憂慮
斎藤が眠い目を擦りながら食堂に入ると、すでに蒼龍隊が全員集まっている。
朝早くからご苦労なことだ。
正面には相変わらず睨みを利かせた庸平がいた。
「おし、全員だな。始めるぞ」
斎藤は最後尾に座った。
「作戦を決行できるのはシンポジウムのこの日、ここだけだ。
敵も必ず同じ日を狙ってくる。だからその敵にどう対処し、どう任務を遂行するか。この一週間でどこまで詰められるかが重要になる。
振り分けはさっき説明した通りだ。
野村・今井、基地の周辺警備にあたれ。この基地もそろそろ目をつけられるだろう。太田は…」
と庸平が今後の分担を説明していく。
「斎藤は俺と一緒に全体統括にあたれ。
それぞれ何か起きたら、何か行動を起こすときは、必ず俺か斎藤に報告し指示を仰ぐように。
じゃあ、解散」
それぞれ話しながら出て行き、庸平と斎藤だけが残った。
「言った通りだ斎藤。俺がいない時は代わりに指揮を頼んだ」
「そりゃいいけどよ。いちいち俺らに指示を仰がせるのか?」
「俺たちゃまだ指揮系統も確立していない烏合の衆だ。俺もまだ、"自称"隊長だ。誰から任命されたわけでもない。
今あいつらに好き勝手に行動することを覚えられちゃあ崩壊のもとだ」
「まあそうだがよ」
「そのために結成以来、常に誰よりも早く情報を入手して誰よりも早く計画をまとめて指揮をとってきた。奴らが意見を出す前にな。
ここが仕上げだ。
今日はまず各組を見廻ってくれ」
「わかったよ」
そうして扉に手をかけた庸平が振り返った。
「斎藤、例の件頼んだぞ」
「ああ。しっかり進めている。
お前は今からどうするんだ?」
「情報部にも指揮系統をハッキリさせておく必要がある。千紗と少し話してくる」
そう言い残して食堂を出た。
さて、千紗はもう起きているかな。
三階にある千紗の部屋の前で立ち尽くす。
出て来るまで待つか、どうしようか。
何を悩んでいるんだ。俺らしくもない。
力強くドアをノックすると、穏やかな声が返ってきた。
「入るぞ」
千紗の部屋は、質素だが心地よい空間が広がっていた。仕事と寝るためだけのような庸平の部屋とは大違いだ。
「どうしたの?」
とベッドに座る千紗は、寝巻きは着替えているがまだ眠そうである。
「今後の話をしておきたいと思ってな」
「ああ、そうね」
「情報部の方の動きはどうなってる?」
「この後打ち合わせに行くところよ」
「俺も一緒にいいか?」
「うん、いいよ」
庸平が直々に指示を出すことで、情報部に対しても庸平が総大将であることを明確にしておく必要がある。
「先に今後の計画を聞かせてもらえないか。
情報部と蒼龍隊の連携のためにも、俺が両方の統括にあたりたい」
「それもそうね」
「だから千紗と斎藤にはそれぞれを取り仕切りつつ、逐一俺に報告してほしい」
「わかった」
「じゃあ、始めよう」
千紗が庸平に計画を話してから、二人で情報部の作業部屋へ向かった。
中へ入るとパソコンが並び、その前に情報部の五人が座っていた。
「お待たせ。桐野から今後の話があるわ」
と千紗が庸平に振る。
「知っての通り今度の月曜日に作戦決行なわけだが。
そこでまず高橋は、引き続き例のものの場所・形状・内容、なるべく詳細な情報を」
「了解」
「藤田は宝物庫のできるだけ詳細な見取り図を」
「了解」
こうして全員に仕事を説明し終えた。
「これで全部だな。
全員何かあったら逐一俺か伊藤に報告するように。進展も、行き詰まったときもだ。
いいな?じゃあ、取り掛かってくれ」
そのまま二人は部屋を出た。時計を見ると午前十一時である。
「庸平はこの後何かあるの?」
「いや、今日は各仕事の見廻りくらいだな」
「じゃあご飯に行きましょ。話したいこともあるし」
「ああ、いいよ」
「じゃあどこにしようか…」
「まあ、行きながら考えりゃいい」
飲食店の集まる地区まで桜並木の川沿いを歩く。
うららかな陽気である。
「桜すごいねぇ」
と千紗は無邪気に見回している。いつも通りの千紗だ。
