「灰となれ」
星桜は弥幸の説明を聞き膝を抱え、顔を埋めている。そんな様子を弥幸は一切気にせず、腕を組み目を閉じた。
涙目になりながらも、隣に座る弥幸が気になり少しだけ顔を上げ横目で覗く。
目を閉じ無防備を晒している彼は、現実味がないほど綺麗。一般人とも纏っている空気が違い、異世界から飛び出してきたのかと思ってしまう。
銀髪というのは特殊で、染めているのかと思うが根元から銀色のように見えるためその可能性は低い。まつ毛も長く華奢なため、一歩間違えれば女性と勘違いしてしまう。肌も白く、手入れしているのかと思うほどすべすべだ。
星桜は、少し恨めしそうな瞳でジィっと弥幸を見ている。視線が鬱陶しく、弥幸は片目を開け「なに?」と不機嫌そうに口を開いた。
「えっと、やっぱり赤鬼君って見た目かっこいいよね。隠すの勿体なくない?」
「僕がかっこいいのは知ってるから改めて言う必要は無いよ。それに、君みたいに僕の見た目だけで寄ってくる人とか居るから、めんどくさいんだよね」
「別に、私は赤鬼君の見た目だけ見てるわけじゃないもん。どれだけナルシストなのさ」
「事実を口にしているだけだよ。それに、お前だってかっこいいって口にしてたじゃん。僕はそれに賛同しただけ。なにか間違ったこと言ってる?」
「イーエ。トクニナニモ」
「ならいいじゃん」
言うと、また目を閉じてしまう。星桜はこれ以上質問しても意味は無いと察し、ムスッとした表情を浮かべ空を見上げた。
葉の隙間から見え隠れしている星空が綺麗に輝き、月明かりが星桜の瞳に映る。手を伸ばせば触れることが出来ると錯覚してしまうほど近く感じ、思わず手を伸ばしてしまう。だが、当然掴む事などできる訳もなく、伸ばされた星桜の手は空を掴むのみ。
何も掴めなかった手のひらを見下ろし、悲しげに眉を下げる。
「こんなに綺麗な星空、見たのは久しぶりな気がする。もっと、違う形で見たかったなぁ」
今までも見る機会はあったはずだか、星にはあまり興味がなかった星桜は、夜空を見上げることはしてこなかった。
改めて見てみると、心が洗われるような光景で、星桜は自然と笑みを浮かべる。すると、どこからか、静かな森に風鈴ののような綺麗な音が響き始めた。
────チリーン チリーン
耳にスッと入ってくるような優しく、暖かい音。心地よく、ずっと聞きたいとも思ってしまう。
星桜がどこから聞こえるのか見回していると、弥幸はスっと目を体を起こした。
「来た」
「──えっ」
弥幸がその場から立ち上がり、腰に付けていた狐面を顔に。彼の動きについていけない星桜は、上から差し込む影に驚き咄嗟に見上げた。
目に映ったのは、崖の上から落ちてきた人影。目を見開き、顔を真っ青にした。
「え、人が落ちっ……」
思わず後ろに下がり、崖に背中をぶつける。同時に、ドシンという地響きが鳴り、土煙が舞い上がった。
「なにっ!?」
叫ぶのと同時に、土煙が晴れ目の前の景色を見る事が出来、星桜は絶句する。
『がっ、あ、ぁぁぁああああ!!!!』
上から降りてきたのは、以前星桜を襲った化け物と同じだった。だが、全く同じという訳ではない。
体長160〜170センチメートルぐらいだったのが、今は200センチメートルくらいまで大きくなっていた。
左右に生えている手も星桜の顔など簡単につぶしてしまえるほど大きく、腕も長い。少しでも近づいてしまえば、すぐにでも捕まり殺される。
化け物から放たれる圧に完全に飲みこまれてしまい、恐怖が星桜の身体を拘束し動けなくしてしまう。そんな彼女の前に、弥幸が守るように立つ。
歪んだ顔を化け物は星桜達に向け、耳まで避けている口を開いた。
『あ、ぁぁぁあああ。おえの、おえのしおん。おえの』
弥幸など眼中になく、後で震えている星桜に太く大きな腕に伸ばす。だが、彼女に触れる前に、弥幸が瞬時に腰へと手を伸ばし抱え、左横へと跳び引く。
避けられたことにより、伸びた手はそのまま崖にぶつかり破壊した。
「ひっ!?」
「腕力とかも前回より上がっているみたいだね」
壁を壊した光景を見て、弥幸は星桜を抱えながら冷静に目の前に立っている化け物──妖傀を見つめる。
「君はここにいて」
左腕で抱えていた星桜を一度地面に降ろし、守るように化け物の前に立つ。右手をズボンのポケットへと入れ、一枚の御札を取り歓喜の声が
「”我”に力を貸せ、
取り出した一枚の御札を妖傀へと投げると、赤い炎が舞い上がりお札を包み、弾けるように姿を現したのは炎の子狐だった。
耳や尻尾は炎のように燃えており、足の裏にも炎が立ち上っている。
────コーン!!
