「開店が迫っとるけぇ東風一戦。起家は金堂ちゃんか、わしの親は最後じゃのぉ」

「トンパツだー! いい手こいこい!」

 対面のコンドーちゃんは満面の笑みでリーパイする。流暢な手さばきだ、上家にいるジョーさんもてきぱきと牌を並べ直している。

 当然、俺の下家に位置するヒナガミも慣れた手付きだ。負けたことがないらしいが、運の要素が強い麻雀で、そんなことがありえるだろうか?

「自信なさそうじゃのぉ、止めたいか? 今なら降参してもええぞ」

「誰がするか。手元見てろや」

 ヒナガミはにやにやしているが、コンドーちゃんは何故か怒っているし、ジョーさんは何故か困っている。やりにくさを覚えつつも、構ってはいられないため自分の手牌に意識を移す。

 正直ゴミ手だ。これだよこれ、と感動すら覚える。俺は東場の西家。それなのに白南北に一九牌がちらほら使えない形で入っていて、いつもこれなんだよな、と実家のような安心感を持ってしまう。ドラの東は当然ないし、捲れた北の一枚を持っているのだから雀頭以外の使い道はアンパイ扱いしかない。

 よって捨てる、が、引いてきた牌は先ほど捨てた北である。これだよこれ、と裏目というほどでもない裏目に倍ドン感動する。そのまま回し続けるうちにじわじわ揃ってはくるものの、何シャンテンだよ麻雀はクソゲーと面白くなってくる。

 六巡目、引いた牌を見たコンドーちゃんが一瞬眉を寄せた。ヒナガミとジョーさんも気付いたらしい、顔に出やすい打ち手のようだ。

「……いいや、リーチ!」

「ポン」

 曲がった白をそのまま鳴かせて貰う。三人の視線を同時に受けて、コンドーちゃんはあからさまに嫌な顔をしたがヒナガミはふっと息だけで笑い、俺が牌を捨てたあとにノータイムでツモる。

「……」

 ノータイムでツモった癖に、数秒止まった。逡巡のあとに出された牌は当たらなかったらしく、コンドーちゃんは唇を尖らせながらツモ切りする。

 そのまま何巡も、何事もなく回った。残り牌も少なくなって、折り返し地点を過ぎてゆく。

 ジョーさんが手牌から安全牌を出したのを確認してから、場に捨てられている牌を見る。ドラの姿はない、俺も持ってはいない。親の待ちが万が一東だとすればダブ東にドラ3にリーチと、絶対に当たりたくない一万八千点が待ち受けている。インパチ。上がりたい。俺の手では無理なんだが。

 ツモった北は完全アンパイ四枚目だ。そのまま切って、次のヒナガミは

「リーチ」

 ツモった東をそのまま曲げた。

「はっ?」

「うわー、相変わらず怖い」

「ひどい! ヒナガミさんひどい! わたしのリーチにかぶせるなんて!」

 ド危険牌をツモ切り、というか聴牌してたんかい、なんで今リーチ? 様々な疑問を並べつつ、笑っているヒナガミを見る。コンドーちゃんはむくれながらツモ切りし、ジョーさんも数秒の思案のあと東を出した。

 チーピンを引いた。四枚目だ。コンドーちゃんには安全だったが、ヒナガミにはわからない。捨て牌はマンズが多くピンズは一しか捨てていない、抱えている可能性はなくはない、でも四枚目か、少し悩むが、結局手牌を崩して引き入れた。捨てたトイツの片割れ、中を切なく見つめる。撥も二枚あるが仕方がない、さよなら俺の小三元。

 俺の悲しみを吸い込んだような笑い声が響いた。けっこうかわいく笑うヒナガミは、次のツモをしなかった。

「ロンじゃ」

「はっ!?」

「わしのリーチのほうが強い」

 ばらりと手牌を広げた。わたしの上がり牌! とコンドーちゃんの悲鳴が聞こえるがそれよりも、それよりもだ。

 広島長髪は東を二枚持っている。寂しそうな単騎の中は、俺の捨て牌でトイツになった。

「リーチ、チートイツ、ドラ2、裏は……乗らんか。八千じゃ、寄越せクサカベ」

 差し出された掌がひらひら揺れる。渋々点棒を渡し、こいつ、と涼しげな顔を見ながら脳内で毒づいた。

 場に中は一枚だけ切れていた。俺がトイツにする前、ジョーさんが三巡目に切った牌だ。なら、比較的出やすい字牌で待つのは理にかなっているし、誰かが持っていると仮定して抱えたとも考えられる。