「こういう所が好きか?」
「うん。こういう綺麗なとこに来ると落ち着くなぁ」
「やっぱ任務は疲れるか?」
「うん…。少し怖いときもあるよ…」
「怖いと思うから怖いのさ。キツイと思えばキツイのさ。
考えるから怖い。高い所から飛び降りるときでも、下を見れば怖いが、高さを知らなければ、いつもと同じ一歩なのさ。
いつでも高さは気にしない」
「簡単に言うけどねぇ」
「簡単ではないさ。いつも一歩一歩、いつでも落ちることのできる覚悟を持たなきゃなんねえ。
だがそうすりゃ何事も動じることはない」
「そりゃまあ庸平みたいな仕事してたらね」
川の向かいの公園で、子供が走り回っている。
「庸平にもあんな頃があったんだよね」
「どうかな。覚えてない」
急に庸平が無愛想になった。というより、寂しげな顔を見せたのに千紗は気づかなかった。
「いつからこんな風になったのかしらね」
「……」
「じゃあさっきの話、庸平は怖いものとかないの?」
「ないね」
「死ぬことも?」
「別に死をどうこう考えない。
コインを投げて裏が出ることに対して特に深く考えるつもりはない」
「何のためにその覚悟がいるの?」
「覚悟というか、そうだな。
つまりだ、一つの結果なのさ。
何のために生きているか?死ぬべき時のために生きる。
人間は、その一生で一つの山を登る。つまり一つの到達地点を目指す。どんな艱難辛苦があろうと、登り続ける。
登るルートも色々ある。その中で、一番自分が美しいと思ったルートを選ぶべきだ。どこに到達するかも大事だが、この、道の選択がその人間を決める。
山は全員に登る権利がある。
一つだけ条件は、生きていることだ。命というチップを持ってないといけない。
そして何度か道中の関所を通るために、そのチップを賭けなければならない。その賭けるべき時のために生きている。
その時が来たら、ジタバタせず甘んじて受け入れるだけさ」
珍しく雄弁になった。自分の芯の話だからか、相手が千紗だからか。
「ふ~ん」
千紗には、わかるようでわからない。
商店街に出れば飲食店が建ち並ぶ。
「あそこにしよ」
千紗が選んだのはよくあるファミレスだった。
中にはまだ客が二、三組である。ちょうどいい。
隅に座った二人は注文を終え、本題に。
「例のブツについて現時点でどこまでわかっている?」
「王室の記録に書いてあったのが、三代王この国に降臨したまい…」
千紗は長々と、記録の内容を説明した。途中から庸平には、何語を話しているのかすらわからない。
「待ってくれ。全部覚えてんのか?」
「ええ。記憶力は自信があるの」
庸平は急に考えこんだ。
「…どれくらいで覚えられる?」
「見開き1ページくらいなら10分もあれば…。
どうかした?」
「いや、何でもない。当日の動きを話しておこう。
考えるべきは、どこで俺たちはシンポジウムを抜けるか。俺たち大勢が一度に抜けりゃ怪しまれる。
そして全員の当日の振り分けだ。捜索隊の振り分けは?」
「大方できてる。私と庸平が捜索にあたって、加藤君は管制室から指示を出してもらいたい。それから…」
「じゃあ管制室を乗っ取る必要があるな。
捜索の時間は?二人がいつ、どこにいて、管制室からどう指示を出すかは考えているか?」
「そこまでの計画はまだちょっと…」
「わかった。
捜索隊の詳細な割り振り、進行が出来たら教えてくれ。
それを元にこっちの計画を作る。決行まで残り五日だ。なるべく早めにな」
「うん…」
千紗の表情が沈んだのを、庸平は見逃さなかった。
「何か心配か?」
「うん…、やっぱり…、私がやるべきじゃないわ」
「なにが?」
「この仕事。
話が来たときから、ずっと悩んでた…」
予期せぬ言葉に庸平の思考が止まる。
「いきなり何言い出すんだ。千紗以外に誰がやる?」
「自信がないの。
もっと適役がいるわ。こんな度胸もない、仕事も遅いのより…」
「でも国も千紗の力を信じて、千紗を買って任命したんだろ?
