「出来たらしいね」
「俺は何も悪くない！！ 気づかないあいつが悪い！！」
「気付かせようとしていたのはわかった。でも、それは君が逃げ道を作っているからじゃないの？ それだと本気の想いは伝わらない」
「黙れ！！！！」
先程より激しく否定叫ぶ。翔月の背後からが黒い霧が現れ、彼を包み込もうとする。叫ぶのと同時に突風が弥幸を襲い、後へ吹き飛ばそうとした。
足に力を込め、何とか吹き飛ばされないよう耐える。顔を右腕で隠し、隙間から翔月の動きを覗き見た。
「俺は、俺は悪くない！！ おれは──おえは、しおんを！！！！」
翔月の声がどんどん低く、重くなる。
「────来た」
目を輝かせ、弥幸はどんどん黒い霧に包まれてしまう翔月を見る。
口調も途中で代わり、黒い霧が彼の肌に纏わりつき黒く、体が徐々に大きくなり隊長二メートル越えに。
二本だったはずの腕は、両脇から一本ずづ生え四本へとなってしまった。
地面を”ダンッ”と踏み、目の前に建つ弥幸へと一歩近づく。
『おえのしおんを、かえせぇぇぇぇぇぇえええ！！！』
翔月は、今まで星桜を襲っていた
弥幸は目の前に現れた妖傀を目にし、腰に付けていた狐面に手を伸ばす。
「忌まわしき想いの結晶よ。我ら赤鬼家の名のもとに、今ここで奪い取る」
流れるように手にした狐面を顔につけ、御札をポケットから取り出す。
『かえせぇぇぇぇぇぇえええ！！！』
弥幸を敵と判断した妖傀は、四本の腕を左右に広げ、地面を揺らしながら大きな音を立て襲いかかった。
☆
「な、に、あれ……」
星桜は橋の上から弥幸達を見下ろしていた。
草木が邪魔をして視界は悪いが、それでも、今翔月がどうなってしまったかは分かる。声も聞き取りにくく、どのような会話をしていたのか星桜には分からない。だからこそ困惑し、力なく柵に手を付きながら崩れ落ちてしまった。
「翔月、なんで……？」
今までも弥幸から説明を受けていた。知ってはいたが、そうだとしても。現実が目の前で繰り広げられ、翔月の家についた時よりはるかに心へのダメージが大きい。
未だなお信じられない星桜は顔を俯かせ、目に涙の膜を張る。体が震え、恐怖や困惑といった感情が今の彼女の心を締めていた。
『今回のは、優しさから恨みに変わり、理不尽に君は襲われている状態』
何をしてしまったのか、なんで恨まれてしまったのか。またしても後悔の念が星桜の思考を鈍らせる。その時、頭の中に弥幸の言葉が響き現実へと引き戻された。
「優しさが、恨みに。翔月は、私に何かを言いたかったの？ でも、翔月は優しいから、私にそれを言いてしまえば、私が困ると考えた、とか」
翔月の家の前で弥幸が言った言葉。星桜の頭にその時の光景が再生され、意識がしっかりとする。
唇を噛み、零れ落ちそうな涙を拭う。眉を吊り上げ、顔を上げ立ち上がった。
崖下を再度見て、今まで受けた説明を頭の中で復唱する。
「確か、私は精神の核って言うものを持っているんだったはず。赤鬼君のような人達にとって喉から手が出るほど欲しいっていう代物って言っていたな。赤鬼君は妖傀を退治している。なら、精神の核は妖傀にとって嫌なものなんじゃ──」
星桜が思考を巡らせていると、隣から息を切らした逢花が走ってきていた。
肩を上下に動かし、服はセーラーのまま。今までの戦闘用ではなく、普通の中学生の姿だ。
「逢花ちゃん？！」
「星桜さん、弥幸お兄ちゃんは？」
逢花は息を切らしながら、星桜に質問を問いかける。答えるように、彼女は崖の下に目線を向けた。
慌てて星桜の隣に移動し、下を見る。目を細め、木の隙間から見た現状を理解した彼女は眉を顰め、乗り出した体を戻した。
崖下に目を向けながら、逢花はぽつりと呟く。
「やっぱり、弥幸お兄ちゃんは妖傀を浄化しようとしているんだ」
「浄化？ どういうこと？」
今までいろんな話を弥幸から聞いて来たが、今回の”浄化”については話してくれていない。聞き覚えのない言葉に星桜は聞き返す。
逢花は星桜を横目で見た後、再度崖下に目線を向け、説明し始めた。
「私達がやっているのは恨みの具現化である妖傀を退治すること。三回倒せば妖傀は現れなくなる。でも、妖傀が現れなくなると言っても、恨みが消えるわけじゃないの。そのまま恨みを持ち続けてしまえば、その人は人の道を外してしまう可能性があるわ」
「人の道を外すって、犯罪に手を染めたりとか？」
「それだけならまだ可愛いものよ。
過去を思い出し、泣いているような瞳を浮かべる逢花。だが、声には感情が乗っておらず、淡々としている。
手は何かを我慢するように柵を強く握り、歯を食いしばり小さく舌打ちを零した。
そんな彼女を見て、星桜は再度質問をぶつける。
「それで、浄化って？」
