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 手牌が悪いし全然揃わないしクソゲーやんけと思いながらもずっと麻雀を打っていた。いつか小説家になりたいと賞に応募を続ける一方、一生無理かもしれないと弱気になったりもして、そのたびにフラフラ牌を摘まんで憂さ晴らしを繰り返した。麻雀は運の要素が強い。だから、上がれることもある。それがけっこう、俺には慰めになっていた。今思うとだが。

 南二局の五本場。左右をそっと確認する。コンドーちゃんはあからさまに面白くなさそうで、タキミは心底めんどくさそうだ。ヒナガミは静かな顔で自分の手牌を見つめている。一打目はイーソーで、続くタキミは引いた白をそのまま捨てた。

「ポン」

 ありがたく頂いた。全員の視線が一斉に向かってきてちょっと恥ずかしい。鳴いた白を横へ出し、少し悩むが速度を優先してドラのリャンソーを捨てる。

「貰うで、ポン」

 ヒナガミにとられた。ドラ爆弾だ、相変わらず怖すぎる。あの長髪の広島弁は、特性を奪うとかどうのこうのを置いておいて、シンプルに強いのだ。俺の鳴きを見ての組み換えだろうか、ソーズの九を捨てている。

 十巡ほど、手牌を整えながら様子を覗った。全員あまり手がすすまないように見える。無言の中に、牌を打つ音だけが響いており、じわじわと緊張感が増してゆく。

 この局、誰かがヒナガミに振り込めば、恐らく飛びで終わるだろう。それもあってか、タキミとコンドーちゃんの捨て牌はどこか消極的だ。

 ヒナガミの捨て牌は、そう偏りもない。俺が見つめている中、一枚目になるソーズの五が河へと流される。しかも赤……、えっ、赤ドラを捨てるのか?

 軽く動揺しつつ横目でタキミを見る。瞬時に目が合って、多分だが、考えたことは同じだった。

「チー」

 タキミの鳴きは珍しい。ヒナガミが片眉を上げつつタキミを一瞥するが、タキミの視線は俺の捨て牌に向いていた。

「……、こっちかな」

 リャンピンが捨てられる。どれとどれかはわからないが、そっちだった。

「チー」

 心の底から感謝しつつ頂いた。不要牌を切り、コンドーちゃんを横目で見る。伝われ伝われと全力で念じれば、見ないでよ、と嫌そうに言われた。

「前から思てたけど、俺のこと嫌いなん?」

 つい聞くと、

「だって、無敗のヒナガミさんが連れてきたのに強くなかったんだもん」

 否定されなくて傷付いた。嫌われているなら協力は望めないかと若干諦めかけるが、コンドーちゃんはツモ牌を右端に置きつつまだ喋った。

「でももうわかってるわよ、あんたはびっくりするぐらい運の上下が激しくて、大体は不運で、こんなの絶対あがれないでしょって手牌でも諦めはしないってこと。打たれ慣れてるのか鈍感なのかは知らないけど、……出してあげてもいいよ、たぶん、これでしょ」

 コンドーちゃんは中を捨てた。それだった。三つ目のフーロを宣言してから、横を見る。

「ありがとうコンドーちゃん」

「ちゃんつけて呼ぶな!」

 礼を言ったが怒られた。やはり好かれてはいないらしい、コンドーちゃんはむくれつつヒナガミへのアンパイを捨てていて、オリは決めたようだった。

 ふう、と無意識に息を吐いていた。自分の手元を確認してから、対面にいる相方を見る。無造作な長髪の隙間に柔和な顔が覗いていた。気のせいじゃなければ、ちょっと嬉しそうだった。