子狐が空中を走りながら鳴くと、妖傀の足元から円形に炎が燃え上がり、身動き出来ないように囲いこんだ。
『ぁぁぁああ、ああああ、ぁぁぁああうい、あういあういあうい!!!!』
炎の檻に包まれ、熱さのあまり叫び散らす。炎の壁から抜け出そうと、何度も何度も殴り続ける。だが、炎の壁を破壊する事が出来ない。
「凄い……」
炎の壁に拳がぶつかる度、鈍い音が響く。一撃一撃が重たいのは、音を聞いただけでわかる。それでも、炎の壁が壊れる事はなく、弥幸と星桜を守っていた。
赤く燃え上がる炎を目にし、星桜は思わず歓喜の声が口から零れ落ちる。
炎は壁を作り出すだけではなく、その場から動くことの出来ない妖傀を少しづつ燃やし始める。だが、それだけでは倒すことが出来ず、妖傀はずっと炎の壁を殴り続けていた。
数分、同じ動作を繰り返していた妖傀だったが、やっと頭が”壁を壊せない”と理解でき腕を下ろした。若干息が荒く、肩を上下に動かしている。
弥幸の後ろで驚愕の表情を浮かべている星桜から目を離さず、よだれを垂らしながら歯をギリギリと噛みしめた。
自身を燃やそうとしている炎など一切気にせず、横に垂らした手を広げ、四本の腕を炎の壁に付けおし始めた。
最初は意味があるように見えず、軸としている足が地面を抉るのみ。眺めている弥幸は、余裕な表情を浮かべ見続ける。
『おれのぉ、おれのぉぉぉおおお』
聞き苦しい声を出しながら押し続け数秒、炎の壁が変形し始めてしまう。手の形に押され、どんどん伸びる。その光景はまるで、風船。いつ破裂してもおかしくない。
「や、ヤバいんじゃ……?」
「抜け出されるかもしれないね」
炎狐は、空中を走り弥幸の右肩に止まる。歯を見せ、喉を鳴らし威嚇していた。
彼は今のうちにというように、もう一枚御札を取りだし、左手に持ち直す。そして、当たり前のように右手を御札へと添える。指先がお札に触れると、波紋が広がり中へと入った。
「え、それ、四次元御札?」
「あながち間違えてないけど、人を小さくする懐中電灯とかは出てこないよ。どこにでも行ける扉とかが出てきたら楽でいいんだけどね」
適当に返答しながら、弥幸は手首まで入れた右手をゆっくりと引き抜いた。その手に握られていたのは、細長く黒い鞘。
「それ、赤鬼君の武器?」
「愛刀」
弥幸の準備が整うのと同時に、炎の壁は妖傀の力に負け、大きな音と共に壊れた。
「ひっ!?」
炎の壁はチリとなり消え、妖傀は自由の身となる。ニヤァと、歪な笑みを浮かべ、妖傀は星桜を見た。その異質な視線に、彼女は小さな悲鳴をあげる。
妖傀は左右の腕を一本ずつ星桜へと勢いよく伸ばす。向かってくる腕を見ていることしか出来ず、星桜は咄嗟に左腕で頭を抱えた。
「我のことを無視するとは──」
先程の御札から取り出した刀の柄を右手で握り、鞘を左手で握る。左腰辺りまで下げ、腰を低くする。その間、僅か一秒。
迫ってくる二本の腕を視野に入れ、弥幸はタイミングを見計らい、刀を頭の上まで引き抜いた。
目のみ止まらぬ神業。星桜は何が起きたのか分からず、空を舞っている妖傀の二本の腕を驚愕の面持ちで見上げる。
弥幸が、刀を引き抜いたと同時に妖傀の両腕を切り落とした。舞っている腕は地面へと落ちることなく、炎が燃え上がり炭へとなる。風に流され、消え散った。
「恨みがどんどん大きくなっている。このままじゃまずいかもしれない」
腰を提げた状態から立て直し、妖傀の動きを見る。
自身の腕を簡単に切り落とされ、妖傀は上げていた口角が下がり無の表情に。斬られた自身の残された腕を見たあと、ゆっくりと首を動かし弥幸に目線を送る。
片手に刀を持ち、平然と立っている弥幸を見た瞬間、憤怒の形相になり言葉にならない叫び声をあげる。子供のように地団駄を踏み、地面を揺らし始めた。
地震が起きたのかと錯覚するほど地面は揺れ、星桜は心配の声を弥幸に送る。だが、聞こえていないのか返答はない。
弥幸は突如暴れだした妖傀を冷静に観察し、口を開いた。
