「共有して欲しい」

「炎狼戻れ!!!」


 魅涼を切り裂く前に弥幸が炎狼を無理やり御札に戻し、憐れむような目を向けながら刀の柄を握る。


 炎狼が御札に戻ったため、弥幸と星桜は地面に足をつける。その際、振り回されている弓を右から左へと刀を薙ぎ払い飛ばした。


「くっ!!」


 バランスを崩した魅涼を気絶させるため、素早く後ろへと周り項辺りに手刀。

 それにより魅涼は唸り声を上げ、血走った目で弥幸を睨みあげ、地面へと倒れ込んだ。


「ゆ、るしません……よ」


 そう言い残し、魅涼は瞳を閉じ動かなくなった。


 弥幸もさすがに疲れ、息が荒く肩を上下に動かしている。

 憐れむように魅涼を見下ろし「ダメだった」と小さく呟いた。


 星桜は目を回していたが、直ぐに意識を取り戻し弥幸の背中を見た。


「えっと、この人は、何がしたかったの?」


 倒れている魅涼を見下ろしている弥幸に話しかけるが、返答はない。

 もう一度問いかけようとしたが、碧輝が視界の端に映り言葉を詰まらせた。


 碧輝の足取りは重く、顔面蒼白で目を見開き弥幸を睨みつける。


「だから嫌だったのに……。それと、近付かない方がいい」

「何を言ってる。ふざけんじゃねぇぞ糞餓鬼がぁぁああ!!!!」


 兄がやられてしまったことに怒り心頭。頭に血が上ってしまった碧輝は、両手を前方に繰り出し、人一人包み込めそうなほど大きな水の玉を作り出した。


 手のひらに神力を集め、水の玉を右手で殴り弥幸へと吹っ飛ばす。


 弾力があり、殴られたにもかかわらず破裂しない。

 スピードは無いが、当たるとどうなるか分からない。そのため、弥幸は星桜の手首を握り横へと走り避けた。


 それを先読みした碧輝は、弥幸の避けた先で待ち構え、神力を込めた拳を繰り出した。


「しねぇ!!!」


 目の前に拳。弥幸は舌打ちをこぼしながら、繰り出された拳を刀の裏で受け止めた。


「話を聞け!! お前の兄貴は──」

「てめぇの話など聞く必要ねぇよ!!! 兄貴に酷いことしやがって!!」

「先に手を出してきたのはそっちだろ!! それに、お前の兄貴は──」

「黙れ!!!」


 弥幸が何か言いたげにするが、碧輝がさえぎり続きが言えない。


 お互い押しあっていると、碧輝が今度は左拳に神力を込め始めた。

 横から神力を込めた拳を振るう。すぐに右手で受け止めた。


 だが、腕力に差があり押されてしまう。

 後ろにいる星桜は、不安そうに二人の戦いを見ていると、ふと視界の端に倒れている魅涼が映った。


 弥幸も気に鳴るが、自分に出来る事はない。

 少し離れ、彼を気にしながら魅涼へと近づいた。


「魅涼さん、大丈夫ですか?」


 魅涼に手を伸ばそうとした時、弥幸が彼女の動きに気付いた。

 顔面蒼白となり、星桜に向けて叫ぶ。


「馬鹿が!!! さっさと逃げろ!!!!」

「えっ?」


 気が逸れた事で、碧輝の拳が頬を掠る。

 微かに血が流れ出たが気にせず、星桜へと走り出した。


「なにが…………っ!」


 魅涼からいきなり黒いモヤが出始める。それは、翔月が妖傀を出してしまった時と同じ。

 星桜は目を開き、体をガタガタと震わせ徐々に大きくなっていくモヤを見続けてた。


 後へズルズルと下がっていると、急に後ろから抱えられた。


「赤鬼君!?」


 脇に星桜を抱え、弥幸が魅涼から離れた。


 碧輝は、黒いモヤが出ている魅涼を凝視。驚きのあまり動けない。

 この状況で唯一冷静でいられている弥幸は、モヤの大きさを確認し面倒くさそうに舌打ちを零した。


