第10話 校内放送とテレビ放送

『こんにちは、放送部です。お昼の放送を行います』


 俺の通っている高校では、昼休みに放送部が音楽を流している。だいたい知ってる曲なんだけど、時たま知らない名曲に出会えることもあり、俺からしてみれば「待ってました俺の唯一の楽しみ」って感じのゴールデンタイムだ。


 今日はどんな曲が流れるんだろうな。


『本日の曲は歌い手の子午で"There is Justice or Justice"です。どうぞ』


「ぐほっ!?」


 なんて!?



 卯乃香のデビュー曲が爆発的に伸びた翌日、5/18。

 学校は、子午の話題が持ちきりだった――とかいうアンリアルなことは起きない。


 よくよく考えてほしいんだけど、所詮はアイドルでも何でもない一人の高校生が歌った動画がネット上に上がっただけだ。


 歌い手について語り合える友人を持っている人がこの世にいったいどれだけいるだろうか。

 相手の知らない話題を振っても、芳しくない反応に申し訳なくなるだけだ。

 これだけの人数がいれば聞いてくれた人もいるだろうけど、それを話題にしようとする人はそういない。


 と、昼休みが始まるまでは思ってたんだよね。


『本日の曲は歌い手の子午で"There is Justice or Justice"です。どうぞ』

「ぐほっ!?」


 いや「歌い手の子午で"There is Justice or Justice"です。どうぞ」じゃねーんだよ!

 昨日の今日で校内放送こうかいしょけいしてんじゃねえ!


「火鼠、大丈夫か?」

「わり。気管支の方に水入った」

「草」

「ポケットモンバトルしてるわけじゃねえよ」


 なんか同じタイミングで彩絵もむせてたな。

 そういうところまで合わせてくるのやめてほしい。


「火鼠、この曲知ってる?」

「"There is Justice or Justice"ってさっき言ってたぞ」

「おーサンキュ。この曲いいな」

「……ソウダナ」


 あかん。

 リア友にまで補足された。

 いや待て。

 まだ歌ってるのが俺だとばれたわけじゃない。


 某レート2500のプロも言っていたじゃないか。

 人間、そこまで他人に興味ないよって。


「あれ? この声、火鼠と似てね?」


 ……。


「と思ったけど全然そんなことなかったな。お前の声の方がだるそうだ!」

「うっせばーか」


 ま、まじで心臓に悪い。

 速攻で身バレしたかと思った。


 ――ぶるる。


「あ、わり。ちょっとスマホ触る」

「うぃ」


 ポケットからスマホを取り出して操作する。

 ぶっちゃけ、俺の知り合いだと人と一緒に食事してる時でもスマホ弄るやつの方が多いけど、個人的に相手にそれをされるともにょるから自分では基本的に触らない。

 じゃあどういうときにスマホを弄るかというと、妹から連絡がある場合とかだ。

 卯乃香は俺が学校にいる間は基本的にメッセージを飛ばしてこないので、連絡が入るということはよっぽど急な要件が入ったと考えるべきだ。


『お兄ちゃん! テレビ局から"There is Justice or Justice"を放送したいってメールが来たんだけどどうしよう!?』


 メッセージアプリLinearリニアに表示された文面は、3度見するようなものだった。


「ぐほぁっ!?」

「火鼠!? 大丈夫か!?」

「だ、大丈夫。気管支に冷や汗が染みただけだ」

「それは本当に大丈夫なのか!?」


 アイエエエ、テレビ局。テレビ局ナンデ。

 なんだ?

 ちょうど歌い手特集でもやる予定だったのか?

 そこにたまたま俺が割り込んだのか?

 にしてもなんで俺……。


「お、すげー。見てみろよ火鼠。"There is Justice or Justice"で検索したんだけど、昨日の19時に投稿されてからたったの14時間で100万再生突破した今話題沸騰中の人気作らしいぜ」

「うっそだろ!?」


 基本的に、深夜の1時から早朝5時はアクセス数が目に見えて減少する。いくら初動で10万再生稼いだからって、100万再生はまだまだ先だと思っていたのに、なんで!?


『お兄ちゃん、オッケー出してもいい? お願い! お兄ちゃんには迷惑かけないから! めんどくさい手続きとかは私の方で済ませるから!』


 卯乃香的にはテレビで放送されてほしいらしい。

 心臓にわかめでも生えてるんじゃないかってレベルのメンタルしてるな……。

 昨日はあんだけびくびくしてたのに――いや、もともと、より多くの人に聞いてもらいたいってのが卯乃香の願いだったか。

 そりゃ、テレビでの放送ってなれば、精神的に苦しくっても逃がせない、逃がしたくないチャンスなわけか。


『いいよ。でも、俺にできることがあったら俺に相談しろよ?』

『いいの!? お兄ちゃんありがとー! 大好き!』


 なんか、やべえことになってる。

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