7
「いってええええ!!!!!!」
東南戦の東一局、俺は全力で叫んだ。聞いていた通り足には自動で足枷がはまり、トイレどうするんだと思いながら西家で始まった電撃麻雀の洗礼は速攻でやってきた。対面、親のタキミは無表情だ。俺だけノーテンの一局目、ノーテン罰符はともかく降り切ったのに電流を食らうのは納得がいかない。
イライラしながらの一本場、使えないイーワンをさっさと切れば、
「あ、それポン!!」
フジワラにすばやく持っていかれる。さっきもだった、こいつ鳴きが得意なのかと視線を送れば、ピースサインを突き出された。いい笑顔つきだった。
「警戒しろよ、クサカベ。あいつ自分でスイマー言うたじゃろ。その通り名は正しい。藤原は牌の河をじゃんじゃん泳ぎ、人の捨て牌をじゃんじゃか持って行っての早上がりが得意な打ち手じゃ」
「じゃーじゃーうるさいわ、……トイメンは?」
有効牌を加えながらタキミをちらりと見る。先程の手牌に妙なところはなかった、堅実な打ち手に思うが、どうだろう。
「知らん。チー」
俺がわざと出したリャンソーを鳴きながら、ヒナガミはあっさり匙を投げた。
「知らんって、知らんの?」
「知らん。初めてみる顔じゃ」
ニューフェイスタキミは澄ました顔のまま、時間もかけずに牌を落とす。チー! とフジワラが元気よく宣言した。先程ヒナガミに鳴かせた俺の言うことではないが、あっちはあっちである程度コンビ打ちをしているようだ。
「……まあ、ちいと待て。じきにわかる」
ヒナガミはタキミの方を見ながら最後にそう呟いた。狂ったように牌譜を見ているような男だ、打ち筋の特定も容易いらしい。それなら任せる。俺はとにかく電流が嫌だ、とにかく嫌だ、2フーロのフジワラを警戒しつつ牌を出す。
「ツモ」
ヒナガミがばらりと手元を広げた、瞬間に
「いってえええええ!!!!!」
また罰電流を頂いた。フジワラとタキミは涼しい顔だ、え、慣れてらっしゃる、マッサージくらいに思ってんのか? 混乱しつつヒナガミを憎んで横目で睨むとウインクされた。
「すぐ慣れる、気合で乗り切れ」
「無理やろ殺すぞ」
「われには無理じゃ」
「あはは! ガミちん酷いなー、相方ちんに」
フジワラが喋るとどうにも気が抜ける。見た目は一般的な高校生で、声も表情も明るく元気だ。スイマーか、確かにフーロは厄介だが、待ちが見えるのだから避けやすい。
「あ、リーチ!」
十三巡目でリーチをされたので撤回した。おい嘘つきやがって鳴きだけちゃうんかいという憎しみを込めてヒナガミを睨めば、
「……ヒナガミ?」
驚いた顔でフジワラを見つめていたので、つい心配してしまった。
「わーい、イッパツツモ! 満貫でーす!」
「いってええええええええ!!!」
「イッ……!」
下家から悩ましげな声が聞こえた。ヒナガミは眉を寄せたまま、じっとフジワラの手牌を見つめている。メンタンピンの綺麗な手だ、そうおかしな上がりでもない、と、ヒナガミは思わないようだ。
一本場、親の第一ツモの前、右からぬるっと手が伸びてきた。二人の視線が同時にこちらを向き、ヒナガミはイカサマの類ではないと示すように一度掌を全員に見せた。
「電気食らうことがあんまりないもんでな、痛かったけぇクサカベに慰めてもらおうかと」
「えー? 二人ってそういう感じ? いいなあ~~」
「ちゃうけど」
「僕にも偏見はないよ、ツモもまだだからどうぞ」
「ちゃうゆうたやろ」
お言葉に甘えて、とかなんとか言いながらヒナガミは俺の手を握る。何回かにぎにぎする。少し汗ばんでいたので、痛かったのは本当だろうなと察した。それからもうひとつ察し始めていることがある。今はまだ確定じゃないが、次の手牌がもしそうならば。
「お待たせ、やろうか」
ヒナガミが手を離し、全員で自分の手牌を見る。トイツが多く、ドラも絡んでいて、比較的良形だ。有り得ない。俺の手牌はゴミクソに悪いかバチクソにいいかの二極化する。ここに来るまでの間にヒナガミと見た俺の牌譜だってそうだった。
局が始まり、牌を捨てながら下家の長髪男を覗い見る。一巡二巡と、ド真ん中から切っていく。白を鳴いて、ずいぶん嬉しそうに笑っている。それで俺は確信する。
こいつ、俺の不運……いや、俺の手牌を吸ってるのか。
その上で、
「ツモ。小三元トイトイホー」
打点を無理矢理引き上げてやがるのか! いってえええええ!!
