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東四局、俺の親番だ。でも全然ありがたくなく、目の前には微笑んでいる穏やかな蛇、右には超攻撃的な女子がいる。開いた手牌は俺のストレスを代弁するかのようだ。イーソーが既にコーツになっており、字牌も五つほど入っている。
「日下部さんの打ち方を見て思ったんだけど」
左側、現在唯一見方のタキミが手牌を整えながら呟くように話す。
「あんまり、守り型に向いてないんじゃないかな」
「え、なんで?」
「ポン」
一打目で捨てたチーピンはコンドーちゃんに持っていかれた。四枚目のイーソーを捨てているが、さすがにカンはできないのでスルーする。
不要字牌を切るジョーさんを見やってから、タキミはツモりつつまた口を開いた。
「確かに、一九字牌はオリに向くよ。でも、日下部さん自体はかなり短気だよね?」
とても短気だった。無言が肯定になる。タキミは牌を捨てつつふっと息を吐いたが、なにやら笑いが含まれていた。
「日下部さんは普段、僕と藤原相手にしていた時みたいに、基本は守って一九字牌絡みの大きな手を一撃当てて勝ち逃げ、がスタイルだと思うんだけど、変えてもいいんじゃない?」
「それはわしもそう教えとるが、中々直らん」
後ろから声が飛んできた。ヒナガミは腕組みをしつつ、俺の手牌を覗き込んでいる。
「こいつはオリる癖が既についとる。直撃しようがテンパイを優先して、守りと攻めを効率よう入れ替えるようにと、教えとるんじゃが……頑固でのぉ、この男は」
「あー、それなら……うーん、でも、理論上で計算しながらの打牌にも向いてなさそうな上に運が全然よくないんなら、速度重視もアリっちゃアリかもね。幸い字牌は鳴きで速度を出しやすいから転向するのにそう時間もいらないだろ」
「いや、いけん。鳴きがげに下手クソなんじゃ、捨て牌がある程度偏るけぇ読まれて狙い撃ちにされる」
「それもそうか。……一九字牌を明らかに集めてる捨てだもんなあ、一打目にチーピン、二打目がスーワンじゃあね」
「そうじゃろ。そこを気に入っとるんじゃけども」
全然話に割り込めない間に十三巡目に突入している。ヒナガミとタキミはまだ俺の打ち方について話しているが、正直こう、大きなお世話でもある。
というか、俺はこうやってジョーさん、タキミ、コンドーちゃんと卓を囲んで、ふつふつとヒナガミに対するある疑問が沸いて来ていた。
まずタキミ。今も効率よく尚且つ特性を生かせる打ち筋をヒナガミと相談しているが、普通に話が合いそうだしサポートが上手いし、自分の特性を理解して使いこなしている。俺より何倍もヒナガミのコンビに向いているように思う。
次にコンドーちゃん。超攻撃型で、カンした牌にカンドラを載せる反則打点上げを繰り返してくれているが、ヒナガミと組めば一瞬で卓を焦土にできるんじゃないだろうか。
最後にジョーさんだが、この人普通にめっちゃ強いやん。何を考えてるかわからないし、守る時にはきっちり守れて攻める時は倍満などを放り込んでくる。普通にめっちゃ強い。ヒナガミと全然組めそうだ。
つまり、俺はけっこう、用済みなんじゃないか? 前までの生活に戻っても良いのではないか? 妙な特性持ち軍団を前にして、そう思い始めているのだが、コンドーちゃんは確か、ヒナガミの相方をできる人間がいないとも言っていた。
わからん、俺にはなにもわからん。手牌はイーシャンテンだがテンパイ後にリーチするかどうかも悩むくらいの逃げ腰だ。ジョーさんが怖いし、コンドーちゃんも怖いし、タキミはまだヒナガミと喋っているし。
げんなりしつつ牌を捨てる。俺の次にツモったコンドーちゃんは、牌を見てから笑顔になった。本当にわかりやすい子である、よしオリよう。
「カン!」
コンドーちゃんははじめのほうに鳴いていたチーピンに加カンする。当然ドラは乗るだろう、細い指先が意気揚々とリンシャン牌に伸ばされる。
「……あ、待って、ロン」
タキミが会話を切って宣言した。開かれた手牌は、スーピンとチーピンのリャンメン待ちだった。
「チャンカン、ピンフ、ドラ1赤1」
「……はーい」
むくれるコンドーちゃんは点棒を出す。出すが、ふと気付いた顔をして、
「……狙ったの?チャンカン」
怪訝そうに問い掛け、タキミは静かに頷いた。
「ちょっと見てたら、カンはするけどリンシャンカイホーはしないし、加カンも使うからできると思って。ちゃんとツモは視たけどね……」
「……タキミって普通に強いよな?」
「ヒナガミ前にして僕強いよなんて言わないよ」
初めてヒナガミと打ったときに俺強いでとイキったことを思い出す。
「クサカベはわしと打つときそう言うてきたで」
ソッコーで暴露されてやめてくれよと恥ずかしくなる。
「実際、日下部さんはそう弱くもないけどね」
「タキミ……お前ええやつやな……」
「俯瞰しての所感だよ」
気を取り直して新しい手牌をぱっと開く。いい感じのゴミ手でクソゲーが始まっているが、タキミにフォローしてもらったので機嫌自体はいい。
南一局。親のコンドーちゃんはタキミを警戒しているのか、なんとなく手牌がすすまないようだ。俺もそう伸びないがトイツで集まりつつあったため、チートイツの方向に定めて牌を捨てる。タキミはめんどくさそうな顔になっていた。ジョーさんはよくわか
「リーチ」
撤回する。ジョーさんはにこにこしたままリーチ棒を出して、俺はさっさとオリようと心に決める。そしてトイツの北を潰したが、潰してから失敗したと直感で悟った。ジョーさんが笑顔のまま、ばらりと手牌を広げて見せてきた。
「ロン。リーチ、イッパツ、チートイツ、ドラ2。1万2千点」
やってしまった。東一局でコンドーちゃんに、似た動きで狙い撃ちされたことをすっかり忘れていた。無言で点棒を渡しつつ、今日はもう駄目かもしれないと一気にテンションが底まで落ちる。
南二局、ジョーさんの親というだけで帰りたい。げんなりしつつ手牌を開こうとすれば、後ろから肩を捕まれた。
俺のしょうもない打ち方に怒っているのかと思ったが、ヒナガミは笑顔だった。笑っているとかわいいのだが、次いだ行動は全然欠片もかわいくなかった。
「ジョー、席寄越せ。相方を飛ばすなぁ、わしの役目じゃ」
ジョーさんは微笑みながら席を譲り、珈琲でもいれてくるよと紳士的に一旦部屋を出て行った。
俺の対面には、ヒナガミが座る。左から、心底だるそうなため息が聞こえて、右からは嬉しそうな声が聞こえた。
ヒナガミは笑っている。笑ったまま手早くリーパイし、俺を真っ直ぐに見て首を傾ける。
「自信なさそうじゃのぉ、日下部創」
低く響くいい声で煽られ、太目の血管がブチギレかけた。
「あるわ舐めてんのかヒナガミ、雛噛岬!」
虚勢で吼えてから手牌を開いた。マジで殺すと思いながらも、ヒナガミと卓を囲むこと自体は久々で、逸る気持ちも強かった。
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