第14話 水と油
彩絵の耳は思った以上にポンコツだった。
そういえば前に校内放送で流れた時も、俺の歌声だって指摘したりからかったりとかしてこなかったな。
本気で俺ってことに気づいていなさそう。
(ここにきて「シロハさんと彩絵の同一人物説」が再浮上)
根拠という根拠はない。
ただなんとなく、シロハさんのイラストの根底に、昔の彩絵のイラストが垣間見える気がするだけ。
あとシロハさんと彩絵の声だな。
驚くくらい似てるんだよな。
「どうした
「そんな顔してねえ。普段通りだろ。あと鼠径部ってどこだよ」
「そうだった。お前は普通顔だった。よっ、普通顔!」
「うぜぇ」
マジで何しに来たんだ。
「さては藤白さんのことだな? 俺がいない昼休みに何かあったか?」
こいつ、妙なところで勘が鋭いんだよな。
でもまあ、むやみやたらに彩絵の悪評を流すのは違う。
「なんもねえよ」
「ええ~、本当に~?」
「野次馬根性うぜぇ」
「野次馬息子だからな」
「馬鹿息子の間違いだ」
「お、うまい! よし! クラスのみんなに広めてくる!」
「頼むからやめろ!」
毒に
うっせばーか。
「クラスのみんなに痴態をさらされたくなければ今お前が一番悩んでることを打ち明けろ」
「お前を消す方法」
「『すみません、よく聞き取れませんでした』」
「役立たずめ」
どいつもこいつも耳が悪いやつばっかりじゃねえか。
「実際のところさー、火鼠と藤白さんってなんでそんなにいがみ合ってんの?」
なんでって、そりゃ。
「性根が真面目な彩絵と、怠惰が人の形をしたような俺が分かり合えるわけないだろ」
「解釈一致」
「分かってんなら聞くなよ」
基本的に俺は無気力。
マラソン大会があれば途中から歩き出すし、学力でレベル分けする科目があれば低い点を取って楽なクラスを目指す。
それが
一方で彩絵は基本的に真面目。
文化祭や体育祭では積極的に実行委員に名乗り出るし、ノートは予習用と板書用とテスト勉強用の3冊に分けて取っているし、某レースゲームだと配管工の赤いおっさんを使う。
それが
俺が淡水ならあいつは油性マジックだ。
相容れないし、混ざりあわない。
それこそ、無重力の空間でもなければな。
「体育祭とかだとほかのクラスの倍くらい練習時間とろうとするしさ、俺が断ろうとすると『協調性ないわけ?』って言ってくるわけよ」
「それは火鼠が悪い」
「でもその時間がなければ妹のお見舞いの用意とかできたんだぜ?」
「それは藤白さんが悪いな」
ったく。こっちの都合も考えろって言うんだ。
*
「実際のところさ、彩絵と火鼠君って、どうしてそんなにいがみ合ってるわけ?」
和馬が中島と「火鼠・藤白の不仲」について話しているとき、彩絵は彩絵で友人と同じような話をしていた。
話の流れは似たようなもので、和馬に歌ってみた動画を聞いているとばれて浮かない顔をしていた彩絵に、野次馬根性の強い友人が根掘り葉掘り聞こうとして話がそれた感じである。
「どうしてって、聞くまでもなくない? あれはかろうじて人の形を保った怠惰の塊よ」
「あー、彩絵ってば勤勉を美徳と重んじるタイプだもんねー」
「私が氷ならあいつは炭ね。氷炭相容れずってやつよ」
彩絵からすれば、
やればできるとは言わない。
彼がまじめにやっているところを見たことがないからだ。
だけど、それでもなお。
やればできるかもしれないことを最初からやろうともせず、より良い結果を得られる可能性があるにもかかわらず改善しようという気概の無い人間の考えが読めなかった。
もっとも、彼女のそれは微妙に違う。
火鼠和馬という男にもまた、全力になれるジャンルが一つだけあった。
それが歌だ。
だが、彩絵は、火鼠和馬が誰かのために歌う歌を聞いたことがない。
「あいつってば、せっかく私が体育祭や文化祭を最高のものにできるようにあいつをクラスの輪に誘ってあげてるのに『できるなら早く帰りたい』って言うのよ? ありえなくない?」
「うーん。私は火鼠君のことよく知らないけど、なにか大事な用事があったのかもよ?」
「大事な用事って何? 学校行事より優先しないといけないことって何?」
「それは火鼠君に聞いてよー」
彩絵としては「自分は正しいことを言っている」という無根拠な自信があった。もっといろいろ言いたいことはあったが、彼女に言ってもしょうがないのもまた事実。
「要するに、あいつのうまくやろうとも、失敗した数だけ成功に近づけるとも考えない態度が嫌いなのよ」
「全力で打ち込めるものがある人の方が珍しいと思うけどねー」
「何にも取り組まない奴の方が珍しいわよ、絶対」
そういえば、と、彩絵は思い出す。
(あいつ、子午さんの歌って分かったってことは、聞いたことはあるのよね)
まあ聞いた経験も何も本人なのだが。
(子午さんの歌聞いて、何にも取り組もうと思えないとか本当にあり得ない)
まあ、取り組んだ結果がその歌なのだが。
「じゃあ火鼠君が何か本気になれるものを見つけたら、彩絵も認めてあげるんだ?」
友人にそんなことを聞かれ、彩絵は一瞬あっけに取られる。
そんなこと、考えたこともなかったからだ。
「あいつにそんなものができたらね」
まあ、無理だろうけど。
彩絵は内心でそう付け加えた。
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