第11話 1曲目の終わりと2曲目の始まり
ファンアートが描かれ始めた。
これまでもファンアートをもらったことはある。
代表的なので行くと、俺のアイコン。
鼠と馬のデフォルメ絵なんだけど、これは歌ってみた動画を投稿してから一番最初にもらったファンアートだ。
思い入れ補正と、単純にこのゆるい感じが気に入ってるので基本的にずっとこのイラストを使わせていただいている。
それからもまあ、ぼちぼちもらってはいたんだけど、それまでの速度と比にならないペースで子午のイラストが増えていく。
個人的に好きだったのは、シロハさんのアイコンの子が絵筆で子午を描いてるやつ。見つけた瞬間に保存した。
言葉を使わずにこれだけ多くの物事を表現できる、絵をかける人ってのは本当にすごいと思う。
タグなんて決めてなかったからそれぞれが好き勝手に電子の海に投げていく。俺に見つけられる範囲なんてたかが知れてるけど、子午ファンのいいね欄を漁りに行くと結構な量が見つかる。
ところで何一つ文字の無い俺のイラストだけのつぶやきをこの人たちはどうやって発見してるんだろう。
ちょっとそのサーチ方法教えてほしい。
驚いたことに、投稿二日目にして、アニメのシーンを歌に合わせて切り貼りしたり、演出を付け加えた、いわゆるMAD動画がぽつぽつ投稿され始めた。
これも、一つの感想の形なんだと思う。
俺の歌を、卯乃香の曲を目の当たりにして、何かしらの衝動を受け取って作り上げられたものなんだろうと思う。
ありがたいと思う反面、シロハさんのイラストが表示されない部分はもやもやする部分もある。まあその辺は折り合いをつけるべきだろう。
そして、投稿して数日も経つと、俺もよく知っているような有名な歌い手による歌ってみた動画が上がり始めた。
俺が途中で諦めた解釈でも、他の人の手によって広げられると「そういう形もあったのか」となり、胸の奥のもやもやが晴れていくようだった。
こっちに関しては、
まあ、もし再生回数が抜かれるようなことがあれば穏やかではいられないだろうけどね。
さて、そんな一世を風靡する子午のもとに、最も多く届けられた言葉は何か。
『おかえり』
この数日。
何度となく見かけた言葉。
『ただいま』
俺は一言、そうつぶやいた。
*
「お兄ちゃん! 次の曲、どっちがいいと思う!?」
「もうできたの?」
「ふふん。何を隠そう、私は作曲の天才」
「すごいぞー。えらいぞー。かっこいいぞー」
「えへへー」
ネットで子午がちやほやされてるのをぼんやり眺めていると、卯乃香がタブレットにmp3ファイルを2つ示して、俺に後ろから抱き着いてきた。
タイトルは次の二つ。
"灰被りのヒダネ"
"人を恋せば"
前者はありふれた日々を変えたいと思っている子供の歌で、後者は愛されたいけど愛しかたを知らない年頃の少年少女の話だ。
「甲乙つけがたい」
歌詞を読んでどちらにするか悩んで、メロディを聞いてどちらにするか悩んだ。
どっちも早く完成形が見たい。
「どっちかと言うとぉ?」
「ベクトルが違いすぎ。良し悪しを比べれるようなもんじゃないだろ」
「そういう玉虫色の答えじゃなくって!」
「難しい日本語ワカラナーイ」
「男の価値は頼られた回数できまるらしいよ? ここはひとつ、男を磨くと思って決めてよぉ!」
「断れない男子とかなよなよしててかっこ悪いだろ!」
「もう! ああ言えばこう言う!」
「
「やかましい!」
決めるのが怖いってのも、まあ、あるにはあるけど、正直なところどっちも早く歌いたいってのが本音なんだよな。
どっちでもいいじゃなくてどっちも歌いたい。
でも、多分それは卯乃香も同じ。
「あ」
「決まった!?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ、今回も多分シロハさんにイラストお願いするだろ?」
「うーん。他の人にお願いしてもいいけど、やっぱり一番イメージにしっくりくるのはシロハさんなんだよね……」
「だろ? だったらさ、シロハさんにも意見を聞いてみるってのはどうだ?」
多分、卯乃香は「あ、お兄ちゃん逃げたな」って考えたと思う。否定はしない。だったら卯乃香が決めろよーって話だからな。
その辺、俺たちの思考はよく似ている。
卯乃香もすぐに、同じ答えにたどり着く。
「そうだね! シロハさんは大事な仲間だもんね!」
「意見を聞かずに決めるなんてできないよなぁ!?」
「よっしゃー! DM直撃の時間だー!」
「乗り込めー!」
人に責任を丸投げしよう、と。
こういう時の俺たちのシンクロ率は400パーセントを超える。
現状は卯乃香が歌声を当てているけれど、そのmp3を子午アカウントからシロハさんに送るわけにはいかないので俺が吹き替える。
とはいえ歌うためには喉を温める必要があり、少し時間がかかるので、その間に妹はmp3に字幕を付けてmp4に変換するという作業をこなした。
懸念があるとすれば、俺自身の曲に対する考察がまだまだ足りてないってところだけど、そこはまあ叩き台だと断っておけばどうにかなるだろう。
意外なことに、シロハさんからの返信は早かった。
『さっそくのお仕事ありがとうございます。ぜひイラストを担当させていただきたいです』
「あ、そういえば担当してもらえるかどうか聞く前に曲送ったな」
「そういえばそうだね」
受けてくれてよかったぁ。
『2曲とも素晴らしい出来で、どちらも担当させていただきたいというのが本音です』
「ほら見ろ」
「ふふん、天才はなんでも高水準に仕上げてしまって辛いね」
結局、決めてもらえなかったな、と思った時だった。
追加で、メッセージが届く。
『そこで、よろしければお話を伺って、解釈を広げてから判断させていただきたいのですがよろしいでしょうか?』
「おー。お兄ちゃんとは違うね」
「真面目だなー」
なんかそういう真面目な人知ってる気がする。
「そういうことなら私が答えるよ」
「おー、頼む……わ……」
「お兄ちゃん? どしたしー?」
メッセージは、さらに続いていた。
『文字だと細かいニュアンスを取りこぼしかねないので、できればボイチャでお願いしたいのですが、どうでしょうか?』
俺と卯乃香は互いに目を見合わせた。
どうすんよこれ。
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