第18話 告白と告白

 白羽の矢が立つという言葉がある。


 生贄を求める神が、生贄の目印として白い羽根の矢を用いることから犠牲に選ばれることを意味している。

 ただし、現在では転じて抜擢ばってきという意味でつかわれることもある。


「あんたが、子午よね」


 それはありふれた日常の1ページ。

 男子が一人、女子が一人。

 背を向け合って話していた。


 場を支配する空気は凛としたもの。

 夜明けの湖畔とよく似ていた。


「私は、シロハだよ」


 ありきたりな平凡に、亀裂が走る。



 最近、彩絵の様子がおかしい。


 授業中に指名されてることに気づかなかったり、移動教室を忘れていたり、箒を握ったまま一か所にとどまっていたり、一言で言えば夢うつつといった感じだ。


「お前、マジで大丈夫か?」

「ん、何が?」

「そういうところだぞ」


 普段なら「は? あんたに心配されるいわれなんてないんだけど」とか「人の心配より自分の心配でもしたら?」とか口にするはずなのに。


 もしや森の泉に入水して、きれいな彩絵と取り換えられてしまったのか?

 助けに……行かなくてもいいのか?

 別に、このままでも俺は一向にかまわないような。


「……あんたに心配されるなんて、よっぽどひどい顔してるんでしょうね」

「お、おう?」


 やっぱりおかしい。

 青菜に塩という言葉があるが、こいつの場合完全にナメクジに塩レベルの滅入りようだ。


「放課後、駅近くの海岸に来て」

「は?」

「何? 用事でもあるの?」

「え、いや。そういうわけじゃないけど……」


 彩絵の方から用事があるかどうか確認してくるだと……?

 まじでこいつ、彩絵以外が彩絵に成りすましてるんじゃなかろうか。


「約束。破ったら針千本飲ますから」


 いぶかしんでいる間に、彩絵は一方的に契約を押し付けてきた。

 あ、これはちょっと彩絵っぽい。

 本人の可能性が微妙に残ってる、じゃなくて。


「待て」

「何、指を切り落とす方でもいいけど?」

「その物騒な物言い、さてはお前彩絵だな?」

「何当たり前のことを言ってるのよ。ついに頭がいかれたの?」

「お前にだけは言われたくねえ!」


 そんな言い争いをしているうちに、次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴る。

 彩絵は顎をしゃくった。

 意味するところは「ほら、授業が始まるわよ。さっさと前を向きなさい」だ。

 やっぱこいつ嫌い。


(はぁ、一体なんだってんだよ)


 まあ、好き嫌いにかかわらず、縁ある仲の幼馴染が落ち込んでるんだ。

 話を聞くくらい、してやるか。



 そんな感じで、放課後。

 俺は降車すると、国道にかかる横断歩道を渡り、防潮林を抜け、堤防の階段を上って腰を下ろし、海を一望した。


 田舎の交通機関の時刻表を見たことはあるだろうか。数時間に1本が当たり前。場所によっては1日2本なんて場合もある。

 何が言いたいかというと、俺も彩絵も同じ便を利用したということだ。


 都会みたいに車両が何両も連結していたりしないから、駅のホームに降りた時点で互いに互いを視認していた。

 だけど、お互い声をかけることはなく。

 付かず離れずの距離を保って堤防までやってきた。


「潮風が吹いてるね」

「長居するとべとべとするし、手短に終わらせようぜ」

「そうだね」


 そうは言ったが、彩絵はしばらく口を開かなかった。

 言いたくないなら無理に聞かないけど、言わないなら帰してほしいとも思う。


「……あのさ」


 海に照り返す太陽光をまぶしいなーと眺めていると、ふとした拍子に彩絵が声を発した。


「あんたが、子午よね」


 その問いかけは、潮風にさらわれて。

 ともすれば、聞き逃してしまいそうだった。


(……あー、そういうことか。気づいたのか)


 前に聞いた時は、子午と俺を同一人物だと気づいていないみたいだった。

 俺が指摘したのをきっかけに、俺と子午が同一人物だという結論にたどり着いたのだろう。


(だとしたら、まあ、最近の彩絵の豹変ぶりも納得できる……かな?)


 何を考えていたかまではわからないけれど、子午に関することってのだけはなんとなくわかる。


 否定することもできるだろう。

 だけど彩絵は納得しないだろう。


「ああ、そう――」


 いっそ肯定してしまおう。

 そう思った矢先だった。


「私は、シロハだよ」


 波の音が、鼓膜に残響する。


「……ぇ」


 今、何て言ったんだ。

 しろは、白派、シロハ。

 シロハ?


「……冗談きついぜ?」


 確かに、何度かシロハさんと彩絵が同一人物なんじゃないかと疑ったことはある。

 だけど、別人だと結論付けたはずだ。


 別人だと決定づけた根拠は確か……。

 ……、シロハさんが、俺を火鼠和馬だと気づかなかったこと、だ。


 だけど、彩絵は最初、俺と子午を別人だと思っていた。シロハさんが彩絵なら、気づかない方が正しいリアクション。


「冗談じゃないよ」


 彩絵はそういうと、スマホを取り出した。

 画面を少し操作して、俺に突き付ける。


 そこにあったのは、子午とシロハさんがやりとりした、DMの履歴。


「……マジで?」

「マジ」

「そ」

「マ」


 え、ちょっと待って。

 どういうこと。

 つまり彩絵はシロハさんでシロハさんは彩絵ってこと?

 え? どういうこと。


 二度三度と論理を見直したが、導き出される結論はたった一つ。


 彩絵とシロハさんは、同一人物。


 そんな偶然、ある?


「……それで。シロハさんは、もう子午の依頼を受けられません……ってか」


 ようやく謎が解けた気がする。

 彩絵の態度がおかしかったのは、俺、というより子午に対する罪悪感からなんじゃないかな。

 だとしたら、焼き菓子の差し入れにも納得。


「ううん。違うよ」

「は?」


 だけど、彩絵ははっきりと否定した。

 違う? どうして?


「私、あんたの歌が好き」


 ……さざ波が、耳に残って離れない。

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