鍛錬編

1

 つくづく不運で笑ってしまう。


 公募用の小説を書いていると電話がかかってきた。広島弁だ。俺は今小説を、と断りかけて、いやでも顔が見たいなと普通に思って、雀荘まで行くと伝えた、直後に玄関ががちゃりと開いて電話口と玄関口両方から声が響いた。

「迎えに来たで! 早う行こう、今日はわれの特訓するけぇ気張りんさい」

 意気揚々と現れたヒナガミはかわいい笑顔でまあまあ面倒なことを言い出した。ニュアンス的にちょっと優しめなような気はしないでもないのだが、正直めんどくさい。けっこう毎日来るからだ。断りきれずヒナガミの相方になったのは良いものの、会えば十割麻雀で、最近では夢でトリプルロンを打たれて飛び起きたりもした。

 騙まし討ちで連れて行かれた電流麻雀はあれきりだ。十割麻雀は主に俺の強化を兼ねての二人打ちだが、効果のほどはわからない。ただヒナガミの強さはよく理解した。俺の打ち方を後ろで眺めつつ飛ばしてくる指摘は的確で、対面の二人打ちでも勝てた局が一回もない。

「……忙しいか?」

 渋る俺を見兼ねたのか、隣に腰を下ろしてきた。無造作に垂れる髪を指先で払いつつ、ひょいと覗き込んでくる。黒目は俺の顔、パソコン、パソコン横に放置したメモを順番に見た。もう一度俺の顔に戻って、なにやらこう、そわそわするような表情をし始めた。

「新作? わしも読む。ええじゃろ?」

「ま、まあ、ええけど」

 是非読んでくれというのは恥ずかしいので控えめに主張する。

「でもまだ出来てへんねん、キリがいいとこまで書いてから見せるから、もうちょい待ってくれ」

「おう、待っとる。でも今日はもうええじゃろ? 行くで!」

「お前話聞いとったか?」

 聞いとる聞いとる、とかどうとか言いながら、ヒナガミは俺を引き摺り始めた。もう駄目だ。今日の進捗は麻雀になる。まあでもぶっちゃけ打ちたいので大人しくついていくことにした、そして今日はちょっとくらいヒナガミにこう、褒められたい。かわいく笑ってもらってよろこびたい。



「東南戦一回、イッパツ赤入りの標準ルール。当然四麻で、罰ゲームはなし。城と金堂ちゃんにゃあ手加減するな言うてあるけぇ、気張れよ」

 機嫌よく説明するヒナガミについていき、まだ開店前の暗い店内を真っ直ぐ進む。この雀荘に来るのも慣れてきた。つい代打ちサービス業を始めてしまったが、実務自体はまだないし、そもそもヒナガミの足を引っ張らないようにと特訓の日々なのだ。コンビとして借り出されるのが主になるのだろう、ヒナガミとセットなのは嬉しいが、体のいい生贄扱いされている気もしないでもない。

 なんにせよ技術向上が余儀なくされている。気合いを入れ直し、奥に続く扉を開けたヒナガミに続いて入室する。既に面子は揃っていたが、ちょっと驚いた。面子にもだが、状況にもだった。

「えーと、タキミやっけ?」

「どうも」

 冷静な様子で挨拶してくれたがタキミはぎちぎちに縛り上げられている。どんな状況やねん。引いていると、穏やかに座っていたジョーさんが説明を始めた。

「雛噛くんは今日、卓に入らないからね。代打を連れてきたんだ」

「代打、ぎちぎちに縛り上げられてるやん……」

「部屋でカードゲームをしてたら縛り上げられて連れてこられた」

 哀れだ、そして自分も身に覚えがある。横目でヒナガミを見れば、ぐっと親指を立てられた。

「わしが入ると無茶苦茶になるけぇ、基本手堅い打ち筋の滝見にしたんじゃ。やりやすいじゃろう?」

「いやそういう……まあええわ、よろしくお願いします」

 ジョーさんとコンドーちゃんに頭を下げてから、タキミの縄を解いてやる。サイコロを回して親を決め、卓につかないならヒナガミはどうするのかと思えば、普通の顔をしながら俺の背後に立った。アドバイスでもしてくれるのか? 最強のスタンドだが、いいのだろうか。

「わしは確認のために立っとるだけじゃ、われの手牌に口出しはせん」

 釘を刺された。そりゃそうでしょ、とコンドーちゃんに非難までされる。ジョーさんは穏やかに笑っているし、タキミはめんどくさそうだ。

 手牌を開くと、背後でスタンドが感心したような声を漏らした。やっぱりちょっとは助けてくれるのだろうか。くれないだろうな。ヒナガミは俺の小説には甘いが俺の麻雀には厳しい。

 東一局、ドラは7のピンズ。親は下家のコンドーちゃんだ。眉を寄せている、やはり顔に出やすいのか。じっと眺めていると、リャンソー二索子を捨ててから横目を送ってきた。ぴっと人差し指を立てられる。

