ビューチューバーマガジン八月号
タンジェント
ビューチューバーマガジン八月号
特集企画 超人気ビューチューバー「ハルタモカ」衝撃の報告の真相に迫る!
——今回発表になったお二人の初書籍出版について、お伺いしました。たくさんのお話、ありがとうございました。
「まあ、こんな感じでね、俺たちのことを知ってくれてる人が一気に増えたから、逆に俺たちの結成の頃の話なんかがあった方が面白いかな、って」
——なるほど。さすが、策士ハルタさんですね。
「って、事務所の人が言ってました」
——大笑い。
「でもね、実際、当初の目標だった百万人は、皆さんのおかげで達成することができたんですけどね。ほんとうに人に伝えたい、って思うのは、やっぱり十万人までの頃のことなんです」
——だから、お二人の書籍もそこで完結している、と。結成一年で百万人の快挙より、十万人に達する数ヶ月のことを伝えたい。そういうわけですね。
「そうですね。十万人超えてから、ほんとに流れるみたいにして進んできちゃったんで」
——ハイチーズや夏川タケルさんをはじめとした数多くのコラボも話題でしたね。
「そうですね。その二組とは特に仲良くさせてもらってますけど、モカがパニックを発症しないかヒヤヒヤしながら、あっちこっち行かせていただきました」
「でも、視聴者さんから、わたしの姿を見て、パニックと上手く付き合って行く勇気が持てたって声をいただけて。そういう声に、逆に勇気づけられました」
——お二人のコンビ愛も、人気の秘訣ですね。よく、付き合わないのか、とか言われていますけど?
「あはは。今のとこ、みんなが喜ぶようなニュースはないですね。ハルタ君があと十キロ痩せて十センチ身長伸びたら、考えてもええんですけど」
「あ、マジ?じゃあちょっと一回生まれ直してくるわ」
——大笑い。
「なんていうのかな。モカが恋人や配偶者じゃなかったとしても、俺の大事な人であることに変わりはなくて。みんなそうだと思うんです。それを、ときに友達って呼んだり恋人って呼んだり家族って呼んだりするだけで。もし、俺たちを見たみんなが、自分も身近な人を大切にして、愛して接して過ごそう、って改めて思ってくれたら本望です」
「うわ、真面目」
「馬鹿。俺の真面目は前前前世からだわ」
——さあ、そんなお二人が今回発表される書籍ですが、気になるタイトルは?
「タイトルですか。タンジェント、です」
——これはまた。どうしてそのタイトルに?
「学生の皆さんにとっては嫌なタイトルだと思いますけどね。タンジェントって、うまく言えないけど、底辺に対する対辺の比じゃないですか」
——正接、でしたっけ。懐かしいですね。
「俺たちは、ド底辺から見上げて、ここまで来ました。ビューチューブの経験で、自分が世界に愛されてないんじゃなくて、自分が世界を愛してないんだって気付くことができたんです」
「それは、いつもハルタ君が見上げてたから。見上げて、わたしに示してくれてたから」
——ビューチューブでのこれまでの経験は、お二人にとって、人生のタンジェントを求めるようなものだった、と。
「ああ、それいいですね。使わせていただきます」
——大笑い。では、今後のお二人について、お聞かせください。
「今の目標は、年内、二百万人」
「目標とする場所が遠くなっても、底辺からの距離の比は変わらへん。タンジェント的な感じじゃないですか?」
「モカ。お前、あんまりよく分かってないだろ」
「ハルタ君こそ」
——二百万人。破竹の勢いと誰もが評するハルタモカなら、達成は夢ではないでしょうね。
「それ以外は、どうなるかは分かりません。俺はたちにできるのは、このまま突き進んでいくってことだけです」
——お二人の活躍に、期待しています。最後に、読者の皆さんに一言ずつお願いします。
「改まって言うのは難しいですね。とにかく、毎日を楽しむ。どうしたらそうなるのか、考えること。行動すること。そして、きっと、それは、誰かのための方がいい。俺は少なくともそうです。怠け者で自制心のカケラもない俺は、自分のためになんて頑張れないから」
「年齢なんか関係ないと思うんです。誰かを必要として、必要とされて、それを知り合いながら、一緒に生きていく。難しいことのようで、簡単なようで。どんな立場の人でも、それは共通してると思うんです。もし、毎日がつまらないと感じてる人がいて、わたしたちの動画を観てそんなことを感じてくれたら。ううん、そんなんがなくても、ただそのとき笑ってくれるだけでも嬉しいです」
「皆さんにもうひとつ伝えたいんですけどね。ビューチューバーなんて、別に特別な仕事でも何でもないです。少なくとも、俺たちは。ただ求め、見上げ、足掻いて、泣いたり笑ったりしているだけの、ただの人です。学生さんも会社員も公務員も自営業もニートも、みんなそれぞれが、そうなんです。だから、どれだけ笑って、どれだけ自分がこれだと思いながら過ごすか。そこに尽きると思います」
モカがトレードマークのボブヘアーに少し触れ、笑った。何度もそれを見てきたけれど、それが見れてよかったとその度に思う。
ビューチューブが忙しすぎて、やはりアトムは年末に退職した。ナナコさんは透き通るみたいな笑顔で送り出してくれ、奥さんは店に飾るんや、とサインをねだった。マスターは特に何も言わなかったけれど鼻水を垂らして泣いていた。こんど、名所紹介動画の中でアトムを紹介させてもらうことになっているから、今生の別れでもなんでもないんだけど。
モカは、頻繁にお父さんやお母さんと連絡を取り合っている。この前は、あたらしい企画のヒントをお父さんがくれていた。さすがやり手のビジネスマンだけあって発想力が凄く、動画にしてみたら大好評だった。
多くの人に。あまりに多くの人に助けられた。だから感謝するのではない。この人のため、この人を笑わせたい。その一心だけが、俺を立たせている。
ある日、俺たちのチャンネルなんて誰も見向きもしなくなるかもしれない。新しいビューチューバーがあらわれて、俺たちなんて忘れ去られてしまうかもしれない。
それでも、俺は、俺たちには誰かを笑わせることができたと思うことができる。
そして、そこからまた見上げればいい。仰ぎ見たとき、目指すところが遠くとも、これまで生きてきた中で見出したように生きれば、その比は必ず等しいのだから。
たぶん、そのときもモカは隣にいるだろう。それなら、何の不安もない。
食べこぼす、声はでかい、笑うときに唾を飛ばすし胸もない。がさつで無遠慮なこの最愛の相方がいる限り、俺はこれからも笑って過ごすことができることだけは間違いないのだから。そうする限り、俺は世界を愛していられるのだから。
完
タンジェント 増黒 豊 @tag510
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