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ツモった北を手牌に加え、不要な数字牌を場に捨てる。じわじわと重なっていくが、思ったような伸び方はしない。かなり手狭だ。血管が切れそうだし俺自身もキレそうになってきた。
三人の表情をそっと見る。三者三様、俺が鳴けないようにしているのだろう。腹が立ちすぎてやばい。小説家志望なのに怒りで語彙が消え始める。
イライラしながら回し続けて十五巡目、
「カン」
コンドーちゃんが宣言した。今度は暗カンだ、などと思っていれば
「リーチ」
リンシャン牌を入れてから牌を曲げた。嫌な予感を覚えつつ、カンドラを確認すると、案の定暗カンは全部ドラになっていた。
ちょっと引く。え? そういうのアリなん? 心の中で動揺していると、目の端に垂れた髪が見切れた。ヒナガミの顔が直ぐ真横にあった。
「金堂ちゃんはあの通り超攻撃型でのぅ。怖いじゃろうが、気張りんさい」
なんだか俺を見守るママみたいに思えてきたが子供を崖に突き落とす獅子のようにも思えてくるし、ジョーさんは涼しい顔のまま安全牌を捨てているしタキミは明らかにめんどくさそうにしながらゲンブツをツモ切りしているし、俺はかなり帰りたくなってきた。
帰れないので、大人しく安全牌を捨てる。そのまま巡目が回って、これは一人テンパイ流局だなと思っていると、
「リーチ」
タキミがリーチ棒を出した。こいつのリーチは鳴かなければ、多分、イッパツツモになる。リーチイッパツメンゼンまでは確定だ、どうしよう。
曲げられたのは俺がトイツで持っている白だ。一瞬鳴きかけたが、数秒の思案のあと、止めた。タキミが寄越した視線に思うところがあった。
俺が白の合わせ打ちをするとコンドーちゃんは明らかに眉を寄せる。ツモった牌を見て益々眉を寄せてから、その場に出した。当然のようにタキミが動いた。
「ロン。リーチ、イッパツ、ピンフ、赤ドラ。満貫」
一巡、全員のツモ牌がわかる男は、使い勝手がいい。リーチ宣言をした相手のツモもわかるのだから、やっぱりこういった待ちも可能なのか。白を鳴かなくて本当に良かった。点棒を出しながらむくれているコンドーちゃんには悪いが、親の連荘が止まるのはありがたい。
牌を自動卓の中に放り込んでからヒナガミを仰げば、こっちも不機嫌そうにしていた。なんやねん、と思っていると、二人を嗜めるようにタキミが喋った。
「好きに打てって言っただろ。……日下部さんの強化したいなら、上家の僕が多少肩持っておくほうが、連携の練習になると思うけど。意図に気付いて白も鳴かなかったし結構上手い、って、……嫌そうだね、雛噛……」
「そらそうじゃ、クサカベはわしの相方じゃけぇわれと連携するんはいけん」
「うわ……思ってたよりもあんためんどくさいな……」
「俺はタキミが肩持ってくれたらめっちゃありがたいんやけど」
手牌を整えつつ口を挟めば、ヒナガミにじろりと見下ろされた。怖くてビビる、親のジョーさんが何食わぬ顔でツモり始めたため麻雀の方へと意識を変える。
わりあい、戦える手だ。雀頭に決めた南のトイツがドラになっているし、チャンタを捨ててもピンフはつくから、リーチをかければ満貫になる。狙い撃ちされる前にさっさと字牌を整理するか。一枚だけある中を開幕すばやく捨てておく。
後ろから舌打ちが聞こえた。いやほんまになんで不機嫌やねん、と言ってもいいのだがちょっとかわいいなとも思う。めんどくさそうな顔を崩さないタキミには悪いが、なんというかこう、独占欲を出された気がしてうっかり浮かれる。
「カン」
浮かれていると捨て牌で明カンされた。コンドーちゃんだ。当然のようにカンツはドラ爆弾となり、ジョーさんは表情を変えないままゲンブツを切る。
この人は謎だ。今のところ守り一辺倒だが、なにかしら妙な特性は持っているのだろう。気は緩めないようにしなければいけない。
