第12話 察しのいいバカと察しのいいバカ

 シロハさんから「できればボイチャで曲について質問したい」と言われて何が困るかというと、いわゆる分担作業の点である。


 曲に対する正解は卯乃香が持っているけど、子午という人物の声は俺が持っている。

 答えを伝達する手段がない。


「お兄ちゃんはPC前で待機。PCは私とボイチャをつないで、お兄ちゃんはスマホをスピーカーにしてシロハさんと通話! 私は録音ルームからPCが拾ったシロハさんの質問に答えるから、お兄ちゃんはPCにイヤホンつないで私の声のトーンをきっちり模倣して返して!」

「そんな無茶な……」

「某バーチャルの部員たちはやってたらしいからできるって!!」


 どっからそんな情報引っ張ってくるんだ……。

 というか、そんなことしてたのか。

 罰ゲーム担当のおじさんとかいたんだろうか……。

 想像したらすっごいカオスなんだけど。


「じゃあいつでも準備OKだよ!」

「え、あ、はい」


 そう言うと、妹は室内に作った吸音材を敷き詰めた部屋に入っていった。

 ちなみに窓はあるので、内と外の様子は互いに確認できる。


「じゃなくて、俺から通話掛けるのか……」


 怖いなー怖いなーって思ってると、録音ルームの小窓から卯乃香のサムズアップが見えた。俺の声聞こえてんのか……? まだPCと卯乃香のスマホつないでないんだけど?


 まあ、ここまで来てシロハさんに「嫌です」って返すのも忍びない。やれるだけやってみるか。


 PCと妹のスマホを通話で繋ぎ、俺はPCから伸ばしたイヤホンを左耳だけに装着。もう片方は片手で覆う。これでどれだけ音漏れを防げるかはわからないけど、やらないよりましでしょ。


 準備ができたので、シロハさんにボイチャを送ってもいいか確認を取り、飛ばす。


『は、はじめまして。シロハで――』


 ブツ。


 俺は速攻で通話を切った。



『は、はじめまして。シロハで――』


 ブツ。


「お兄ちゃん!? 何してんの!?」

「しまった、つい条件反射で」

「条件反射!? 何の!?」


 電話越しに聞こえた声に、和馬は考えるより先に切るボタンを押していた。

 それは生存本能であり、生きるための戦略であり、和馬の魂に刻まれた絶対のルールだった。


(びっくりしたー。彩絵が無理にカワボ作りましたみたいな声してんじゃん。本人かと思った)


 ※察しのいいバカ。


「とにかく! 今すぐ掛け返して!」

「はい」



 一方の彩絵。


(え、切られた? なんで。無理にカワボ作ったから引かれた?)


 画面の向こうにいるのは和馬ではないと思い込んでいる彼女は、声を少し聞かれただけで電話を切られる理由が本気でわからず困惑していた。

 めちゃくちゃ悲観的な想像を張り巡らせているが、これが的外れでないあたりこっちもこっちで察しがいい。


 ――♪


「は、はい! シロハです!」

『子午です。先ほどはすみませんでした。妹が電子レンジを使ったせいで電波が悪くなってしまいました』


 和馬は1から10まで嘘をついた。


「そ、そうなんですね! よかったぁ」


 彩絵は1から10まで信じ込んだ。


『よかった、とは?』

「えと、その……、私の声、耳障りだったのかなとか、考えちゃって……」


 ※ある意味正解。


『全然そんなことないですよ。俺の知り合いに、シロハさんそっくりの声の人もいますし』


 ※本人。


「そうなんですか! 偶然ですけど、私の知り合いにも子午さんそっくりの声の男子がいるんですよ」


 ※だから本人だって言ってんだろ。


『あはは、とは言っても俺の知り合いとはこうやって談笑できる仲じゃないんですけどね』

「そうなんですか? 実は私もなんです」

『へー。珍しい偶然もありますね』

「本当にそうですね」


 ※察しのいいバカどもなので。


「それで、曲についての質問なんですけど――」



「お兄ちゃんお疲れー」

「おう。今回は、本当に疲れた」

「あはは。正直どこかでぼろが出るんじゃないかなって思ってたよー。お兄ちゃんすごいねー」

「ふふん。何を隠そう、俺はシャドーイングの達人!」

「すごーい! かっこいいー!」

「ふっ、褒めるな褒めるな」


 シャドーイングってのは、英語の時間とかにやる聞こえてきた音声をそのまま声に出すあれのこと。

 決して俺は陰キャだって主張してるわけじゃないからそこのところは勘違いしないでもらいたい。


「私はしばらく作業進めるけど、お兄ちゃんはどうする?」

「あー」


 作業っていうのは、作曲の続きのことだろう。

 今のところ主旋律を一定の強さで叩いただけのものだからな。イラストで言うところの下書きくらいの段階だから、ここからまだまだ先は長いのだ。


「わり。風呂入って寝るわ」

「はいはーい」


 知らない人と話して疲れた。

 今日は休む。


(にしても、やっぱり彩絵の声とめっちゃ似てたよなぁ)


 まあ、シロハさんは明らかに声を作ってたし、地声がどんな感じか正確にはわからない。

 ただ、俺の方はほぼ地声で話したから、もしシロハさんが彩絵ならさすがに俺と気づくはずだ。

 そうならなかったってことは別人なんだろ。


(そういえば、彩絵ってどんな絵描いてたっけ)


 うちの高校の普通科だと、芸術選択が1年のころにしかなく、それすらも音楽と書道と美術に分かれる。

 俺は音楽で、彩絵は美術だったから、高校に入ってからは彩絵のイラストは一枚も見てないのか。


 最後に見たのは、中3のころか。


(……ん?)


 シロハさんのイラストを最初に見た時の、奇妙な既視感。

 あれってもしかして、彩絵のイラストを想起した、とかか?


(いやいや、まさかな)


 ないない。

 画面の向こうにいる相手が、まさか幼馴染の女子なんてさ。

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