「浄化は、恨みの根源から浄化するってこと。それはつまり、相手の心に語り掛け、恨みを取り除く事」
「そんなこと出来るの？」
「私には無理。というか、それが出来るのは弥幸お兄ちゃんだけだと思う。膨大な精神力を使うから、弥幸お兄ちゃんのように人より精神力が多い人でも一回が限度。それなのに、成功確率は五分五分。やり方は知っていると思うけど、やろうとする人はいない」
「それだけ危険なことよ」と、最後に付けたし話が終わる。
星桜は説明を受け、逢花と同じように崖下を見た。その視線は、一直線に弥幸に注がれ
る。
「もしかして、私を呼んだ理由って──」
星桜が呟くと、逢花は不思議そうに目を向ける。それと同時に星桜は勢いよく顔を上げ、必死な表情で志願した。
「お願い
☆
崖の下では、今までの戦闘とは比べ物にならない攻防が繰り広げられていた。
弥幸は刀と共に炎の狐、
「くそっ、キリがないな」
汗を流し、息を切らし弥幸はボヤく。
先程から妖傀は、弥幸に対して腕を伸ばし掴もうとしていた。それを、彼は炎の渦を纏わせている刀で防ぎ続ける。
繰り出される腕を何度も何度も切り落としているのだが、すぐに再生して意味はなく。今では四本だったはずの腕は、何故か十本近くまで増えていた。
弥幸の隣で炎狐も口から炎を吹き出し燃やそうとするが、それは複数ある腕によって防がれる。
炎狐に気を取られている今なら、と。弥幸が地面を蹴り、一瞬で妖傀の後ろへ。右手に持っている刀を左側へと寄せ、薙ぎ払うよう妖傀の足を斬る。
ガキンッ
「かった…………。腕で防ぐという事は、足はそこまでの強度はないのか？」
簡単に二本の腕で防がれる。
腕が体の側面全体から生えているため、どこから攻撃されても届いてしまう。防がれ、腕が反動で若干の痺れが走りすぐに動けない中、ギギギッと首だけを回し真後ろに顔を向け、ニヤァと気持ち悪い笑みを弥幸に向けた。
口角が上がり、黒い歯を見せながら二本の腕を上へと挙げ、手を組む。そのまま、勢いよく弥幸の頭目掛けて振り下ろした。
「っ、ち！に
地面を蹴り、後ろに跳び回避。右手の親指と人差し指で丸を作り、自身の口元へと持っていく。
思いっきり息を吸い込み、円の中へ吹く。すると、それはただの息ではなく、妖傀を燃やし尽くす赤い炎になった。
迫ってくる炎を目にし、体を弥幸の方へと向け。お腹が膨らむほど、大きく息を吸い込む。口を大きく広げ、吸い込んだ息を噴き出した。
「っ、超音波？ しまっ――……」
超音波のような高音を妖傀は放ち、炎は消える。勢いは弱まることはせず、弥幸に向けて放たれる。すぐさま横に避けようとするが間に合わずもろに食らい、後ろへと吹っ飛ばされた。
「がっ！！」
木に背中をぶつけてしまったことにより、すぐに体勢を整えることが出来ず、地面にうつ伏せになって落ちる。
何とか立ち上がろうと両手に力を込めるが、妖傀が弥幸の体勢が整うのを待ってくれるはずはなく、四本の腕を伸ばす。
それを横目、弥幸は炎狐を引き寄せ自身の服を噛ませ、その場から回避させる。体を半回転させ地面に着地、伸ばされた腕が木を粉砕する光景を目にした。
『おえのしおんだぁぁぁぁああああ！！！』
口を大きく広げ、先程の超音波を繰り出す。
炎狐は空中を駆け周り弥幸の元に移動、体は子狐の大きさではなく、ライオンくらいまでになっていた。
弥幸は目の前まで来た炎狐に飛び乗る。
空中を駆け回りながら、彼も先程と同じように口から炎を吹き出した。お互いの技がぶつかり合い、大きな爆発が起き周囲に爆風が広がる。
「くそっ、これ以上神力を使わせないでよ。精神力が無くなるじゃん……」
炎狐が空へと駆け上がったため、弥幸に直接爆風が当たることは無かった。
面倒くさそうに舌打ちをし、苦虫を潰したような顔を浮かべる。
煙が晴れてきて妖傀の姿を確認することが出来たが、その姿を見てさらに深く眉間に皺を寄せた。
「やっぱり無傷みたいだね。体も硬いらしい」
妖傀には一切傷がついておらず、無傷で弥幸を見上げている。
『おえの、おえのしおん』
苦しげに呟く妖傀。ヨダレを垂らし、空中を駆け回る弥幸を目線だけで追う。
妖傀を見下ろし、次に備えていた弥幸だったが、空気の揺れを上から感じ目線を向ける。
「準備、出来たらしいね」
薄く笑みを浮かべ、弥幸は地面に降り立つ。
弥幸の目線の先には、セーラー服のスカートをめくれないように気をつけながら抑えている逢花と、彼女の両肩を掴み、後ろに一つで結んでいる髪を翻しながら、眉を上げ決意を固めた星桜の姿。
二人が、崖の上から降りてきていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます