「ロン。跳満じゃ」

 一本場でヒナガミにもぎ取られた。電流が痛い。

「ツモ、千オール。わしの一位で終局じゃな」

「こんな終局~~~!? あーもう悔しい!! そっちが一位二位通過じゃん! どやされるーーー」

 結局あっさりまくられて、電流も追加で貰って麻雀はクソゲーだと思った。

 しかしこれで、何故か巻きこまれた代打ち麻雀は一応終わった。足枷も終了と共に外れて久々に立ち上がる。少しふらついたのは多分電撃のせいだ、よろよろしているとヒナガミが支えてくれたが、そもそもすべてはこいつのせいなのである。この広島クズ、長髪博打カス、謎の吸い取り能力持ちの麻雀中毒、色々暴言を考えていると、部屋の扉が急に開いた。飛び込んできたのはフジワラ……あれ?

「埼玉ぁ、負けちゃったよごめーん」

 背後でフジワラが喋る。扉から入ってきたほうのフジワラ、改めサイタマは、

「ヒナガミ相手だししょうがないですよ、帰りましょう。タキミさんも」

 落ち着いた様子で言ってから、俺とヒナガミに頭を下げた。

 三人はとても普通に帰って行った。なにかこう、指を詰められたり血液を抜かれたりトーキョー湾に沈められたりしないのだろうか、大丈夫なのか、丹羽みたいに殺されたりしないのかと、不安に思いつつも何もできずに見送った。

「サイタマがテレパシーで三人に共有しとったわけか……そうじゃろうとは思うたが」

「ああ、そういう方向の能力もあるんやな……」

 情報量が多い。もう疲れた。まだふらつくが、ヒナガミの腕を外しつつ扉へと向かいかける。

「待て待て、帰すわけにゃあいかん」

 今度はなんやねん。無言で睨むと、ヒナガミは長ったらしい髪を掻き上げながらにやりと笑った。

「行くで、鬼凍会のところにな」

 キトーカイ。思わず背筋を伸ばす。

「行くって、……いや俺は、キトーカイがなんなんか教えてくれて、丹羽はなんで殺されたんかってことを知りたいだけなんやけど」

「歩きながら説明しちゃる。行くで」

 ヒナガミは俺の腕をぐいぐいと引いて歩き始める。廊下を進んでいると黒い服の連中数名と擦れ違い、ヒナガミさんお疲れ様です、と挨拶を受けた。おーおつかれーなどと呑気に返しているヒナガミを改めてやばいと思った。

 ビルの外に出るとすっかり暗くなっていた。蒸し暑さが多少はマシで、それどころじゃなかったからだがそういえば夏だったなと思い出す。ヒナガミは俺の腕を引いたまま路地裏の奥に向かっていき、ポケットから出したわかばを口だけで一本引き抜いた。

「まずはじめに言うけど、われは勘違いをずっとしとる」

 わかばに火がつく。腕を振りほどくと焦ったように振り返ったが、違うと制してからわかばを要求した。本当は国士無双をあがったときにドヤ顔で吸いたかったのだが仕方がない。

 歩き煙草の業を背負いつつ、真っ直ぐな路地裏を並んで歩く。

「われの部屋に行ったなぁ、あれはまあ、わしの本気の間違いじゃ。鬼凍会はわしを便利屋じゃ思うとるけぇ、面倒な用事をすぐ押し付けてくるんじゃ、本業は代打ちなのに酷い話じゃろ」

「……あんだけ強かったら、代打ちは稼げるやろうな」

「おう、食うに困らん。無敗じゃし」

 相手の特性を吸えればそうなるか、声に出さずに呟きながら、路地裏の切れ目から比較的大きな道に出る。ヒナガミは慣れた足取りですぐにまた違う路地裏に入った。後を追う。倒れた自転車を避けようと大回りする。

「クサカベ、われ、小説家か?」

 突然聞かれてうろたえた隙に、結局自転車に引っ掛かった。転びかけながら、プロではない、と一応付け足す。部屋に来たとき、パソコンでも見えたのだろうか。ヒナガミは煙草を潰し、携帯灰皿に放り込んでから肩越しに振り向いた。微笑んでいた。

「ネットに小説あげとるじゃろ、読んだことある。ハンドルネーム使わん主義?」

「……そら、実名で賞とって俺を知ってるみんなにドヤ顔したいやんけ、ええやろ別に」

「つまらんとは言うとらん、面白かった。そう見る名前じゃないし、雀荘のカード見てまさかな思いつつ誘うたんじゃけど、本人な上に妙な特性まで持っとると思わんかったよ。あー、げに面白かったなあ! われの小説もわれの麻雀も、わしゃ好きじゃ」

 あまりにも好感触で照れてきた。様々な仕打ち、縛り上げや密室閉じ込めや電撃麻雀などを忘れて愛を囁きたくなってくるが、結局一位を奪われたことを思い出し堪えた。でも読者は嬉しい、あとで缶コーヒーくらいは奢りたい。