「――――デカすぎでしょ。ありえないから」


 弥幸が口にするように、モヤは徐々に広がり、巨人を作り出す。

 水仙家よりはるかに大きくなった、黒いモヤで作られた巨人は、口を開け呻き声を上げた。


『わだじはぁぁぁぁあああ!!!!!』


 約五十メートルはありそうなほどの巨体が弥幸達を見下ろす。

 腕は四本、ワニみたいな太く硬そうな尻尾が左右に揺れている。


 妖傀が何かを話す度、脳を大きく震わせ体から力が抜けてしまう。

 弥幸と星桜は両手で耳を隠すが、意味は無い。脳に直接うめき声が聞こえる感覚に吐き気が襲い、星桜は抱えられながら口元を抑えた。


 碧輝は今だ動けない。「兄貴……」と今にも泣きそうな顔で何度も何度も兄の名前を呼んでいる。それでも、妖傀になってしまった魅涼には届くはずもない。


 四本のうち二本の腕を碧輝に向け振り上げ、上から叩きつけようとした。


「おい!! 避けろよ!!!」


 弥幸の叫び声が聞こえず、碧輝はその場から動かない。

 このままでは潰されてしまうと思った弥幸は、炎狐を出し碧輝の元へ走らせた。


 碧輝の裾を噛み引くずる。それにより、潰されずには済んだ。

 彼がいたところには、人なんて簡単に潰せそうなほど大きな手が地面を抉っていた。


 土埃が舞い、風圧が周りの人を襲う。

 風圧に負けぬよう、炎狐は碧輝を弥幸の所まで連れて来た。


「君、死ぬつもりなの?」

「なんで。兄貴が。あれは兄貴じゃない。絶対に違う」


 炎狐が地面に碧輝を下ろしたためその場に崩れ落ち、何度も同じ言葉を呟いている。


 星桜は弥幸が地面に下ろしたが、足から力が抜け座り込んでしまった。

 両耳を抑え、二人を見上げる。その瞳は、悲観、不安、恐怖などと言った感情が乗っている。


 弥幸も妖傀を警戒しながら、戦意喪失してしまった碧輝を見下ろし口を開いた。


「まさか術者が妖傀を生み出すなんて思わなかったけど。でも、これは別に悲観するべき点じゃないと思う」

「…………何故だ」


 弥幸の声はしっかりと聞こえており、顔は上げずに静かに問いかけた。


「だって、妖傀は人の負の感情が具現化した存在。術者であっても負の感情が無いわけじゃない。どんな人にも怒りや悲しみ、苦しみや恨みは存在するし芽生えてしまう。だから、今回もいつもと同じだよ。いつも通りに、浄化するだけ」


 淡々と抑揚の無い口調で言う弥幸だが、その目には闘志が宿っており、絶対に救い出すという強い意志が感じ取れた。


 星桜は弥幸のその瞳を見て、先ほどまで感じていた不安は無くなった。


「私も協力する。みんなで魅涼さんを助けよう!!」


 星桜が気合いの入れた言葉を口にし、目の前に立ちはだかる巨大な妖傀を見上げた。


「そう言えば、君は今回の妖傀もはっきり見えているの?」

「え?う、うん」

「へぇ、さすが精神の核の持ち主。それじゃ、君は後ろで座ってる女性のそばにいてあげてくれる? 危険だから」


 弥幸は星桜に指示を出しながら屋敷の方を指す。そこには女性が不安げに巨大な妖傀を見上げていた。


 星桜と同じで精神の核を持っているため、マスクが無くても見えているらしい。

 星桜は弥幸の指示に従い、頷いた後に女性の元へと走り出す。


「ねぇ、君の精神力はずば抜けてると思うんだよね」

「だから、なんだ」


 碧輝は弥幸の一定の声に苛立ち、立ち上がりながら問いただすように強い口調で聞き返す。


「君の精神力をして欲しい」

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