8
南一局一本場。
「ツモ、役牌のみやけど」
ゴミ手を無理矢理仕上げて上がり、親の連荘自体は阻止した。フジワラは口を尖らせつつ、タキミは無表情でそれぞれ点棒を渡して来る。ヒナガミは無言だ。手牌がさほどだったのか、俺の早い安上がりをサポートするよう立ち回ってくれた。
「やったー! 親ばーん」
フジワラの明るい声が今はかなりありがたくない。点数は、俺が無警戒でタキミに振り込んだせいもあるが、とっくに一万点を切っている。一人だけ大きいへこみだ、キレそうである。
そこでふと、当然の疑問が脳に浮かんだ。
「なあこれ、そもそもなんの麻雀やねん」
「あ? 代打ち」
ヒナガミが牌を捨て、タキミがツモる。
「代打ち……」
「そう。わしとわれは誰かの代打ってことじゃ。今はわしらもあっちもコンビ打ちのようになっとるけど、点数が合算式なわけではない。一位上がりが当然勝ちじゃな。ただし……」
「飛んだら落ちてボコられるんやっけ?」
「そうだよ!」
上家から元気いっぱいに声が飛ぶ。フジワラは引いた牌をツモ切りし、俺のツモを遮りながら言葉を続ける。
「コンビ合算じゃないけどー、飛んだ相手のいる代打ちコンビは強制的に負けになるよ! ガミちん、クサっちになにも教えずに来たの? かわいそ~」
「仕方ないじゃろ、わしと一緒に打ちたがるやつがおらんけぇな、騙まし討ちしかない」
「ヒナガミと普通に麻雀するだけならええけど電流ビリビリ麻雀は二度と嫌やわ」
会話を遮り牌をツモる。イーシャンテンというところだ、いけなくはない。ふたつあるトイツの片方を潰してから、ツモ牌を見ているヒナガミにまた話し掛けた。
「代打ちって、キトーカイに関係あるんか?」
「後で話す」
すげなく返される。しかし顔色を変えてとめられはしなかった、フジタキコンビに聞かれてまずい話ではなさそうだ。フジワラの言い分から察するにあちらも代打ちなのだろうし、ヤの家業じみた、表に出せない何かしらの代打説が濃厚か。
「リーチ」
タキミが澄ました顔のままリーチ棒を出した。うわ、と思いはするが平静を装い、ヒナガミの横顔をちらりと見る。手牌が読まれているなら、タキミはこちらの不要牌に目をつけてのリーチかもしれない。
俺だけ大きくへこんでいる点数だ。ノーテン罰符すら惜しい。フジワラはノータイムで危険牌を切っているが、当然ロンの声はかからない。
悩んだがテンパイ方向に定めた。念のためリーチはかけず、当たるなよと念じながら出した牌は、
「チー」
ヒナガミが鳴いた。差し込んだわけではないのに、タキミの眉が一瞬動いた。しかしすぐ無表情に戻って、山に向け右手を伸ばした。
「おっと、袖口が当たるで」
ツモろうとしたタキミの手首を、ヒナガミが身を乗り出して掴む。コートが牌に引っ掛かりかけていた、タキミはありがとうございます、と静かな声で呟くように言ってから、改めて牌を引く。
……今のはもしかして、俺にしたような、相手の特性を吸う動作だろうか。ヒナガミは何を考えているのか、親指の腹で顎をぐりぐりと押している。思考時の癖らしい、眉間に皺まで寄っている。
フジワラが悩んだ末に手牌から捨てた。ツモろうと腕を伸ばしかけたが、
「ポン」
ヒナガミが鳴いた。意味不明の鳴きだ、タキミの特性かなにかか? いやでも、あいつは鳴く頻度は少ないから、違うか。
考え込む俺の視界の端で、フジワラが弾かれたように顔を上げる姿が見切れた。
「……ちょっとぉ、ガミちん! ポンカンチーは私の専売特許だよ!」
「今日は全然鳴かんのにか?」
フジワラは黙った。つい動きをとめていたが、ヒナガミに目線で促されて牌を引いた。
「あ、ツモ。メンゼンと、ピンフだけやけど」
「はい」