巡目を回せば、テンパイに漕ぎ着けた。安堵しつつリーチをかける。コンドーちゃんは引く気がないようで強いところを切ってくるが、ジョーさんはやはり逃げ方向だ。
タキミを横目で覗ってみると、難しい顔をしていた。切られた牌は当たりではなかったが、一枚も出ていない牌だ。続いてツモる。外れたため、そのまま切る。コンドーちゃんは恐らく組み替えて、六のソーズを河へと流す。
次のジョーさんはツモしたションパイを迷いもせず切った。奇妙な動きだったが、俺の当たり牌だった。
「ロン。リーチ、ピンフ、ドラ2」
手を広げると
「……こっちも、ロン。イーペーコーとタンヤオ」
迷いを含んだ声でタキミも宣言した。ジョーさんは穏やかに笑い、俺とタキミに点棒を差し出した。
違和感がある。どうにも煮え切らないが、タキミも同じだったようで、逡巡のあとジョーさんに視点を向けた。
「当たり牌、あんたが抱えると思ってリーチ宣言しなかったんだけど、なんでツモ切りしたんだ?」
タキミはどうも、基本的にはテンパイ時にツモ内容を視るらしい。リーチをかけなかったのはイッパツがつかないからか、と納得していると、後ろから声が飛んできた。
「次の局でわかるけぇ、さっさと東三局を始めりゃええ」
振り返ると視線が合った。ヒナガミは口角を吊り上げて笑い、俺の肩を何度か叩く。
「ま、われも滝見も、城にゃあ勝てんよ。……そう言われると燃えるじゃろ?」
「燃えへんわ、めっちゃ怖いやんけ!」
「親番、やりたくないなー……」
東のプレートを嵌めながら嘆くタキミの更に奥で、ジョーさんはにっこりと笑ったままだ。得体が知れない、かなり怖い。
東三局、手牌はぼちぼちゴミ手、大体いつも通りである。点数はさっきジョーさんが二人に振り込んだぶんへこんでいて、タキミが一位になっている。その次がコンドーちゃんで、三位は俺だ。
特に大きな展開がないまま巡目が進む。十二巡目に差し掛かり、
「リーチ」
タキミがリーチ棒を静かに置いた。イッパツの流れかと思っていると、タキミの捨て牌をコンドーちゃんが持っていく。
じゃあずれ込んで、タキミのアガリ牌はコンドーちゃん、いや、俺のところに来るのか。当然、他の二人も把握しているだろう。リーチイッパツは魅力だが、ズラされると一転危うい。タキミはため息を吐いている。
「追い掛けるよ」
気を抜いていると急にジョーさんが喋った。相変わらず穏やかに笑っている、笑ったまま、リーチ棒をその場に出した。
ジョーさんが仕掛ける場面は初めてだ。オリで様子を見よう、などと、悠長に考えている暇はなかった。
「ロン」
タキミがツモ切った牌をジョーさんが絡め取った。
「リーチ、イッパツ、三暗刻、トイトイ。裏乗ってプラス2飜。倍満だね」
俺とタキミはほぼ同時に固まった。倍満。倍満って、倍満やんな? 目線でタキミに聞いてみると、点棒を出しながら静かに頷いた。
点数が一瞬でひっくり返った。絶句しつつ、後ろのヒナガミをちらりと見る。ヒナガミは首を傾けてかわいく笑い、
「あいつ凄いじゃろ。巷では蛇と呼ばれとるらしい。トップの背後に忍び寄って、一撃でまくるのが城の特性じゃな。じゃけぇ、迂闊に首位になると死ぬるで」
全然かわいくないことを言う。本気で親番やりたくない。しかもさっきのコンドーちゃんの鳴き、明らかにジョーさんのサポートだったわけで、更に親番が恐ろしい。
「……タキミ、助けてくれ……」
「……、……、まあ、出来る限りは、サポートするよ……」
げんなりしながら正式に共闘制約をかわす。ヒナガミがなんとなくむっとしている気配を感じて、それ自体はかわいいんだがそんな場合ではない。
超攻撃型のコンドーちゃんと、出る杭を遠慮なくぶっ叩くジョーさん相手に、基本守りで不運の俺と、一巡限定先視のタキミは、だいぶかなり劣勢だった。
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