「ほれクサカベ、われの親じゃ」
いい笑顔を寄越してくれるがこちとら毎回電気刑である。肩こりが治っているといいなと現実逃避に舵を切りつつ、大事な親番を大事にしようと手牌を開いた。まだ普通だ。なら、ヒナガミの手牌は普段の俺のようなのだろう。
無敗と豪語するヒナガミといえど、何度も高い手は練り上げられない。俺がどうにかしようと気合を入れて巡目を回すが、
「ロン。千点」
「はーい」
流された。タキミは涼しい顔をしながら、自風のみの上がりをフジワラから取った。どう考えても差し込みだったが、俺もヒナガミも何も言えない。
「ロン、せんてーん」
「はい」
ヒナガミの親番もさらりと流された。フジタキコンビはポンをやりあって俺とヒナガミにほぼツモらせず、これぞコンビ打ちという技を見せ付けてきた。俺とヒナガミには無理だ、そもそも出会ってから一週間経っていない……経ってないな、妙に気が合ってるから昔から一緒に打っていたような錯覚に陥っていたけど、普通に知り合ったばかりなんだった。自分の蓑虫並の脳味噌にうんざりしつつ、南一局を打ち始める。
ヒナガミが部屋に来て俺を縛り上げた日が既に懐かしい。キトーカイがどうたらと言われたのがすべての始まりだ。あの日は懲りもせずにプロットを書いていたんだった。主人公が成長していく冒険ファンタジー的な、普段書かないようなジャンルで一次選考通過を目指そうと必死に練っていた。集中しすぎて人の出入りに気付かず縛り上げられた。懐かしい。そしてこれ、走馬灯だ。電流ほんまに痛いねん。
「! クサカベそれ出すな!」
「え」
ヒナガミの声に驚いた瞬間、引っ込めようとした指先は力が入らず牌を落とした。声が飛んできたのは正面だった。
「ロン。
「がっ……」
その場に突っ伏した。既にいってええええ!! も言えなくなっている。リーチ宣言も聞こえてなかった、これは、本気で、死……。
動けない俺の視界の隅に腕が生えた。タキミだ。たいへん冷静な様子で、俺の点棒を持っていく。フジワラの笑い声が聞こえた。なんか眠い、いやでも、まだ南一局……俺だけまだ上がってないけど……ああいてえ……。
「クサカベ」
とんでもなく弱った声で呼ばれた。顔だけを向けると物凄く心配そうなヒナガミと目が合った。手が伸びてくる。ためらいがちに背中を擦ってくれるが、それはこう、吐きそうな人間にやることだと思う。
思うが、根性で体を起こした。俺の書いたプロットの、俺の主人公は諦めない。ついでに、ヒロインに慰められてやる気になる。もっと言えばこのままだと本気で死ぬからツモ切りマシーンに成り下がったとしてもとりあえず巡目は回さなければならない。
南一局一本場。気合を入れ直そうと深呼吸する。礼を言おうと隣を見れば、さっと腕が伸びてきた。握られる、二回目だからかフジタキはスルーだ。ロジック自体に気付いている素振りも一応ない……うん?
ヒナガミは、自分の手が下になるようゆっくり手首を回した。それから死角になる中指だけを動かして、俺の掌を不規則に撫でる。文字だとは、すぐに気付けた。顔に出ないよう気をつけた。
『てはいがよまれてる』
ヒナガミの指は続ける。
『うしろのカメラがあやしいけどまだわからん』
長引くと怪しまれるからか、そこで指は離れた。振り向きかけたが堪え、ヒナガミと視線を合わせる。
「ねーいちゃつくのあとでいい?」
フジワラの声が割り込んだ。俺たちは視線を外して、
「ああ、すまんの」
「もうええよ、次は電気食らわん」
ほぼ同時に告げてから手牌に向き直った。俺のはいつものゴミ手だ。ヒナガミはわからないが、堪えるしかない。
仕方がない、やってやる。地獄の耐久戦が始まった。
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