最終話 原因


 アンネの言うとおりに治療を始めると、団員も兵士もみるみる回復していった。


 まだ体調は優れないようだが、命の危険があるほどではないため、全員が食事をとれるようになった五日後には、治療にあたっていた看護士達が涙ぐむほどだ。


「いやー、それにしてもまさか、ヘビ毒でこうなっていたとはねえ」


 カルテを見ながらそう言ったゲルトは、感心したようにアンネを見る。アンネは意識のある兵士達に聞いた蛇の特徴から、蛇の種類を専門家に特定させると、すぐに解毒薬を投与させたのだ。


 彼らが体調不良になった原因は、最近増えだしたマカサ蛇という毒蛇によるものだった。


 マカサ蛇は、暖かい場所で繁殖するため、日光がよく当たり、ほどよい湿気のある場所を好む性質がある。ここ数日、城の中で蛇を見た者が多かったという証言もあるので、まず間違いないだろうとのことだ。


 マカサ蛇はしびれ薬に似た毒を持っていて、噛まれると全身が痙攣する。毒自体で死ぬことはないが、痙攣した際に舌を噛んだり、倒れて頭をぶつけたりなどして死亡することが多いため、かなり危険な蛇として有名だ。


 また、マカサ蛇の毒は血清をつくれない特殊な性質なので、蛇毒に効きやすい解毒薬を点滴でゆっくりと投与し、時間をかけて分解されるのを待つしかないと、アンネが昔見た書物に書いてあった。それくらい厄介で残りやすい毒らしい。


 さいわい彼らの状態は快方に向かっていて、後遺症も残らない。ホッとしたハンスだったが、謎はまだ残っていた。


「この蛇の毒は私も知っていますが、ほとんどは自然治癒すると言われています。遠征で噛まれた者を見た事がありますので、そういうものだと思っていたのですが、違うのですか」


「ほとんどの場合はそうですが、噛まれてすぐに牙を外さないと、多くの毒を体内に取り込むことになるため、重症化する場合が多いんです。騎士団の方々がまさにそれだったようで、倒れた時に適切な対処がされていたことがさいわいでしたね。さすがです」


 アンネに褒められはしたが、城の中だからと気を抜いていたのだろう。この報告を受けた団長が怒っていたと、ゲルト経由で聞いたハンスは、回復した後に待ち受ける隊長達の姿を想像し、思わず無事を祈ってしまった。

 

 そんなことが待ち受けているとは知らない仲間達は、回復した兵士達と笑顔で復帰を喜んでいるが、なぜかアンネだけがまだ浮かない顔をしていた。


「どうかしましたか?」


 ゲルトが尋ねると、アンネは言いにくそうに視線をそらす。しかし、何度か唇を上下させ、こっそりとゲルトに言った。


「……あの、実はもう一つ、調べてほしいことがあるんです」




 それから五日後。予定より少し遅れて行進が始まった。


 先頭を第一部隊が固め、第二部隊と第三部隊が王族の両脇を固めている。王族の中心には国王がいて、その少し後ろには皇太子となったハラルドがいる。王妃のいない行進ではあるが、皇太子妃も決まっていないため、王族の女性が二人の後ろに続いて花を添えていた。


 第三部隊隊長の代わりを務めるハンスは緊張しているようだが、練習の成果もあってか、今のところは問題がないようだ。流れるように進んでいく行列を見下ろしながら、アンネは隣にいるヘルムに笑顔を見せた。


「無事に行進ができてよかったですね」


「ああ。中止の話も出ていたらしいし、こうして俺達も行進を見れて本当によかったよ」


 彼の隣には、謎の病――いや、ヘビ毒から生還した人達が並んでいる。


 ここは城の中央にある観覧席で、普段は高い身分の貴族しか入れない場所だ。行進は貴族達も参加するため、誰もいなくなる城を守る意味も込めて、誰かしらがここに立つ決まりになっているらしい。その大役を任されたのが、まさかのアンネだったのだ。


 護衛にはならないが、牽制にはなるだろうと、回復したヘルム達がアンネの周りで行進を見守っていて、参加できない悔しさはあるようだが、団員達も兵士達も、揃って晴れの日を祝おうと拍手を送っている。


 行進をほとんど見通せるこの場所で、皇太子になったハラルドと、第三部隊を率いるハンスを、アンネは嬉しそうに見ていた。ヘルム達も椅子に座りながら行進を見ていると、白衣姿のゲルトが眠たそうにやってきた。


「やあ、調子はどうだい?」


「大丈夫です。先生が尽力してくれたので、今すぐ走り回りたいくらいですよ」


 ヘルム達の軽口にゲルトも笑い、和やかな空気になっていく。


 こうして彼らが笑いあえるのは、何を隠そうハラルドのおかげなのだ。


 彼が蛇に噛まれてできた傷。実はあれと同じものを、ヘルム達の体から見つけていた。噛まれた場所はそれぞれ違っていたが、蛇に噛まれたのならば、まずは毒での死亡を防ぐため薬を必要とする。その際に用いられたのが、ローディエという植物で、これは主に東の国で薬として使用されているものなのだ。


 これは昔から使われていた薬の一つで、これ自体に問題はないとされていた。たまにラインヒル国にも流通するらしく、よく効くと評判で、心臓の弱い人や毒を排出するための利尿剤として使われているらしい。根茎を使用するため、慣れない人や素人は多めに使ってしまうらしく、問題はそこにあった。