「忌まわしき想いの結晶よ。我ら赤鬼家の名のもとに、今ここで奪い取る」
左手に持っていた鞘を地面に落とし、右手に持っていた刀を両手で握り直した。
剣道の構えが意識されている姿勢、狐面の隙間から見える深紅の瞳がキラリと光る。
弥幸など眼中にない妖傀は、彼がどのような動きをしようと、子供のように駄々をこねるのみ。地団駄を踏み、泣き散らしているような大かな声を響かせる。
タイミングを測り、弥幸は短く息を吐く。瞬間、弥幸は地面がえぐれるほど強く蹴り、勢いよく妖傀へと走る。
残された残り二本の腕を切り落とそうと、両手で持っていた刀を振り上げた。だが、それは叶わない。
恨みが強くなり、再生の能力も高くなった妖傀。いつの間に再生していた二本の腕を弥幸へと向け、大きな両手で掴もうとした。
「ちっ」
掴まれそうになった時、弥幸は地面スレスレまで体勢を前方に傾かせ回避。頭上を妖傀の腕が交差する。
バランスをわざと崩し避け、すぐさま立て直すため右足を前に出し、自身の体を支えた。
体勢を低くし回避したことにより、スムーズに相手の懐への侵入が成功。刀の刃を上へと向け、片手で振り上げた。
ザシュッ!!
妖傀の腕が空中を舞う。黒い霧が霧散し、風に流れる。
無事、妖傀の片腕を切り落とすことに成功。だが、恨みが強くなった妖傀の再生能力は高く、切っても意味はなかった。
たちまち再生され、弥幸の頭を握りつぶそうと伸ばす。上半身を後ろにそり、伸ばされた手から避け、地面を蹴り距離を取る。その際、妖傀の手が弥幸の頬に触れ、薄く切れた。
頬から流れ落ちる血を手の甲で拭い、煩わしいというように口をへの字にする。
「恨みがどんどん強くなっている。これで二回目の出現か、三回目まで持たないな」
背を伸ばし、刀を下げる。妖傀を見据え、めんどくさそうに頭を掻いた。
「しょうがないな。今回は、ほんの少しだけ本気を出そう」
地面をトントンと、二回ほど足のつま先で叩き刀を片手で持ち直す。いつものような構えではなく、体を左側に向け、顔は妖傀の方に向けた。
右足のつま先を妖傀に向け、胸元まで刀を引き上げる。横に添えるように構え、腰を落とした。肩にいる炎狐も威嚇態勢を作り、毛を逆立てた。
狙いを定めた真紅の瞳は好戦的に輝いており、妖傀を見つめる。
『おえのしおん!!!』と。妖傀は叫びながら、邪魔をしてくる弥幸に向かって突進し始めた。
「炎狐!! 闇に堕ちた、全ての想いを燃やし尽くせ!!」
肩に乗っている炎狐に指示を出し、膝を折る。すぐに炎狐は指示に従い、肩から前方に跳ぶ。
空中を駆け、森の中に炎狐の鳴き声が響くと、突如妖傀の四本の手から炎が舞い上がった。
────コーーン!!
『ァァァアアアアアアアア!!!!!』
「恨みによって生まれた操り人形よ。今ここで炎に焼かれ、灰となれ」
弥幸の持っている刀が、根元の方から徐々に赤く染まっていく。周りには、炎が
銀髪が風で揺れ、弥幸の顔を赤く照らし出す。
真紅に染っている瞳を、苦しんでいる妖傀へと向けた。
「全てを、灰に──」
この場に似つかない温かく、優しい声で呟く。すると、瞬きをした一瞬で姿を消した。
次に姿を現したのは、妖傀の背中。気づき、振り返ろうとしたが遅く。妖傀の視界に映ったと同時に、横一線に刀を薙ぎ払った。
弥幸が妖傀の視界から外れ、地面に足を付き刀を鞘に戻すと。空中に頭部が黒い霧と共に舞い上がる。
斬り飛ばされた頭部と星桜の視線がぶつかった。
目を開き、恐怖の顔を浮かべた彼女だったが、妖傀の目からこぼれた透明な涙を目にし、疑問の声と共に瞳を揺らす。
『星桜、俺は──』
その言葉を最後に、妖傀は灰へとなり風に舞う。その際、灰の中から一つの光が現れ、弥幸の方へと向かった。
彼は前回と同じく、メモの貼られている小瓶を取りだし蓋を開け、光を中へと入れる。すると、メモには『弐』という漢字が現れた。
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