「腹ただしいですね」

 魅涼と碧輝は炎の結界を少しずつ、でも確実に削っていた。


 その証拠に弥幸の額には汗が滲み、平然とした表情を浮かべながらも息が荒くなっている。


 先程まで妖傀を相手にし、自身のみの精神力で浄化までした弥幸の体は、もう限界に近い。

 それでも慌てず、弥幸は冷静に星桜に指示を出す。


「まず、その鎖に手を添えて」

「わかった。────添えたよ」

「炎狐と繋がることを意識するの」


 星桜は炎狐を見る。すると、意思が通じたのか炎狐は小さく頷いた。


 薄く笑みを浮かべ、星桜は集中するように目を閉じ息をゆっくりと吐いた。


「そのまま、鎖を燃やすイメージ。蝋燭の炎をイメージして」

「蝋燭の炎をイメージ……」


 一定のリズムで呼吸をし、星桜は集中する。すると、鎖にかざしている手が淡く光り始めた。


 その光は徐々に強くなり、赤く燃え上がる炎と化した。

 その炎は女性を傷つけることはなく、鎖だけを溶かし始める。


「出来た。次も同じく」

「わかった」


 今の感覚を忘れないうちに、星桜は頭の中にあるイメージのまま、残りの二つも溶かす。


「させませんよ」


 魅涼は、一点集中へと切り替えた。


 弦を引き、一本の弓矢を構えそこに神力を集中させる。先程より弓矢は長くなり、鋭い。


 神力が集まった弓矢は、弥幸に向けて勢いよく放たれた。


「ちっ」


 先程までとは桁違いの弓矢を放たれ、弥幸は顔を歪ませた。


 碧輝にも殴られ続けられているため、瞬時に3:7の割合で炎を操る。

 

 碧輝の方を薄くしたため、振動が強く伝わる。だが、破れはしない。

 

 弓矢は、厚くした炎の結界にぶつかる。

 重く、鋭い攻撃に弥幸は舌打ちをこぼすが、何とか弓矢を蒸発させ、防ぎきった。


 その間に、星桜は鎖を溶かし終わる。


「赤鬼君! おわっ──」


 星桜が鎖を溶かし終え、弥幸を呼びかけた瞬間、碧輝が神力を右の拳に集めていた。


「っ、下がれ!」


 弥幸は耐えられないと察し、後ろにいる星桜達へと駆け出した。


 そんな弥幸を見て、碧輝は拳を弱くなった結界へと繰り出した。


 ────ドカンッ!!


 炎の結界は、水蒸気を撒き散らし勢いよく壊れてしまった。


 星桜と女性を守るように覆いかぶさった弥は、すぐに立ち上がり後ろを向く。

 視界に入ったのは、魅涼が弓矢を構えている姿。


 放たれるのと同時に、弥幸は立ち上がり御札を構えた。


 だが、弓矢の方が早い。

 水蒸気や砂埃を切り裂き、弥幸へと襲いかかった。


「────おそらく、これで終わりですね。精神の核を回収しましょう」


 魅涼は汗を流し、息を切らしながら弓を下ろす。そして、碧輝に指示を出した。


 碧輝は心配そうに魅涼を見ているが、そんなことより指示に従うことを優先し、歩き始める。


 やっと、弥幸の姿を確認できたかと思うと、驚きの声をあげた。


「な、なにっ!?」

「どうしましたか──なるほど。あそこから、よく防ぎましたね」


 水蒸気から先に見えたのは、炎の狐。

 炎狐が三人を守るように立ち塞がっていた。


 いつの間にか星桜の左胸には釘が刺されており、それと繋がっているのは弥幸の右手に持っている御札。


 その御札から炎狐に精神力が注がれて、体を大きくし三人を護った。

 だが、弥幸の額には傷が出来ており、血がにじみでている。


「ガゥア!!!!」


 炎狐がライオンのような雄叫びをあげると、魅涼と碧輝の足元から炎の渦が現れ二人を覆い隠した。


「碧輝!!!」

「おう!!!」


 碧輝は右手を強く握り、顔後ろへと引く。その際に神力を集中させた。

 水が徐々に碧輝の右手に集まり、雫が浮かび始める。


「結局、最後は相性がものを言うんだよ!!!」


 叫ぶと、引いた拳を前へと突き出し炎の渦を破壊した。だが、弥幸は碧輝が炎の渦を壊すのは想定内だったらしく、女性と星桜を炎狐に乗せたあと、自身も飛び乗った。


 そのまま、地下室を出ようと炎狐に指示を出す。


 炎狐は空中へと駆け上がり、天井スレスレを駆け出した。

 二人の上を通り抜け、地下室を出る階段へと向かう。


「逃がしませんよ!!!!」


 一度下げた弓を再度頭上まで上げ、弦を引きながら狙いを定める。

 肩幅に広げられている足に体重を均等にかけ、弓矢を作り出す。


 矢先を炎狐へと向け、歯ぎしりしながら引いていた左手を放す。

 勢いよく放たれた水の弓矢は、一気に五本に増えた。


「右手から神力を放つイメージ!」

「は、はい!」

 

 星桜が咄嗟に右手を弓矢へと向け、言われた通り神力を放つイメージを浮かべる。

 そこから炎の膜が作り出され、弓矢を弾いた。


「なっ!?」


 驚きの声をあげる魅涼だったが、それと同時に碧輝が水の縄を投げ、炎狐の尻尾を捕らえる。


「ガウァァァアアア!!!!」

「炎狐、落ち着け。このまま階段を登り外へ出ろ」


 弥幸が炎狐にそう指示を出し、炎狐から飛び降りる。それと同時に、炎の小さな槍を作り出し縄を切った。


「赤鬼君は!?」


 星桜は残された弥幸に向けて、大きな声で叫んだ。


「僕はしっかりとしてから行くよ。君は君で──」


 弥幸が伝えている時、魅涼が炎狐を止めようと弓矢を放つ。だが、それを弥幸が素早く口から炎を吐き防いだ。


 無事に二人は地下から脱出することが出来た。


「…………まさか。貴方一人で私達の相手をするつもりですか?」

「そうだね。結果的にそうなっちゃったかな。まったく、こうなるならもっと精神力を貰っておくべきだったよ」


 弥幸は瞬きをし、魅涼達へと向き直す。


「君は今、狐の式神を出している。ということは、自慢の炎の鷹は出せませんよね。それで私達を相手にしようなんて、随分舐めた真似してくれます」

「僕もしたくないよ、こんなこと。でも、君達は話を聞いてくれないじゃん。いや、聞いてはくれてるのか。聞き入れてくれないじゃん」


 ムッと不貞腐れながら、弥幸は炎の槍を消した。


「そうですね。貴方がお持ちになっている精神の核を頂くことが出来れば、それだけでいい。それ以外、なんの話しをするのですか?」

「ほらね。別に僕は精神の核には興味無いよ。あいつが君の所に行くと言うのなら止めないし、好きにさせる。でも、そうは見えなかったからね。だから逃がしたの。ついでにあの女性もね」


 弥幸の言葉に、魅涼は青筋を立てた。

 弓を握る手に力が込められ、震える。


「精神の核には興味無い──ですか。それはまた。ご自身の力に随分自信がおありのようで。本当に、腹ただしいですね」


 口にすると、魅涼が纏っていた空気が突如変わる。

 どす黒いオーラが放たれ、地下を埋めつくす。


 水滴が壁から溢れ、上からも落ちる。

 それだけでなく、雫が空中を漂い始め、動きが制限される。


「なんだ、これ……」


 弥幸が困惑の声を上げると、突然水のつるぎが弥幸を襲った。

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