できるできないじゃない。これは千紗に与えられた使命だ」
「それは、わかってる。でも国が買ってるのは、私の王室に関する知識量と情報量。
仕事の能力じゃない」
「まあ、抜けてるところはあるな」
「ほら」
苦笑しながら、千紗が深くため息をつく。
「それでもよ、千紗一人でやるわけじゃねえんだ。俺たちもいる。
それこそ千紗がいつも言ってるようによ、信頼し合って互いの強みを発揮していけばいいんじゃねえの」
「うん…」
「なんだ、納得いかないか?」
取り付く島もない。こんなに沈んだ千紗は初めてだ。いや、千紗自身、この面を見せないようにしてきたのだろう。それが直前になって、限界に来た。
庸平の手札は出し尽くした。これ以上どう励ませばいいのかわからない。
「今日話がしたいって言ったのはそのことよ。
私、任務を続けるべきか、降りるべきか、わからなくなったわ。
降りるなら今のうちだから…。
まずは庸平に相談したかったの」
庸平は眉間に皺を寄せグラスを睨みつけている。
俺もこの任務には不満がある。昨日は任務を降りようかとも考えていた。
それが今は、千紗に残ってほしいと思っている。
「どうしたんだ急に。理由をちゃんと言ってくれ」
「人が、信じられない」
「俺か?俺だったら改善する」
「そうじゃない。昔からなの。
昔からそう。私が変だから。誰も私を信用してくれない。
笑いものにするだけ。信頼できる人が現れたと思っても、結局は見放される。
黙って言う通りのことをやっておけ、自分じゃ何もできないんだからって」
「そんなのおかしいだろ」
と庸平は怒気を強めるも、聞こえていないかのように千紗は話し続ける。
「仕事を始めてからも、信頼してた人やチームメイトにも見限られたり見捨てられたり。
それも私が変だから…、ダメだからだなぁって」
「自分でダメだと思うことがダメの始まりなんだ。
千紗は確かに抜けてるところもあるが、それ以上にいいもんを持ってる。
そのまっすぐさと、人を和らげる優しさと。
それを引き出せずに、気づかずに見限るそいつらがお粗末なのさ」
「でもそれが普通の反応よ。
だからここでも、いつ見限られるか…。
いつヘマをやらかすか…。
ずっと怖いの」
庸平は千紗の話を自分と重ね合わせていた。
痛いほど、共鳴していた。
「いいか。他人がどう思おうと、見限られようと関係ねえ。
問題は、自分がどんな芯を持ってその芯に恥じない行動をできるかだ。
千紗の芯は?国のためになりたいか?」
「ええ、この仕事には誇りを持ってるわ」
「そいつが決まってりゃあとは考えることはない。やるだけだ。
自信がなけりゃ俺が、俺たちがついている。
一人でやることはない。俺は絶対に見限るようなことはしない。
それに俺たちには、俺には千紗が必要だ」
「ありがと」
わかったのかどうか、千紗は気のない返事をした。
「まずはこの一週間だ。千紗を守るのが俺の仕事だ。全力でサポートする」
「うん、まずは一週間…」
千紗も庸平の目を見て決心するように頷いた。
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