眠りに落ちかけた頃に叩き起こされた。

「おいおいそろそろ起きろ、試したいことがあるんじゃ。人の部屋で爆睡しなさんな」

「……いやその前になんで俺がお前の部屋におるんか説明しろや」

 目を開く。おもいのほか近い距離で覗き込まれていて思わず身を引いた。

 ヒナガミは俺から離れ、わかばを一本咥え火をつけた。

「寝とったけぇちょうどええ思うて連れて来た。城に頼んで車に積み込んでな、逆になんで起きんのじゃよ鈍いなわれ」

「寝るとすぐに起きられへんタイプやねん」

「こっちは楽で助かったけどな。じゃあまあ、打つか」

 ふっと紫煙を吐きかけられる。手で仰いで散らしつつ、ヒナガミの背後へと目を向けた。低い机は……どうも、雀卓のようだった。

 雀荘での続きを二人でやるつもりか? 訝しんで無言になれば、思考を読んだような笑みが返った。聡い男だ。

「ただの遊び、それならええじゃろう? 身包みも剥がないし、何かを賭けるわけでもない。ちいと付き合えって言いよるだけじゃ」

「……、……、まあ、それやったら……」

 物凄く嬉しそうな笑みが返ってきた。ヒナガミは煙草を咥えて雀卓まで移動する、OKしてしまったので俺もあとに続き、機嫌が良さそうな広島弁の対面へと腰を落ち着ける。

「まずは一回、普通に打つでぇ」

「いつも通り……二人打ちはようわからんねんけど、四麻ルールでええんか?」

「ええよ。対面になるけえ、東と西のみの東風一局」

 頷いて、山になっている牌に視線を這わせる。自動卓ばかりで打っているからいまいちわからない、と思っていればヒナガミが手早く作業を済ませてくれた。なにか仕込んだかとも疑ったが、なんとなく、していない気がした。

 こいつは単純に強い。状況判断が早いし、意図にもすぐ気付く。コンドーとジョーの言った、負けたことがないという言葉の片鱗はもう見たのだ。仕込む意味もない。

 手牌は相変わらずのゴミ手だった。どう頑張っても高くはならない。ソーズと字牌が比較的多いため、ホンイツに出来そうなのが救いだったが、第一ツモはマンズの9だ。手元に関連牌もなく、そのままツモ切りする。

 ヒナガミは咥えたままの煙草を一口吸ってから潰した。雀荘では下家にいたからあまり表情を覗っていなかったが、こうやって対面にいられると観察しやすい。長い髪はまとめられておらずぼさぼさだ。眉間と鼻筋を割るように一束伸びていて、前髪なのか後ろの髪が回ってきたのかもわからない。顔自体はやはり柔和だ、柔和だが、恐ろしく真剣な目で手牌を見つめ続けている。

 北が切られた。一瞬迷ったがスルーした。ツモはソーズで、見え見えになるなと思いつつも不要のマンズを河へと捨てる。

 しばらく無言で打ち続けた。十一巡目でヒナガミがツモ上がりし、俺はノーテン手牌をその場に伏せ

「ちいと待ち、見してくれ」

 られなかった。ヒナガミはすばやく隣までやってきて、俺のなり損ないホンイツを眺め始めた。

 何を考えているのかわからない。ヒナガミは眉を寄せながら顎の下を親指でがりがり掻いている。

「われは守り型か?」

 問いには頷く。

「なんでか知らんけど、初手ゴミ手が異様に多いんや。まあみんなそんなもんかもしれんけど、それでも周りに比べれば多い。ついでにロンされるとブチギレたくなるから、勝手に守り方向になってもうたみたいやな」

 ふうん、と興味が薄い反応が返ってくる。聞いたのはそっちやろがいと思わないでもないが、まあ、別に構わない。これでも放縦率はかなり低いのだ、逃げまくっているお陰で。

「クサカベ」

「なんや」

 今度は急に手を握られた。本日二回目の握手だ。ヒナガミの手は大きく、節くれ立っている。イカサマがしやすそうだ。

「……麻雀には色々オカルトがあるじゃろ」

 にぎにぎしたまま話し始める。

「ああ、まあ、純正チューレン出たら死ぬとか?」

「うん、そがいな類の話じゃ。わしゃありゃ、ある思うとる。というか、実際に、あるんじゃ。クサカベも感じたことないか? 牌の流れ……それに伴う、運の肯定。牌同士が引き合うとるような入り方やら、なんべんも経験しとるじゃろ?」

