第3話 歌い手と絵師

 久々に開いたタイムラインは、騒がしい数人で8割を締めていた。50万人を超えるフォロワーに対してフォロー人数は二桁のみだから、仕方ないのだけど。


 そんな折り、ひたすら精彩を放つ呟きが一つ。


『「ぱんどら☆ばーすと -LostRage-」のバーストちゃん描きました #イラスト #落書き』


 鬼灯ほおずきのようだ。

 最初に抱いたのは、そんな感想。


 抜け殻のような構図でいて、かと思えば生命力を感じさせる色使い。

 のっぺりとした表情に、瞳に強く灯した意志の炎。

 そのイラストから、俺は目を離せなくなっていた。



 授業終わりのチャイムが鳴る。


 起立、気を付け、礼、着席の号令を掛けるのは、級長である藤白ふじしろ彩絵さえの役目である。


(一日でも早く席替えするために級長になったのに、これじゃ骨折り損じゃん)


 とはいえ、あの場で役員決めが長引いていると、四月の間に席替えをしないという可能性もあったわけで、仕方がないと自分に言い聞かせる。


「着席――」


 と、号令を掛けるタイミングで、席が自分の前である火鼠ひねずみ和馬かずまがスマホを取り出すのが見えた。


 着席するまでの数秒くらい待てないのか。


 なまじ根が真面目であるがゆえに、和馬の一挙手一投足が癇に障る。とはいえ、それを口にしても余計に腹が立つだけなので押し黙るしかなく、そのことが余計にフラストレーションを加速させる。


 休み時間になればスマホをいじるのが彼女の普段なのだが、その日に限ってはなんだかいじる気にならなかった。

 目の前の男と同じことをしているという事実を作るのが嫌だったからだ。


 手持無沙汰になり、次の授業の準備と、予習でもしようかと机に教科書を広げた。


 ――ぶるる。


 マナーモードに設定してあるスマホが震える。

 一度で切れたため、電話ではなくメッセージアプリの方だろうとあたりをつける。

 この場で開いて確認してもよかったのだけど、目の前の席でスマホをいじる和馬を見て断念する。


 ――ぶるる。


 また。

 何か大事な用事だろうかと、不安になる。

 藤白、ここに来て、つまらない意地を捨てる。


(フォロー通知?)


 スマホに電源を入れると、メッセージアプリの方ではなくSNSの方の通知だったと気づく。

 とはいえ彼女のアカウント【シロハ】はフォロー人数もフォロワー人数もギリギリ2桁のほぼ無名。

 普段は通知が入ることなんてない。

 こんな短期間に二人も増えるなんて珍しいな、と思っていると、続けざまにぽんぽんと通知が入る。


(え? ちょっと、なに!? どうして急に!?)


 それは、生まれて初めて経験するバズ。

 情報世界の展開速度に、彼女の思考は置き去りにされた。


(と、とにかく通知を止めなきゃ)


 普段いじらない機能をどうにか見つけ出し、通知を切り終えるころには休み時間は半分以上過ぎていた。

 ようやく安寧を見つけた彩絵は、改めてこうなった原因を探る。


(有名な歌い手さんにリツイートしてもらったんだ……へー)


 それは昨日の夜に投下した、とあるゲームの女性キャラのイラストだった。

 何日もかけて、それでも昨日はほとんど反応がもらえなくて、まあこんなものだよねって言い聞かせていたのに。


(……嬉しい、な)


 無名の絵描きが書いた絵だ。

 ネームバリューなんて付加価値は介在しない。

 それはつまり、この人は純粋に絵の価値を認めてくれたというわけだ。


 そのことが、彩絵にはたまらなくうれしかった。


子午しごさんか。帰ったら動画聞いてみよ)


 子午という歌い手は、フォロワーに対してフォロー数の少ない人だった。

 フォローをタップした彼女の心に、フォロー返しという見返りは含まれていなかった。

 ただ、自分を見つけてくれた相手に対する感謝のつもりでフォローを飛ばした。



 一方で、和馬は和馬でパニクっていた。

 人気歌い手子午しごの11ヶ月ぶりの生存報告。

 彩絵のイラストの爆発的拡散の裏に潜むちょっとした真実。


 当然和馬のもとにもたくさんの通知が入ってきている。

 その対応に追われて――


(シ、シロハさんからフォローされた……!)


 ――と、いうわけではなかった。


(フォロー返ししてもいいのか? してもいいのか!?)


 誰に問いかけるわけでもなく、一人内心で葛藤を続ける。

 いや、実際には問いかけるべき相手は彼の真後ろにいるのだが、それに気づく由はない。


 もっとも、仮にそれを聞いた場合、断られるどころかブロックされるのだろうが。


(フォローしたとしてあいさつってするべきか? するべきだよな。フォローしてから考えてるんじゃ遅いよな。先に文面を考えて――)


 必死に言葉を探しては、削り取り、積み上げては崩してを繰り返しているうちに、始業のベルが鳴り響く。


(やべ、もう次の授業始まるじゃん!)


 机の引き出しから教科書を取り出しながら、改めて文面を読み直す。

 硬い。

 これで送るのはためらわれる。


 ×ボタンを押下して、文面を削除した。


 代わりに、あるボタンをタップする。


(ああぁぁぁ。押した。俺はフォローを押したぞ。後悔してないな? してない。よし!)



 後に電子の海で伝説となる、戦友。

 二つのアカウントはこうして巡り会った。

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