第16話 驀進と確信
【歌い手 子午 百科事典】
突如浮上した「子午=
一番上に上がってきた記事を読む。
――概要――
落ち着いて安定感のある低音域から滑らかで耳当たりの良い高音域まで使いこなすオールラウンダー。
→【歌い手一覧】
→【男性歌い手】
――活動――
初投稿は"ケルビムクローバー"で、以降ボカロ楽曲を中心に励みになるような楽曲を好んで歌う傾向がある。
本人曰く「もともと、病弱な妹を元気づけるために歌った」「妹の勧めでネット上に投稿した」とのことである(参考:【子午の質問箱】)。
3年ほど活動したのち、動画投稿を休止。
SNSの更新もぴたりと止まった。
リスナーたちの間では「妹さんに不幸があったのでは」、「子午さん本人に何かあったのでは」、「受験シーズンなのでは」など様々な憶測が飛び交っているがその真偽は不明。
しかしそれからおよそ11ヶ月後。
なんの前触れもなくSNSに浮上。
そのつぶやきは宣伝でも復活報告でもなく「ある絵師のイラストのリツイート」だった。
リスナーたちは彼の突飛な行動に困惑しつつも、彼の生存を喜んだ。
そしてそれからひと月後。
最後の動画投稿からちょうど1年経った5/17。
一つの動画が投稿される。
タイトルは"There is Justice or Justice"
イラストレーターは彼がリツイートしたイラストを描いた「シロハ」という方で、SNS上では「まさか伏線だったとは」と話題になった。
復帰一発目の動画でありながら、わずか14時間で100万再生を突破。
動画の説明文によると今後はオリジナル楽曲を中心に投稿していく予定とのこと。
今後の活動に期待である。
――名前の由来――
本人によると、本名をもじっただけとのこと。
そのためリスナーの間では「
――関連動画――
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(なんかめっちゃ心当たりある――!)
記事を読みながら、彩絵は脱水症状を起こすのではないかというぐらいの冷や汗をかいていた。
(4年前って言ったらあいつが学校行事サボり始めたころだし、あいつにも妹居るし、本名火
もし「そう」だと仮定するなら、納得できることがある。
「え、じゃあ私が子午さんの歌を聞いてた時、あいつが苦虫を噛み潰したような顔をしてたのって……自分の曲を私が聞いてたから……?」
それだけではない。
「初めて通話したときに速攻で電話切ったのも、私の声だったから?」
いやいや、ないないと首を振る彩絵だが、その動きはどこかぎこちない。同一人物であると仮定すること自体の違和感と、他人だと考えた時の不自然さだと、後者が上回っている。
「……嘘、じゃあ、あいつが学校行事より優先させたかったのって、妹さんの病気が関係しているの?」
彩絵は考える。
だとしたら、自分のしてきた親切は、大きなお世話だったのだろうか。
一度悪い方向に転がりだした思考のループは脱却を許さない。悪い方へ悪い方へ思考は進んでいく。
「ま、まだ決まってないよね」
明日聞こう。
彩絵はそう結論付けて、考えることをやめた。
その日は、とても長い夜になった。
*
次の日の朝も、彩絵が先に席についていて、遅れて和馬が教室にやってきた。
席が近くても、彩絵と和馬の間に会話が生まれることはない。
無言で席に着く和馬。
無反応の彩絵。
それが彼らの日常だった。
「ねえ」
だが、その日は違う。
彩絵には是が非でも聞き出さなければいけないことがあった。
「あんたに言ってるんだけど」
「あ? またかよ。今度は何の用だ? おすすめのダイエット食品なら寒天だぞ」
「私のBMIは17よ」
「なら大盛の店が知りたいのか? おすすめは天白だな。鍋でカルボナーラが出てくるんだが――」
「そういう話じゃなくて」
彩絵は自分の歯切れが悪いと自覚していた。
センシティブな話題だと理解していた。
問うべきか問わざるべきか。
彩絵は一瞬だけ悩んだ。
だからこそ、彩絵は踏み込んだ。
もやもやをもやもやのまま放っておくなど、彼女にはできなかった。
もし自分が悪いことをしたのなら、謝罪をして清算したいと思ったのだ。
「あんたが学校行事をさぼってまで優先したかったことって、もしかして妹さんの病気関係なの?」
「……誰から聞いたんだ」
警戒心を吊り上げる和馬に、彩絵はおのが推測が正しかったと確信した。
聞きたかったことは聞けた。
後は謝るべきことを謝るだけだ。
「……簡単な推理よ。あんた、物理の時間に妹さんに
「言っておくが、妹は今は元気だぞ」
「なら、4年前はやっぱり病気だったのね」
「ちっ、そうだよ。悪いか」
彩絵の中で、結論は出た。
やはり、子午と火鼠和馬は同一人物だ。
(私が何も知らずに過ごしていた毎日で、こいつは妹さんを元気づけるために、必死だったんだ)
胸が締め付けられる。
自分の愚かさが、恨めしかった。
「……ごめん、な、さい」
押し出すように、声をこぼした。
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