第7話 4分と26秒 前編
「ああ! こうじゃない!」
ぐちゃぐちゃな思いを線にして、白紙に戻してを繰り返す人物が一人。
絵師シロハこと、
「これじゃああの世界を表現しきれていない!」
頭の中では明確なイメージが浮かんでいる。
だけどそれを100パーセントで出力できない。
才能と感性が理想についてこない。
構図がダメなのか、はたまたイメージが固まり切っていないのか。何度描いても「もっと先があるはずだ」という確信めいた無根拠の衝動に駆られる。
「本当に、むかつく。これだから天才は!」
*
彩絵がイラスト提供の了承を送ってから3日が経った。この間、進捗は限りなくゼロに近い。ただ「これではない」失敗作だけが積み上げられていく。
彩絵という人間は、納得がいくものができるまで、何度でも何度でもボツを出すのが常だった。
それを可能としていたのは時間無制限という前提。
先方から提示された納期は1ヶ月と十分に余裕があるものだが、この間に納得いくものを仕上げなければいけないという責任感は、彩絵の心理に重くのしかかった。
「あーもう! どうすればいいのよ!」
椅子の背もたれを倒し、ぐっと背伸びをする。
脱力して、星型の蓄光シールをちりばめた天井を仰ぐ。
(この曲は一曲でストーリーとして完結している)
彩絵が返事を送ってすぐに送られてきた製作途中のメロディと歌詞。この3日間、時間の許す限りリピートを繰り返した曲だが、未だにふとした拍子に新しい発見がある。
(というか、この声聞いたことがあるような……)
彩絵の脳裏に、一人の男子が思い浮かぶ。
(いやいや、ないわね。あの無駄に音程だけ正確な無感情の声とは歌い方が全然違うもの)
※あってます。
彩絵が想像したのは幼馴染の
その人であってるのだが、彩絵が聞いたことのある和馬の歌声というのは音楽の時間か文化祭の合唱のどちらかのみ。
和馬としては誰に対して歌ってるのかよくわからない時間だったので、何を伝えればいいかわからず無感情に歌うしかなかっただけなのだが、それを彩絵が知る由もない。
それより、と。
彩絵は逸れた思考を戻すように、意識して声を出した。
「『僕たちは正しかったんでしょうか』。曲中で繰り返される問いかけに、この子は『信じて進むしかない』と答えを出している。不可逆な、心情の変化が起こっている」
怒涛の4分26秒。
ただそれだけの時間に一つの世界が構築されている。
一瞬の無駄さえなく、目まぐるしく加速する世界。
「人物はともかく、依頼された背景は1枚だけ」
どの瞬間を切り取っても印象的で、それゆえにほかの瞬間を切り取れない歯がゆさに苛まれる。
「こんなの、どう表現すればいいのよ」
彩絵に対する依頼は絵コンテと呼ばれる下書きのようなものこそあったが、例えば表情などは彩絵が決めなければいけなかった。
例えば泣くという一つ表現として扱うにしても、瞳に溜めているのか、零しているのか、それとも拭っている様子だけ描写するのか、慟哭を上げる様子にするのか、印象はがらりと変わってしまう。
背景だってそうだ。
廃墟のような街と言われても、ポストアポカリプスのような世界をイメージするのか、スラム街のような物なのか。そこにある建物はどんなものか。建物の大きさはどれくらいか。空にかかる雲は何色か。
決めるべきことはたくさんある。
そしてそれは、あり得た可能性を捨てることである。
ある程度形になったらたたき台として連絡を入れようと思っていた。だけど実際は、積み上げれば積み上げるほど崩れていく気がする。
相手のイメージしたものを作るのは前提条件だ。
そのうえで想像の先を行く驚きがあること。
それが彩絵の理想であり、納得のいくものができない理由でもあった。
「変化のある絵、か。表紙をめくると表情が変わる漫画とか、SNSだとプレビューとタップ後で背景色が白黒反転するクリック推奨絵とかがそれよね」
あれは仕様の穴をついたものだと彩絵は改めて考える。動画における仕様の穴とは何だろう。
「動画だと止めても動くよなんてのもあったんだっけ?」
古代の某動画投稿サイトでは、そんな技法があったらしい。Flashプレイヤーが提供終了したために消えたと耳にしている。
「アニメーションにすれば表現域は広がるけど、作画に掛かるコストが跳ね上がるし、うーん」
歴史を記したタペストリーとか、古代遺跡碑とかもストーリーのあるイラストと呼べるか。
とはいえあれは漫画で言うコマ割りみたいなものだ。1枚の絵と呼ぶにはいささか――。
「待って」
何かが引っかかった。
なんだろう。
全てを解決する一手がすぐそこにあるような気がする。
動画には画角が存在して、世界の一部を切り取ることしかできない。だけど、画角の外の世界を知覚の延長として活用できたなら……?
「画面に収まらないくらい横に長い背景を、曲の進行に合わせて背景を流せたら」
この目まぐるしく変わる世界に、一枚のイラストで太刀打ちできるかもしれない。
もっとも、それはとても難しい。
フレーズの長さは一定じゃないし、見てもらうためにゆっくり動かせば前の場面と次の場面が一つの画面に同居してしまい、雑味が出てしまうかもしれない。
「でも、私ならできる。やって見せる!」
一つの絵に複数の意味を持たせるのはシロハの得意とする分野だ。前の場面が次の場面では別の意味を持つなんて、計算型の彼女の前では造作もない。
「まずは秒数を測って構図の配分を計測するところからね」
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