「雛噛さんに頼まれてるから、わたしもあんたに色々教えてあげるけど」

「え、うん」

「そもそも、あんたがいると一九字牌があんまり来ないの」

 基本的に俺のところに入ってくるのだから、そうなるとは思う。だが一九字牌で埋まるほどでもない。現に対面のジョーさんが穏やかな顔で西を捨てている。

 上家にいるタキミがため息混じりにパーピン八筒子を捨てた。俺のツモを待ってから、コンドーちゃんがまた口を開く。

「それは同時に、あんたを狙い撃ちできる、って話になんのよ」

「でき……るか? 当たらんようにするんは、容易そうやけど」

「そらぁそうじゃ。クサカベ、われの特性は一九字牌が集まるに加えて、面白いくらいに不運ってことじゃからな」

 ヒナガミは喋ってから俺の後ろを一旦離れ、コンドーちゃんのところへ歩く。二人で手牌を覗き込んで、ヒナガミがぼそぼそとなにかを耳打ちした。コンドーちゃんは頷く。なんだかちょっとやきもきする、俺には口出ししないのに、コンドーちゃんに教えるのはずるいやろとちょっと思う。

 なんにせよ集まるなら集める。ツモった二枚目の北を入れ、不要のスーワン四萬子を河へと投げた。直後に、

「ポン」

 コンドーちゃんがそれをとった。トイトイかタンヤオ、もしかするとドラも持っているかもしれない。

 捨てられたのは撥だ。俺の手元には一枚だけある。そこから更に二巡回ったところで、ヒナガミがまた移動する。タキミのところまで歩き、またなにかを囁いて、タキミはこめかみを抑えつつため息を吐く。

「日下部さんの強化卓なわけね……はいどうぞ」

 タキミはツモったドラのチーピン七筒子をそのまま出した。ありがたい、チー宣言して手元にあった八・九のピンズをセットにする。これで上手くいけば、チャンタに三色ドラ1だ。北が被れば満貫にも組み替えられる。

 浮いたヤオチュー牌を捨て、俺もまあまあ一九絡み手に慣れてきたやんと自画自賛するが、甘かった。

「カン」

 コンドーちゃんが鳴いた。ツモしたスーワンを加カンして、リンシャン牌を引き入れている。出されたのは二枚目の南だ。一枚目は俺が捨てた。

 加カンの意図がわからず、当惑した。その間にジョーさんが穏やかな顔でカンドラを開いた。ドラは、四のマンズだった。

「ドラ4!?」

 驚きのあまりでかい声が出た。視線を滑らせタキミとヒナガミを見る、ヒナガミは面白そうで、タキミは無表情だった。

「われの特性は使い勝手がええのぅ」

「まあ、ズラすくらいなら、一応ね……」

「手間かけたの、あとはオリで構わんけぇ次局は好きに打ってくれ」

「めんどくさい三人相手にさせながらよく言うよ……」

 文句を言いながらタキミはゲンブツをツモ切りし、ヒナガミは笑い声を上げる。なんかお似合いでムカついた。無駄にイラつきながらツモったのは有効牌で、一応テンパイの形になった。

 コンドーちゃんの捨て牌を見る。字牌整理をしてから、数字をランダムに切っている。染めてはなさそうだ。とはいえドラ4は確定で、一役はつけるだろうから、ハネマンにはなる。

 かなり辛い。ジョーさんはわからないがタキミもオリのようだし、無理してテンパイをとる必要もないだろう。ゲンブツはないため頭にしていたトイツの北を崩すことにする。

「ロン。トイトイ、ドラ4」

「え」

 固まる俺に構わず、コンドーちゃんが手を広げた。北とキューピン九筒子の待ちだった。

 狙い撃ち。嫌な汗が背中を流れる。点棒を渡しつつ表情を窺えば、呆れたような息を吐かれた。

「読みやすいんだってば。あんたは字牌が来るから、自風は大体抱えてる。字牌で待ってないように見える捨て牌にすれば、オリのためにそこを崩すでしょ。そうじゃなかったとしても、オリに決めたあんたは一九字牌を崩す癖があるのよ。ほら、狙い撃ちできる」

 ぐうの音も出ない。テンションを下げつつ次の手牌を開けば、後ろから肩を掴まれた。

「これじゃこれ、げに愉快な打ち手じゃのぅ」

 ヒナガミは嬉しそうだ。げんなりしながら手元を見る。字牌が半分を占めていた。西と白は既にトイツで、使いやすいとは思う。

「へこむとわれを慰めたいんか、一九字牌が余計に集まる、……んじゃけど、それは三人共とっくに把握しとるけぇ、クサカベ、そう簡単には上がれんのぅ。どうする?」

「……お前やったらどうするねん」

 思いの外機嫌の悪い声が出た。コンドーちゃん、ジョーさん、タキミの動きを眺めてから、はじめのツモを引いてくる。自風の北だ。まだ一枚も持ってはいない。

「わしとわれの打ち筋は違う」

 ヒナガミは真剣な声で答える。振り向こうとすれば、頭を掴んで固定された。

「われが相談するのはこいつらじゃ、わかっとるじゃろう」

 返す言葉もない、その通りだ。これが何かしらの対戦だった場合、ヒナガミのアドバイスがもらえるわけがないのだから、俺は俺でどうにかするしかない。するしかない、が。

 三対一は酷いやろ。

 あまりに孤独で、ちょっと悲しくなってきた。

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