「どうするかのー、クサカベ」

 ヒナガミはかわいく笑いながら、牌の頭を指先でゆっくりなぞっていく。

「白と中を鳴いた相手に撥を出すなぁ、アホのすることじゃろう」

「そらそうやろ。場にもあらへんねんから、誰かが持ってるって考えるべきや」

「対面には一九字牌が集まる、妙な打ち手もおるけえな。……でも、抑えとる本人はブラフかどうかわかるけぇ、実質的には打ち合いじゃ」

「読み合いの間違いやろ。大か小か、どっちかって話やし」

 ヒナガミは声を上げて笑った。笑ってから、

「われはええのぅ、わし相手に引かんけぇ、気に入ったんじゃ」

 一番左端の牌をひとつ、指先で倒した。

「捨てちゃろうか、クサカベ。貰うてええよ」

 緑で刻印された撥の文字。ヒナガミは牌を滑らせて、撥を河岸へと追いやった。俺は頷き、

「ロン。小三元と、チャンタ」

 宣言と共に手牌を広げた。対面から、点棒が投げ寄越される。積み棒も片付けられて、タキミとコンドーちゃんがそれぞれに俺の肩を叩いたりグーパンを入れたりと労ってくれた。

 でも二人のお陰だし、ヒナガミが折れてくれたお陰でもある。視線を向けると伏せた手牌を崩す姿が見えた。制止をかける間もなく自動卓の中に牌は吸いこまれていった。



 南三局、南四局はヒナガミが早上がりを決めてあっさり終わった。誰も飛びはしなかったがヒナガミの一位が変わりもせず、タキミは心の底から疲れたという雰囲気の大きなため息を吐いていた。

「呼んで貰えれば、まあ、手が空いてれば来るから、簀巻きにして連行するのはやめてもらえる?」

「おー、次はそうするけぇ番号寄越せ」

 げんなりした表情のタキミはヒナガミに連絡先を渡してから帰って行った。コンドーちゃんは疲れたのか、口数が少ないまま椅子を降り、ジョーさんになにかしら話し掛けて珈琲をもらっている。

 俺も疲れた。帰ろうと鞄を持てば、当然のような顔でヒナガミがついてきた。

「……帰ってまだ特訓とか言わんよな?」

「言わん言わん、何か食べに行かんか? 奢るで」

「行く」

 ヒナガミはかわいく、花咲くように笑ってくれる。でもかわいいのは笑顔だけだと毎日知っていく、今日も知った。

 雀荘を出て、すっかり暗くなった道を歩いた。鼻歌など歌いながら俺の横を歩くヒナガミに、

「南二局五本場、何テンパイしとった?」

 どうしても気になって問いかけてみると、

緑一色リュウイーソー

 歌の切れ目で答えてから、またなにかしら口ずさみ始めた。

 予想自体は当たっていた。リャンソーを鳴く、赤ドラを捨てる、ソーズもある程度捨てているし、なにより、俺の手元に撥が一枚しか入ってこない。飛ばすと宣言したのだから、打点を上げるために赤を抱えるほうが自然だが、そうしない。

 考えられることはひとつだ。それよりももっと高い手を張ろうとしている、もしくは張っている。たとえば、ツモれば一撃で全員を飛ばせる役満なんかを。

 俺とタキミはすぐに察したし、恐らくコンドーちゃんも役満を作っていると気付いただろう。そしてヒナガミは、気付かせるように打ったのだ。

 多分、俺の特訓のために。

「……、俺も、お前のこと凄いと思とるし、その、わりと好きやで」

 照れつつ話しかけ、横目で隣を見る。ヒナガミはいなかった。え、どこ行ってん。慌てて探せば、数歩後ろで立ち止まり、ジャージのポケットに手を押し込みながら夜空を見上げる姿があった。

「いや何してんねん」

「ん? あそこの星の並び、チーピンに似とらんか?」

「似て……るわ、似てる」

「ほうじゃろ?」

 ヒナガミはにこにこしながら俺を見た。とてもかわいいが、どこにいても麻雀なんかいと言いたくなったが、腹が減っていたので飲み込んで、チーピン星座の下を並んで歩いた。いつの間にか、夜風が少し冷たい季節になっていた。

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完全無敗のトラブルメーカー 草森ゆき @kusakuitai

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