスマホを返しながら口元に手を持って行くと、息がかかるため死んではいないとわかる。
「多分、星桜さんの精神力を利用しても足りなかったんだと思う」
「えっ、足りなかった?」
「うん。まだ貴方が慣れていないというのもあると思うけど、今回の恨みは大きかったし、だいぶ膨らんでいた。だから、浄化をするのも相当精神力を使ったと思うの。正直、ここまで普通でいられたのは初めてよ。いつもは抜き取った瞬間に倒れてるし」
思い出したかのように逢花は説明する。聞きながら、二人は地面に倒れ込み動かなくなってしまった弥幸を星桜は心配そうに見下ろした。
「なぁ、俺、今の説明じゃ全く分かんないんだが。ひとまず、こいつは大丈夫なんだよな?」
「大丈夫だよ、命に別状はないから。それより、お兄ちゃんのことは私に任せて。貴方達のことも必ず上までは送るから。でも、上に送った後は自力で帰ってくれると嬉しいな。今回の後始末は、お兄ちゃんを自宅まで送り届けることだからさ」
逢花は笑顔で二人に伝えた後、一人ずつ崖の上まで送った。
一人ずつとはいえ、自身より大きな兄を簡単に背負うだけではなく、崖を登ることができる彼女を見て、二人は圧巻の表情を浮かべた。
三人を上まで送ったが、一つも息を切らさず逢花は「またね」と口にし、背中に背負われている弥幸と共に姿を消す。まるで、ワープでもしたかのように忽然と姿を消したため、二人は顔を見合わすことしか出来なかった。
ぽかんとした表情を浮かべた二人だったが、数秒後に意識が戻り顔を見合せる。
「あ。え、えっと。翔月。私、翔月になにかしたのかな」
今の空気を換えるように。星桜は早口で問いかけた。すぐに言葉の意味を理解出来ず、翔月は聞き返す。
「っえ。な、なんで?」
「あかぎっ──こほん。えっと、狐面の男は人の負の感情が具現化した化け物、通称
説明をしている時、徐々に息が荒くなり興奮気味に。逃がさないというように目線を合わせ、離さない。彼女の圧に翔月は少し後退り、星桜から逃れようと目線を逸らすが意味はなく、星桜が「翔月!!!」と強く呼びかけた。
少し粘ったが、星桜が諦めの悪い性格をしているのは、幼馴染である翔月ならよく知っている。観念したように溜息をつき、頭を掻きながら星桜と再度目を合わせた。
「わかったよ。でも、これから俺が言う言葉は深く考えるな。気にするな。わかったな?」
「わ、わかった。多分……」
星桜の曖昧な反応を見て、翔月は眉を下げ困ったような笑みを浮かべる。だが、すぐに顔を切りかえ真剣な表情になり、話し出した。
「俺は、星桜が俺の気持ちに全く気付いてないことに勝手に苛立ち、憎しみを抱き、無意識にお前をここまで恨んでしまっていた」
意を決したようにゆっくりと言葉を繋げる。星桜は聞き漏らしがないように相槌を打ちながら、耳を傾けた。
「星桜、俺はお前がずっと好きだった。昔から、ずっと。でも、それを伝える勇気が俺にはなくて、いつも逃げてた。そして、逃げた結果がこれだ。大事な奴を傷つけるなんて……。最低だよな」
目を伏せ、悲しげに苦笑いを浮かべる翔月に、星桜は目を開き驚きの表情を浮かべた。
「本当にすまなかった。俺はとんでもないことをしてしまった。本当にごめん!!」
翔月は腰を折り、深々と頭を下げながら謝罪した。
頭を下げられた星桜は、驚きと焦りで何も言えず固まる。
何も言ってこない星桜に、翔月は頭を下げ続けた。
「翔月、ありがとう。でも、ごめんなさい。今まで貴方の気持ちに気付いてあげられなかったことについても、気持ちに答えられないことも──本当にごめんなさい!」
次は星桜が深々と勢いよく顔を下げ、謝罪を口にする。
翔月はその姿を見ると、最初は目を細め悲しげな顔を浮かべ見下ろしていたが、すぐに口元に笑みを滲ませ、ある人の名前を口にした。
「お前、赤鬼弥幸の事──好きなんだろ」
翔月の寂しげなその声に、星桜は目を見開き顔を上げた。
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