「道具じゃない」

 目的地は、周りに何も無い丘の上だった。

 高い丘なため、下を見れば水光の港が見渡せる。


 今は夜なため、赤い提灯が綺麗に輝いており、幻想的な光景が広がっていた。


 だが、弥幸は目が奪われそうなほど美しい光景には目もくれず、右手に持っている狐面を弄りながら、何かを考えている。


 隣に立っていた魅涼は、考え事をしている弥幸が気になり、声をかけた。


「何かお考えですか?」

「別に」

「そうですか。あともう少しで現れるかと思いますので、の準備をしておいた方がよろしいかと」


 深く聞かず、魅涼は着物の袖から一枚の紙を取りだし顔に付けた。


 その紙には【暁】という文字が書かれており、碧輝も同じ紙を目元に付ける。


 弥幸が狐面を付けるのには、自身の正体を隠す目的だけではなく、周りに自身の姿を映さないようにするためと、もう一つ理由がある。


 それは、妖傀を見失わないようにするためだ。


 妖傀は、恨みを持たれている対象者にしか見えない。そのため、精神力を目元に集中する必要がある。


 だが、戦闘中に目元ばかり意識するわけにもいかないため、予め精神力を込めた狐面や、魅涼達のように特殊な紙などを準備し装着する必要があった。


 三人が準備を万全にし待ち構えていると、異様な気配を感じ取った魅涼がいつもの笑みを消した。


「────来ますね」


 瞬間、暗闇の中に突如として、大きな女性型の妖傀が出現した。


 手に鎖を持っているタイプで、弥幸が苦手とする相手だ。


「…………最悪」


 弥幸が妖傀を見て、げんなりと肩を落とした。

 それもそのはず。ただでさえ女性形が苦手なのに、大きさが三十メートル近くはありそうな大きさ。肩を落としても仕方がない。


「女性型は恨みが大きくても、巨人にはならないんじゃなかったの?」

「それはもう昔の話ですよ。今は、女性型も知識をつけているみたいです」

「いらない知識だね」


 今は丘の上にいるため、女性型の顔あたりに魅涼達はいる状態。

 妖傀はその場から動こうとはせず、地面に鎖を叩きつけようと右手を振り上げた。


「行きますよ」


 魅涼は右の腕を伸ばし、下から上へとゆっくりと動かす。

 すると、何も無かった空間から、魅涼の胴ぐらいの大きさはある水の弓が現れた。


 魅涼は右手で弓を握り、足のつま先を妖傀へと向け、左手を弦にかける。

 右手を握り直し、目線を前方へ向けた。


 弦を力強く引っ張る。けれど、弓矢は見えない。

 限界まで引っ張ると突如、水の弓矢が現れた。


 魅涼は、水の弓矢を妖傀の鎖を持っている右手に狙いを定め、一切の狂いなく放つ。

 一本しか放たれていなかったはずの弓矢は、空中で何本も増え、全て命中させた。


 だが、意味はない。ダメージを食らっているように見えず、魅涼は眉を下げた。

 

「やれやれ、意識を逸らすので精一杯でしたか」


 魅涼が呟くと同時に、妖傀の顔近くに炎が現れた。

 そこから子狐の炎狐が現れ、炎で大きな妖傀を包み込み燃やし尽くす。


「さすがですね。一瞬にして式神をあそこまで移動させるなど」

「別に、ただ投げただけだし」


 丘の上で弥幸は刀を御札から取りだし、両手で柄を握り構える。


 この距離では近付くだけでも何か策がなければ不可能。魅涼は、後ろで待機していた碧輝を見た。


「碧輝」

「……」


 名前を呼ばれただけで魅涼が言いたいことを察し、右手で弥幸の襟元を掴み、妖傀へと走り出した。


「えっ」


 いきなりのことに弥幸は体が強ばってしまい動けず、されるがままだ。

 走り続けていると、何を思ったのか碧輝は、勢いのまま丘から空中へと飛び出した。


 弥幸は珍しく顔を青くし、口元を歪める。

 そんな彼の様子など気にせず、碧輝が水を自身の右拳に纏わせ、弥幸を妖傀の上空へと投げた。


「っ?! はぁぁぁぁぁああああ?!?!!」


 さすがの行動に弥幸も叫び声をあげた。

 風に体が流され、圧で上手く動けない。


「くっそ!!」


 困惑していても仕方がない。

 まず刀を握り直し、体勢を整えた。


 その間に碧輝は下に落ちながらも水で縄を作り、それを使い周りの高い建物や妖傀を使いながら空中を縦横無尽に飛び回る。


 体勢を整えると、炎狐が出した炎がかき消される直前だった。


 妖傀は炎をかき消そうと自身の体を叩いている。その際、顔の近くにいた炎狐を見つけ掴もうと手を伸ばす。


 弥幸はそれを見てすぐに炎狐を戻し、新しい式神を出した。


「空を自由に飛び回れ、【炎鷹えんおう】!!!!」


 弥幸は上に御札を投げ、炎の鷹、炎鷹を出し、その足に捕まり空中に留まる。

 炎鷹は炎の翼を大きく広げ風を起こし、その風は炎の刃となり、妖傀へと放った。


 今回は女性型なため体が柔らかい。なので、妖傀にとって小さな刃だとしても簡単に斬ることが出来る。


 肩、腕、首、頬。次々と斬り傷を作り弱らせる。


 下の方では碧輝が移動しており、妖傀の足元に辿り着いた。

 丘の上では魅涼が弓を構えており、いつでも放てるように待機していた。


 上から見ている弥幸は、二人の次の動きを察し、苦い顔を浮かべた。


「前もって言って欲しいよ。二人みたいに以心伝心出来る訳じゃないんだから」


 愚痴をこぼした弥幸は、炎鷹を操りもっと上へと移動した。


 それにより、炎の刃の攻撃は止まる。

 妖傀が邪魔な者を排除しようと、弥幸へ鎖を投げた。


 だが、その鎖は水の弓矢により弾かれる。

 同時に碧輝は、地面に両足をつき目の前にある妖傀の左足に狙いを定めた。


 彼は右手と左手に神力で作った水を纏わせ、右足を前へとだし、何度も何度も拳を繰り出した。


 小さな攻撃のように見えるが、一度の拳で三十メートルはある妖傀がふらついた。

 それを何度も何度も繰り出しているため、妖傀はバランスを崩し片膝をつく。


 近くにある家などに手を付きそうになっていたが、その手はすり抜け地面に付けた。


『わだじ、わだじは、どうぐじゃない。わたじはぁぁぁぁああああ!!!!』


 体を震わせるほどの声量で叫ぶ妖傀。

 その大きな体の横を弥幸は飛び回り、左胸辺りで一度止まった。


「あぁ、君は道具じゃない。だから、自分の気持ちにもう少し素直になっていいと思うよ」


 弥幸が言うと、左胸に近付き右腕を中へと入れた。

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