 路地裏を抜けると空き地前に出た。いつか見た景色だ。モンハンをしていた子供たちの姿を思い出すが、最近のはずなのにずいぶん遠い。

 色々ありすぎたな。しかしもう終わる。吸い終わったわかばをヒナガミの携帯灰皿に入れ、伸びをしつつ黄昏時の空を仰ぎ見た。

「で、われの知りたがっとる鬼凍会の話じゃが」

 ヒナガミは立ち止まった。隣に並び、ヒナガミの視線を追う。いつの間にかこいつの働く雀荘前まで来ていた。ちょうど中から人が出てきて、ひながみさーん、と声を上げた。コンドーちゃんだ。俺は睨まれた、何故か嫌われている。

「ここじゃ」

「ん?」

 ヒナガミは雀荘を指差す。

「ここ。雀荘が表の顔。鬼凍会が裏の顔。ま、要するに麻雀代行サービス業じゃな、雀荘としての顔しか知らん客がおおかたじゃけぇ、中で鬼凍会の名前は絶対禁句になっとる。小説の題材にでもするんか? わしゃ読んでみたいけど」

「……、……、うん? 暴力団とかちゃうんか?」

「ん? そっちの代打ちものうはないけど、そのものじゃないで?」

「ヒナガミさん、入らないの? ジョーさんが戦果知りたがってるけど」

 とんとんと階段を下りてきたコンドーちゃんを、ヒナガミは少しまてとその場で待たせた。

「えーと、丹羽の件は?」

「ニワ? 誰じゃそれは」

「お前が俺と間違えた、その、キトーカイの賭け麻雀の支払いをどうたら、っていう」

「ああ、われのとこから帰ったあと、ぎっちり縛り上げてジョーに突き出した。賭けの代打ちに負けて逃げたんじゃ、わしゃ初対面じゃったが怯えとったのぉ」

 あ、ジョーさんそういう感じなんだ、とは口に出さない。出せない、確かに怒ると怖そうだった。

「それは丹羽ちゃうんやな……?」

「名前は忘れたが、丹羽ではなかった。……? むしろ誰じゃ?本当に」

「いやいい、俺の勘違いやすまん、色々悪かった」

 アンジャッシュを重ねた結果電流麻雀で死に掛けるとは、我ながら運が最底値だ。丹羽は不幸な事故だったと判明したしこいつも思いっきりヤの側というわけでもない、それだけわかればもう充分である。丹羽の冥福を今度こそ祈る、あの世でいつか麻雀を打とう。

 悼んだところで、アンジャッシュが恥ずかしいためさっさと帰ろうと、むくれているコンドーちゃんにヒナガミを渡そうとする。が、ヒナガミは不思議そうに首を捻った。

「なんじゃクサカベ、報酬持って帰らんのか?」

 そういえばそうだった。金は欲しい。

「欲しい」

「おう、じゃあよろしゅう。金堂ちゃん、今のが言質じゃ、ええな?」

「えー……まあ……ヒナガミさんと一緒に打てる相手、いないもんなあ……」

「うん?」

 嫌な予感がして聞き返すと、ヒナガミは笑いながら俺の顔を覗き込んで来た。かわいいなと反射で思うが、

「今日からわれはわしのコンビじゃ。いやー嬉しいなあ! 面白い小説書いて面白い打ち方するやつと麻雀三昧、何十人も殺してきた甲斐があったでぇ! あ、この殺すは比喩じゃ、もう理解したじゃろうけど」

 放たれた台詞は何もかわいくなかったし、コンドーちゃんは相変わらずむくれているし、遅いからか見に来たジョーさんが契約書らしき紙を持っているし、踵を返そうとしたがヒナガミに掴まれた。

「ええじゃろ? いけん? クサカベともっと一緒に打ちたい」

「うぐ…………」

「わしのこと嫌か?」

「い、嫌じゃない……」

 敗北した。主にかわいい笑顔に負けた。ヒナガミは本当に本当に嬉しそうな声と嬉しそうな顔で笑って笑って笑いの合間に、

「楽しいなあクサカベ! ああ嬉しい、おもしろいなあ!」

 と、たいへん無邪気に言ってのけた。

 完全敗北だった。同時に俺は、脳内でとあるプロットをひとつ殺した。俺の人生設計という、プロットだ。


 プロットは死んで、主人公は死ななかった。

 もっと正しく記すのであれば、プロットは死んで、主人公は生き延びた、になる。

 更にもっと、最も正しく記すのであれば、プロットは死んで、主人公は生き延びて、新しい主人公を見出した、になる。


 新しい主人公、雛噛岬は満面の笑みで俺の手を何度も握る。

 それはやっぱりかわいいし、待ち受けているのは地獄だが、どう考えても地獄だが、波乱万丈を約束する完全無敗のトラブルメーカーに惚れるくらい不運だが、なかなかどうして、俺はけっこう幸せなのだった。

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