 だがどうも、捨て牌を見るに、東以外にも暗刻を潰しているのだ。わざと潰した、そう思える。

「出たよバーサーカー」

 コンドーちゃんが口を尖らせつつ牌を卓内部へ押し戻す。

「狙われたねえ、クサカベさん」

 のんびりした口調でジョーさんが言い、ヒナガミはにやついたまま牌をひとつ摘み上げる。とん、と軽い音がして、俺の前に中が置かれる。

「これ、われが鳴いたあとに引いたんじゃ。イッパツ潰しにしては判断が早かったけぇ、はじめからある程度狙うとったんじゃろ? 小か大かは知らんけど」

「……せやったらなんやねん」

 中を弾いて自動卓の穴へとぶち込んだ。機械によって牌は混ぜられ、新しい手牌が四人分現れる。

「別に? わかりやすい鳴きはやめたほうがええんじゃないか? っていう、アドバイスじゃ」

 こいつマジで殺す。ビキビキしている俺には構わない様子で、ヒナガミは鼻歌混じりにリーパイを始めた。俺も手牌をチェックする。マジで殺す。絶対に殺す。八千点返せ。ああもう麻雀はクソゲー、ほんまに最高やな!

 南のプレートを台に嵌める。ジョーさんの捨て牌を確認してから、俺はツモった牌をそのまま曲げた。

「げっ」

「うわ」

「ぶっは!」

 コンドーちゃんとジョーさんは引き攣っていたが、ヒナガミは噴出したあと、椅子から転げ落ちそうな勢いで笑い始めた。

「ダブリーか、ふふ、そりゃわからん、っ、あっはっは! 麻雀はげに面白いな!」

「ええからはよ引け絶対殺す」

 ヒナガミは尚も笑ったまま牌を引き、手牌の中から中を捨てた。そっちは当たり牌ではない。

 引いた白はいつもよりも美しく見えた、洗い立てのように真っ白だ。神ゲーである、つい強打でツモを見せてしまった。ぎょっとしたコンドーちゃん、若干引いているジョーさん、また笑い出したヒナガミの前で手配を明かす。

「ツモ、二千・四千」

 おかえり俺の八千点。できればヒナガミから欲しかったが面前がつかないと八千は戻らないので仕方がない、まあ運なのだが。

 機嫌を戻しつつ点棒を頂き、やってきた親番に意気揚々と手牌を見た。突っ伏したくなる有様だった。いつもこうだ、とため息を吐きたくなったがポーカーフェイスを試みる。

 運の流れというものは、あると思う。俺は毎回見舞われる。壊滅的な手牌と神がかった手牌がランダムにきて、それ自体はある程度全員そうなのだろうが俺のは度を越している。ツモすらよくないのだ。ただ、逃げるだけならたいへん便利な手牌ではある。

「リーチじゃ」

 七巡目でヒナガミから声が飛んだ。早いリーチはなんとやら、だが、こいつはどうも奇妙だ。下手を打てばまたもぎ取られるだろう。

 テンパイをどうにか作って降りる方向にシフトする。折り返しでジョーさんが追っかけリーチをかけたが、ギリギリ作れた聴牌を維持してゲンブツを出した。

 更に二巡後、コンドーちゃんがリーチ棒を投げた。

 眉を寄せたのはヒナガミだったので、こいつやっぱり怖いな、とひっそり詰ってから、

「リーチ」

 ツモ切りと共に宣言し、

「クソ野郎じゃの」

 ヒナガミの毒づきを受けながら、さっさと手牌を明かす。全員がリーチをかければ流れる、そっちのほうがいいだろうと判断しての博打だったが当たっていたようだ。ヒナガミの開いた手は満貫確定の綺麗な手だった。

「すまんな、ヒナガミ。一本場や」

 挑発すれば好戦的な笑みが返った。楽しい。麻雀はクソゲーだしままならないし点数をもがれると暴れたくなるが、やはり楽しい。

 ヒナガミもそうなのだろう。昨晩似た匂いを嗅ぎ取ったのは、あながち間違いでもなかったわけだ。

 牌が配られる。さて次は、確認しようとした瞬間、大きな音が鳴り響いた。驚いたのは俺だけで、あとの三人はすばやく席を立って配られたばかりの手牌を崩した。

「時間じゃ」

「あ?」

「開店よ、開店」

 え、いいところだったんだが? ぽかんとする俺には構わず、三人は手際よく片付けをこなして扉の向こうに次々消えていく。

 ヒナガミだけが退室の瞬間振り向いた。長ったらしい髪をさっと結んでから、

「クサカベ、われはここでちいと待ってろ」

 何故か不機嫌そうに言ってから、俺を置いて扉の向こうに行ってしまったし、がちゃりと鍵までかけられた。こちら側からは開かなかった、あの広島男やっぱり殺すと俺は思った。



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