 実はこの植物、薬草よりも毒草と呼ばれるにふさわしい強力な毒性を持っているのだ。


 城で薬を扱う人達の記録を見返してもらったところ、過去にローディエを服用して死亡した人がいた。当時は原因がわからず、その人が服用していた薬を全て危険物とし、医師達が取り扱いを中止したのだという。


 しかし時間が経つと危険性が忘れられてしまい、たまたま貿易で手に入れたローディエを使用した城の医師がいたらしい。それがよく効くと知ったところ、貿易相手から聞いた情報のみを頼りに、王族にも使用するようになったというのだ。


 これまで何事もなかったのは、運良く、薬の調合が正確な人が居たというだけのことだ。その人が引退することになり、新しく調合を任せられた人が薬の量を間違えたため、今回の騒動を起こしてしまった。


 ローディエは、胸の病やヘビ毒にも効くと言われていたため、蛇に噛まれたと報告した騎士団員達や兵士達の薬に調合されていたからだ。


 彼らはヘビ毒に効くという薬を飲んだものの、ローディエが本来より多く入ったその薬で体調を崩し、入塔することになってしまった。しかも脈拍が弱いからと打たれた点滴にもローディエが含まれていたため、毒となった薬を毎日体に入れられることになってしまったことも、大きな原因だったというわけなのだ。


 その事実を知った薬の責任者は怒り、薬を調合していた人を即刻解雇したらしい。


 正確には、上司であるさらに偉い人に報告をして解雇を願い出たそうなのだが、彼のしでかしたことは重大なので、重い処分が下ることは間違いないだろう。責任を感じた責任者も辞任を申し出たそうだが、そちらは受け入れてもらえなかったらしい。


 ただ、この件を重く見た医療関係の偉い人達は、過去の記録を改めて見直し、従事者達の教育をし直すことに決めたらしい。アンネの名前を出したことがきっかけだと言われたが、かつての仲間に復帰を望まれたものの、彼女はそれを断った。


「私はオフトの魔女です。もう、研究者にはなれませんよ」


 彼女を知る人達は残念がったが、魔法を使える存在は貴重でありながら慎重な扱いをされることを知っているため、それ以上引き止める人はいなかったという。


 晴れて自由の身になったアンネは、晴れ渡る青空を見上げながら、少しだけ寂しさを覚える。


 この行進が終われば、アンネがここに留まる理由がなくなるからだ。


 半分進んだ行列が、街の端からこちらに戻ってくるのが見えて、終わりが見えた気がした。ゆっくりと瞬きをして行列を目に焼きつけると、彼女はその場を後にした。


 誰にも引き止められないまま、彼女は再び姿を消した。



 

 数日後、アンネは自宅にいた。


 行進を最後まで見ずに、さみしい気持ちで家に帰ってきてしまったことを後悔したが、あの場で大泣きするよりはマシだと自分に言い聞かせ、日常に戻っていた。魔法で冷やしていた食材は痛まなかったが、家には埃が溜まっていて、帰ってから夜中まで掃除をする羽目になったのは辛かった。


 そうやって落ち着いた頃、かすかに音が聞こえてきた。


 危険動物同士が喧嘩でもしているのだろうと聞かなかったことにしたが、いつまでも音が終わらない。


 流石に心配なったので外へ出ると、遠くで土煙が上がっているのが見える。まさかと思いつつ、杖を振って浮かび上がると、森の一部が煙で覆われていたのだ。


 外の人間が興味本位で危険生物を狩りに来たのか思ったが、どうやらそうではないようだ。あのオオイノシシ達が一か所に集まっているのが見えたので、まさかと思い近づくと、そのまさかだった。


 剣を手に応戦するハンスを助けると、彼はもう一度アンネにお礼を言って、今度は文句を言ってきたのだ。


「行進という晴れ舞台から戻ってきたら、貴女が姿を消したと聞いて驚きましたよ。隊長達を助けてくれただけでなく、皇太子殿下の即位を遠回りに助けてくださったのに、お礼も言わせてもらえないまま去られてしまっては、王立騎士団として国民に顔向けできません。ですから、今日は貴女に贈り物を持ってきました」


 そう言って防具の中に手を入れた彼は、懐から一通の手紙を取り出した。真っ白いその封筒には、青い蝋で封がされていて、一見するとただの手紙だった。しかしひっくり返して差出人を確認すると、アンネの動きが驚くほど綺麗に止まった。


「皇太子殿下からの命令で、貴女を直属の魔法使いに認定するとのことです。今日はお迎えに上がりましたので、なるべく早く支度を済ませてくださいね」


 差出人の部分には、綺麗な文字でハラルドの名前が書かれている。蝋には国章が刻まれていて、確かに王族からの手紙だった。


 驚きのあまりハンスの言葉が耳に入ってこなかったが、迎えにきたというところだけはどうにか聞き取ることができた。


 笑顔で支度を促すハンスを見て、アンネは顔を引きつらせる。

 

 こうして、アンネの平穏は終わりを告げたのだった。



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アンネの事件帖〜魔女なのに魔法を使わないで事件解決!?〜 逢雲千生 @houn_itsuki

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