「あー……言いたいことはわかるで。確かに俺はゴミ手が妙に多いけど、入ったときはダブリーやらハイテイやら、運の要素が強いところを引き当てはする」

「そうじゃろ。それをちいと、試すで」

 うん? と思った瞬間、手を離された。さっさと対面に戻って牌をじゃらじゃら混ぜ始める。ヒナガミの一本場になるのだが、点数計算も四麻のままでいいらしい。

 作られていく山を眺めつつ、この雀卓の値段を聞いてみれば手作りだと返ってきた。バーサーカー。コンドーちゃんが確かそう言っていたのを思い出す。どこにいても打ちたいようで、本を読むか牌を触るか煙草を吸うか十六茶を飲むか、とにかく麻雀への異様な熱意は伝わってきた。

 互いの手牌を持ってきて、開いた。違和感があった。なにがと言い表せないが、なにかこう、変だった。

「……仕込んだか?」

「神に誓うて何もしとらん」

 しれっと返されるので逆に疑いが深まった。が、今更どうしようもない。仕方なく手牌にふたたび視線を落とした。

 高目を狙える、いい手だと思う。シュンツは既にふたつ出来ており、三色までもが見えている。メンタンピンを捨てれば、あっちの出方次第では鳴き三色での流しも可能だろう。でも違和感がある。俺の体感としては、まだゴミ手のはずだった。

 ちらりとヒナガミを見る。涼しげな顔で、長ったらしい髪をばさりと後ろに払っていた。風が吹いているようだ。室内だから当然無風なのだが風が、ヒナガミの周りにだけ。

「これはこれは、面白いのう」

 ヒナガミは満面の笑みになった。なんやねん、と思っている間に局は始まり、

「カン」

 三巡目にして対面から声が上がった。暗カンだ。ヒナガミはけっこうかわいい笑顔のままリンシャン牌を引いてきて、俺はわけもわからないままぞっとしたが結果はあとからついてきた。

「ツモじゃ。リンシャンカイホー」

 仕込んだかめちゃくちゃ運がいいかの役やんけ、と声にならない声で詰った。俺は相当キレた顔か相当間抜けな顔をしていたらしく、ヒナガミは声を上げて笑った。

「いやそれ、イカサマやろ!!」

 我慢できずに今度はちゃんと詰ったが、違う違うとわりあい真剣な声で諭され、ヒナガミは片手だけを差し出してきた。握手を求める形だ、どれだけ握手が趣味なんだこの男と思いつつ、一応握ればなぜか一言感謝をされた。

「なんや? 煽りか? やんのかコラゆうとくけど俺はガチの喧嘩はめっちゃ弱いぞ」

「見たらわかるし、そがいなことじゃない」

 ヒナガミは真剣な顔になる。

「クサカベ、頼みがある」

「え、嫌や」

「聞いてくれたら、鬼凍会の話を教えちゃる」

 握手をしたまま、俺たちはしばらく見つめあった。鬼凍会。ヒナガミが何かの勘違いで、俺を縛り上げるに至った原因の会。賭け麻雀、丹羽の死、無敗だと言われる目の前の男、この三点だけでももう関わらないほうがいいとわかっているのに好奇心が湧き上がる。物書きの習性だろうか、丹羽への弔意もあるにはあるが、それ以上に俺は多分、刺激が欲しい。新しい題材という刺激が。

「……悪い頼み?」

「いんや、協力してくれれば金も入るけぇ」

「やります」

 貧乏が極まっている作家志望は悲しい生き物だ。ヒナガミは嬉しそうに笑い、握る力を更に強めて、よろしゅうなと心地良い声で言った。


 二日後俺は反射で承諾したことを激しく後悔する。

 普通に死にかけるからだ、大体は死神のようなこの男、バーサーカーヒナガミのせいで。

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