即答したのはヒナガミだけで、あとの二人は一瞬詰まった。さすがに不自然だった、疑いの眼差しをつい向ける。
俺の眼差しを引き継ぐように、ヒナガミが腕組みしつつ、二人を交互に睨み付けた。
「……おおかたわかってきた、われら、わしとクサカベの手牌を知った上で、次に何をツモるかまでを、把握しとるのぉ?」
「だから僕の手首を握ったのか?」
珍しくタキミが口を開いた、が、何の話かわからない。頭に大量のハテナマークをつけていると、フジワラが観念したような声を出した。
「もー、だからガミちん嫌い! クサっちの手にぎにぎするのスルーしたんだから見逃してよ! ばか!」
「それは確認くらいのもんじゃ、そっちのイカサマとはわけが違うじゃろうが」
「ちょっとまてついていかれへん」
口を挟むと、フジタキはヒナガミを見た。視線を向けられたからか、ヒナガミはため息のあとに掌を出してきた。渋々握ると、われの運は最底値じゃとまず罵倒された。
「知ってるけど!? 今更なんやけど!?」
「そがいな、能力みたいなもんが、握ればおおかたわかるんじゃ。われは運がやばい、フジワラは鳴きに特化した手牌になる、タキミは……次のツモが何かわかる。一局一回、自分を基点にした一巡だけみたいじゃけど」
「えっ、最強やんけタキミ」
「そうでもないよ」
タキミは難しい顔をしながら、ヒナガミに握られた手首を擦っている。
「ツモだけ。相手の手牌も待ちもわかるわけじゃない。リーチイッパツは、……鳴かれなければできるんだが」
先程のヒナガミの意味不明な鳴きを思い出す。それで鳴いたのかと納得しつつ、地味に握られたままの手をさりげなく外した。
諸々理解はしたが、不明な部分もある。勝負を止めすぎるためサイコロを回して俺の親番準備を整えつつ、手牌は開かずフジワラとタキミに視線を向け直す。
フジワラは鳴きに特化していて、タキミは次のツモだけは把握できる。
でも確か、リーチイッパツは、フジワラも……。
「……俺ら全員の手牌を後ろのカメラで見た誰かが、フジワラとタキミに教えて……三人で手牌と次のツモまでを共有しとるんか?」
疑問が口に出る。そうじゃろうな、とヒナガミが肯定し、フジワラが降参のように両手を挙げた。挙げてはいるが、笑顔だった。
「代打ちなんてなんでもアリでしょ、あと二局、クサっちが飛ばないように気をつけるほうがいいんじゃない?」
「それはそうじゃな」
ヒナガミがあっさり首肯するのでずり落ちそうになる。足が拘束されているのでずり落ちないが。
俺をなめやがって。イライラしながら手牌を開く。びっくりするぐらいいつも通りのゴミ……ん?
思わず顔を上げた。十秒くらいの間が空いて、フジワラとタキミが弾かれたように俺を見た。横目を送ると、にやにやしているヒナガミと目が合った。
「われの運は底値じゃ。一九字牌に妙に懐かれた、奇妙な打ち手。……初めて会うたけぇ、追い込めば見れると思うてなあ。そら、ツモれ、クサカベ」
頷いてから、はじめのツモを引く。唯一持っていたヤオチュー牌を捨て、笑いながらノータイムで3を捨てるヒナガミ、ため息を吐きながら7を捨てるタキミ、嫌な顔のまま4を捨てるフジワラを順番に眺めてから、次の牌を引いてきた。まだ見ていないのに鳥肌が立った、俺が手を開ける前に、ヒナガミが大きな声で笑った。笑っていると、やっぱりかわいかった。
「ツモ」
手牌を全員の前に広げる。
「国士無双、一万六千オール」
情けないので、声がちょっと震えていた。
でも、ああもうこのまま死にてえってぐらい、最高の気分だった。実際途中で死にそうだったが、ヒナガミマジで殺すと思いもしたが、この瞬間全部チャラにした。
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