「さようなら」

 星桜が弥幸を観察し始めてから一ヶ月。未だに声すら聞いたことがなく、机に項垂れていた。


「なにやってんの星桜」

「あ、凛。いやぁ……」


 声をかけられ、顔を上げチラッと横目で弥幸の方を見る。

 今日も変わらず、机に突っ伏して寝ている姿にため息をついていた。


「まだ諦めてなかったの? もしかして、赤鬼君のことが好きとか!」

「へっ!? いやいや、そんなまさか。ありえないって!! 話したことすらないのに!」


 星桜は慌てた様子で両手を振り否定。その反応が逆に怪しく感じ、凛はニヤニヤしたような顔で詰め寄り「本当に?」と問いかける。


「本当だよ!! というか、そういう目で見てる訳じゃないもん」

「ふーん、なら良いけど。それより、最近月宮と一緒に居ないじゃん。どうしたの? 喧嘩?」


 凛は詰め寄っていた顔を離し、なんてことないような口調で問いかける。


「翔月とは喧嘩したのかなぁ。私はしたつもりないんだけど……」


 翔月とは教室で話したっきり。どうしても気まずくなってしまい、一緒に居れない。

 男子達と楽しく話している翔月の方に星桜は目を向けたが、特に何もない。楽しそうだなと思うだけ。


「ふーん。まぁ、あんたなら有り得そうだね」

「えっ、どういうこと?」

「無意識に人を怒らせているんだよ。あんた、鈍感だからさ」


 指さしながら、凛は肩をわざとらしく竦め言い放つ。


「そ、そんなぁ……」


 項垂れ、落ち込む星桜に凛はすぐ顔を切りかえ、笑みを浮かべながら横目で再度翔月を見る。


「──今なら、いけるかな」

「ん? 何か言った?」


 ボソッと呟いた凛の言葉は、星桜には届かず聞き返す。だが、それに対し凛は「なんでもない」という言葉で済ませ、自身の机に戻って行った。


 星桜はよく分からないと言いたげに凛を見ているが、チャイムが鳴ってしまい聞くことが出来ず、次の授業の準備を始めた。


 ☆


 放課後、凛と星桜は一緒に帰っていた。その途中で、新しく出来たクレープ屋さんがあると凛は星桜を誘う。


「クレープ屋さんなんて久しぶりかもー!!」

「確かにそうかもしれないね。私は何にしようかなぁ〜」


 星桜は楽しげにはしゃぎ、頬を赤く染めている。

 凛は何のクレープを食べようか頭の中で色々考えていた。


 クレープ屋がある場所は繁華街。

 周りには奥様方や、帰宅途中の学生が行き交い賑わっていた。

 そんな中、人の波に逆らわず、二人は目的であるクレープ屋を探す。


「あ、あれじゃない?」

「あれか!」


 星桜が先に見つけ、凛は目を輝かせる。

 二人は近づき、ピンクを主体にしているクレープ屋の目の前に立つ。

 紙で作られた花や、可愛らしいキャラクターが書かれたメニュー表などが置かれており、すごく可愛い雰囲気を出していた。


 二人はメニュー表を見て、お互い自身の好きなクレープを選ぶ。

 注文したクレープが手元に届き、二人は話し合いながら繁華街にある椅子に座り、楽しく話しながら食べ始めた。


 食べ終わったあとも話は尽きず、そのまま時間を忘れてしまう。いつの間にか、周りは薄暗くなってしまった。


「あ、もう帰らないとダメかもしれないね」

「そうだね。…………あ」


 凛は隣に置いていた鞄の中に手を入れ、何かを探し始めた。すると、いきなり顔を青くし、慌てた様子で鞄の中をまさぐり始める。


「ん? どうしたの?」

「────ない」

「え?」

「スマホが、ない。どこかに落としたかもしれない!!!」

「うそっ!!」


 顔をゆっくりとあげ、焦ったような表情で凛は口にした。その言葉に星桜も顔を青くし、周りを見て探す。


「なんで無いんだろう。学校に居た時はあったの?」

「うん。多分ここに来る途中で落としたのかもしれない。お願い!! 一緒に探して!!」


 凛は星桜に手を合わせ、お願いした。


「うん。一緒に探そう!! 暗くなってきたし、急いだ方がいいかもしれないね」

「そうだね。多分、ここに来る途中で通った崖近くの道、そこかもしれない。一度あそこで時間を確認するためスマホ出したから……」

「あぁ、あそこか。近くが森だから木が覆いかぶさってて少し不気味なんだよね……。それに、柵があるにしろ落ちると危ない」


 星桜は「明日、朝早くに待ち合わせしていかない?」と提案するが、凛がそれを却下。

 今ないとどうしても困ることを伝え、星桜は渋々と言った感じで「分かった、なら行こう」と来た道を戻り始めた。


 その背中を凛は無表情で見つめており、鞄に入れていた手を抜き出す。その手には、スマホが握られていた──……


 ☆


 二人は来た道を戻り、森が近い道路を歩き小さなスマホを探している。


 森に囲まれた大きな道路、下は大きな波の音を立て水が流れていた。

 今二人が歩いているのは、大きな赤い橋。左右には赤い柵が並び、落下防止の設備はしっかりとしていた。


 空を覆い隠すほど大きな樹木が立ち並び、夕暮れが差し込まず薄暗い。そのためか、ここは普段から人通りがなく、不気味な雰囲気を漂わせていた。


 木々を揺らす風は冷たく、体が冷えてしまう。

 冷たい風が当たる度体を震わせ、星桜は自身の腕を擦りながら周りを見回していた。


「本当にここなの?」

「多分ここで間違いないと思うけど……。もしかしたら崖の下に落ちちゃったかも」

「え、まじ?」


 星桜は凛の言葉で、一応崖の下を確認しようと柵に近付き、体を乗り出した。


 下は葉が覆い茂っているため緑しか見えない。風も吹いているおり、カサカサと葉が重なり合う音も聞こえ、不気味な雰囲気を加速させている。

 それだけではなく、地面が見えないほど高さもあるため足が竦む。

 太陽が沈み、月が顔を出し始めた時間帯なため、すぐに夜へとなり視界が悪くなってしまう。


 星桜は溜息をつき、後ろを振り向こうとした。


「凛、やっぱり明日の朝探そうか。今は暗くてみえ──」



 ドンッ



「……えっ」


 振り向こうとした時、背中に強い衝撃。

 いきなりのことに反応できなかった星桜は、押された勢いで柵へとぶつかる。

 右手で落ちないように支えようとしたが咄嗟の事だったため、上手く柵を掴むことが出来ず、バランスを崩し柵を乗り越えてしまった。


 咄嗟に凛に向かって左手を伸ばすが、その手は掴まれることがない。

 星桜が崖から落ちる前に映った光景は──凛の、歪んだ笑みだった。


「さようなら、星桜」


 歪んだ笑みで伝えられた言葉を最後に、星桜は崖から落ちてしまった。


 ☆


「これで。これで、邪魔者は居なくなった。月宮はもう、解放される」


 薄暗い道路で、凛の狂ったような笑い声と、葉の重なる音だけが響き渡っていた。

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