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金欲しさにした約束だが反故にすると主に命がまずそうで、俺は仕方なく指定の待ち合わせ場所にやってきた。繁華街のド真ん中だ。ヒナガミは長髪が目立つため直ぐにわかった。商店街を繋ぐ中央広場の真ん中、謎の彫像前でスマホを眺めて待っていた。
「待たせたか?」
「いんや、今来たとこじゃ」
にこ! といつも通りけっこうかわいく笑われる。伸びてきた腕が俺の腕にするりと絡んで、
「牌符を見とった。クサカベのよう行く雀荘のデジタルデータに突っ込んで、われの入った卓データを全部コピーしてきたんじゃけど、げにクソ手ばっかりじゃのぉ! 面白うて昨日の夜からずっと見よる」
引き寄せられながらスマホの画面を見せられた。流れるように違法の話とボディタッチと褒めにならない褒めを続けられてまごついてしまったが、ヒナガミは全然何も気にしていない顔で俺の牌譜のこれがこうだああだと話し続けた。
「いや確かにそこはミスったわ、せやけど全員の当たり牌抱えとるんやから失点三千で済んだ局やぞ」
「この五巡前に来たパーソーを引き入れとったらどうにかなったじゃろ。ま、済んだ話ではあるけども」
「この次の局は上がっとるわ、ちゃんと見たか?」
「おー見よる見よる。字牌の方が多いホンイツじゃったな、絶妙に役満に足らんアガリで笑うてしもうた」
話しながら、ヒナガミはやっと歩き始めた。でも腕はがっちり掴まれたままで、自分の牌譜を見せられ続けた。なんだかデートのような気がしてきた、平日昼間に雀荘店員と貧乏作家志望が顔を合わせているだけだし肩書きだけならびっくりするくらいうだつが上がらないのだが、逆にお似合いなのかもしかして。麻雀の話が出来るし。お互いの部屋を行き来したわけだし。おにぎりも食わせてもらったし。
などと考えたが打ち消した、危ないところだった。ヒナガミは危険だ。こいつがキトーカイとやらに関連があって、恐らく丹羽の強盗殺人にも関連があると忘れないよう脳に刻み付ける。横目で見る。ヒナガミはにこにこしたまま、麻雀の話を続けている。無造作な長髪が歩くたびに肩を叩いてぴょんぴょんと跳ねている。
……まずい要素を抜けばけっこうかなり申し分ないのだが、本棚に夢野作品が刺さっていたから小説も読みそうだし気があいそうだし実際合っているし笑うとかわいいしでも他がな、クズなんだよな、今日の用事を済ませて金を貰って丹羽のことがわかって納得できたら行方を晦まして引っ越そう、そうしよう。
「ついたでぇ」
煮詰まっている間に目的地に来ていた。いつの間にか繁華街から外れており、日のあまり当たらない路地裏に連れ込まれている。そして眼前にはいかにも怪しい灰色コンクリートの雑居ビル。思わず足を引いた、瞬間に絡んだままの腕を凄い力で引っ張られた。
「よっしゃ殺すでぇ!」
目をきらきら輝かせたヒナガミに引き摺られる形でビルの中に入ってしまった。いや物騒、物騒やねんこいつ、蛮族か? 脳内でツッコミつつも入ってしまったので大人しく引き摺られる。階段はさすがに自分で上ったが、離せば逃げるとわかっているらしくずっと腕を掴まれている。
埃と黴が多い天井とふたつにひとつは切れている廊下の蛍光灯を眺めつつ、そういえば何をするのか聞いてなかったとやっと思った。金に目が眩んで忘れていた。でも予想はつく、つくけど聞く。
「……なあヒナガミ。今から何するんや?」
「え? 麻雀」
でしょうね、という言葉は飲み込んだ。ヒナガミは奥の部屋の前で止まり、笑いながら説明を始めた。
「卓についたらまず足が自動で拘束される。失点毎に電気ショックを受ける。 ムダヅモ読んだことあるか? 似たような感じじゃ。飛びになったら真下の床が抜けて、一階まで問答無用で落とされる。そこでボコられる、ええな? 行くで!」
「なんも良くないけど!?!?」
俺の絶叫は華麗に無視され、無情にも扉が開かれた。暗い、と思うまでに電気がついて、部屋の様子が映し出される。
正方形の小部屋だ。真ん中に自動の雀卓があり、四方の角には衝立がそれぞれ立てられている。その上部に小型のカメラ、ということは、ヒナガミの働く雀荘にあった部屋と用途は同じか。配信できるようになっているのだろう。カメラは一定の間隔で赤い小さな光を灯している。回っているようだ、どこかで誰かが見てるのかもしれない。たとえば件のキトーカイなどが。
人の姿自体はない。ちらりとヒナガミを覗えば、いつの間にかずいぶん険しい顔になっていた。笑っていないと怖いのだ。
「……おい、来たぞ、出て来いボケ」
唸り声に近い低音ボイスが更に怖い。落ち着けよと宥めにかかりかけたが、その必要はなくなった。背後の扉が勢いよく開いた。
「あっれ! はやーい!」
セーラー服の女の子が現れた。肩に届かない程度の髪がどこか真面目そうだったが、こんなところに来るということはまったく違うのだろう。
「道に迷ったのはそっちだぞ?」
セーラーのあとから入ってきたのは背の高い男だ。裾の長いコートを着た、あまり堅気に見えない雰囲気に納得する。打ちそうだ、凄くわかる。
「……われだけか? 埼玉のほうは?」
ヒナガミが問いかけるとセーラー服は人差し指を立てて、突きつけてきた。何故か俺に。
「ガミちんが助っ人呼ぶって聞いたからこっちもそうして、埼玉は欠席! 今日は私、スイマー藤原と! 強力助っ人の滝見さんでお届けしまーす! いいね一万!」
「よろしく、お手柔らかに」
「ああ、どうも……」
呑気に挨拶をしていると後ろから腕を引かれた。当然ヒナガミだ。顔を近付けられてちょっとどきりとするが、
「殺すかもしれん相手じゃ、油断するな」
物騒に囁かれて違う意味で再びどきりとした。
「ていうか俺わけわからんまま連れて来られて麻雀打つわけなんやけど、そもそも何のために打つんや、いや、ろくでもないことのためになんはわかるけど」
「戦うのはいつも愛と平和のためじゃろ、気張れクサカベ」
「何の話やねん」
「ねー! 喋ってないで早く!!」
フジワラはいつの間にか卓の前にいた。タキミもその隣に立っている。
もう打つしかない。守るのは得意だから、まあ、どうにでもなるだろ、ならなくても知らん。やけくそ気味に考えながら、ヒナガミの腕を掴み返す。驚いた顔をされたので、少しだけ機嫌は良くなった。
「勝って出たら言いたいことと聞きたいこととお前ほんまふざけんなよって話があるから勝てよ、ヒナガミ」
嫌味をふんだんに込めて激励すると、ヒナガミはきょとんとしたあと解けるように笑った。
「わしは無敗じゃ、任せてくれ」
信じるしかないので信じ、フジワラとタキミの元へと向かった。まあ正直フラグだった、死亡フラグは現実でもしっかりと回収されるわけなのだった。
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