第11話 サクラ

 鋭い歯が腕を噛みちぎる。私の右腕は取れてしまった。出るはずの赤い液体は流れず痛みは感じない。ただ、凄まじい痒みが襲ってくる。

 ナゴとサクラとの対決。私は彼女を傷つけることが怖くて怯んでしまった。そこに出来た隙が私の腕を消し去ったのだ。


 まだ恐怖の余韻が残る。

 死ぬのも、それを見るのもどちらも恐い。恐くて目を背けるしかできずにいる私がいる。


「武器も手に取れないようじゃ、この界隈で生きてけないよ」


 私は何もできず、ただ攻撃を避けていくしかできなかった。


「ってかさ。ギルド辞めたら。アンタじゃ、この先、足を引っ張ることしかできないよ」


 自分が無力なのは誰よりも一番分かっている。それなのに自分勝手にこの道を進んでいるのも分かっている。分かっているからこそ、強く心を抉る。

 サクラは変わらず真剣な顔で次の攻撃を狙っている。

 未熟な私は悩みを抱いたその一瞬の間に二発も攻撃を受けた。横っ腹に風穴が空き、小指薬指が噛みちぎられた。


「どうせ、男の人目当てて来たんでしょ。アンタ、戦闘職に居れる実力ないし。これは先輩からのアドバイス、辞めた方が幸せよ。じゃあね」


 ヘアクリップの牙が私の首狙って飛んでいく。

 死んだ。そう思った。

 だが、上空から椅子が降りてきてサクラの腕に槍を刺したことで、それは地面に落ちて九死に一生を得た。

 槍が抜かれた。

 サクラはすぐに後退し、椅子との距離を開けた。


「ちっ、邪魔よ」


 サクラは武器を戻し、新しい武器を取り出した。指輪のようなものだった。


「使うしかないわね。指輪としても使えるメリケンサック」

「ホントになんなんだよそれ。こんな武器初めてみましたよ。どこで売ってるんですか」

「非売品よ。メンバーに作って貰ったの」

「誰に作って貰ったんですか」

「教えて欲しい? ……ヤダよ」


 彼女はヘアピンを三つ手に取った。どれも柄は違うが全て可愛らしい色とデザインだ。

 それぞれが指にはめた指輪の上に置かれる。指輪とピンには細工がされているようで二つはくっついていった。


「面白いでしょ。髪を止める物が一瞬で鉤爪に変わる。実用性と遊び心を取り入れたオリジナルの武器よ」


 メリケンサックが今度は鉤爪に変わった。

 サクラは鉤爪で攻撃をしようとする。椅子もまた負けずに応戦する。

 お互いがお互いを傷つけていく。

 椅子の形はボロボロとなり、サクラは傷だらけとなる。


「アンタ、やるわね。けど、勝ちは渡さないわ」

「ありがとうございます。しかしですね、こっちにはもう一人。ナゴ、アレお願い」


 突然のことでハッと我に返る。ここで役に立てなければ後は足を引っ張るしかない。私はすぐに覚悟を決めて『夜鳴鶯ナイチンゲール』に変わった。

 片翼を大きく羽ばたかせ羽を散らしていく。

 羽が椅子に触れていく。


「サンクス。これでまだまだ戦えるぜ」


 先程までボロボロだった本体が一瞬で新品のように成り果てる。


「まさか回復機能つき。あれ? 私も多少回復した? どういうこと?」


 私の羽には回復機能という追加効果がある。ただし、敵味方関係なく羽に触れると回復してしまうのが難点であった。

 椅子は大量の羽に触れ、そこから回復養分を吸い取り回復。サクラは少量の羽に触れて回復した。


「まあ、いいわ。これで再びアレが使えるわ『桜吹雪』」


 椅子がマシンガンを放った。しかし、撃つよりも先に桜吹雪が覆って対象を見失い、弾丸は全て桜の花びらを虚しく貫通した。

 視界が桃色に変わる。

 今はまだ鳥の状態だが、片方の翼がないため、再び突風を起こすことは難しそうだった。


 その時──


 首元の痒み。

 桜の花びらが覆う桃色の景色が一転して、温かなギルドの建物内になっていた。

 そこにサクラや椅子はいない。代わりに、サカエやリョクチなどここにいるはずの人が揃っている。


「よぉ、ナゴ。お疲れさん」


 リョクチが何とも思っていないような薄ら笑いのような表情でやってきた。


「初めてにしては奮闘したんじゃねぇのか。まあ、最後は刀を振れなかったなが敗因だな」


 心が痛い。

 刀が振れなかった。その失敗を次に活かすことができるのならば何も痛むことはないのだが、私は次も刀を振れる気がしない。

 恐怖はなくなるどころか、時間が経つことに大きくなっていくような気がする。


「ごめんなさい」

「謝ることじゃねぇだろうよ。刀なんて扱いが難しいしさ。次上手くやれば何も問題はねぇしよ」

「そう言うことじゃなくて、ナゴはきっと刀振るのが恐いんです。振るのが恐くて……」


 彼は「ああ」と首を縦に振った。


「なるほどな。そう言う感じか」

「私、恐くて。鋭い刃が体を斬った時を想像すると……今も」


 胃袋の酸が逆流していく。喉付近に溜まるそれが顎に違和感を与え、堪らなく気持ち悪い雰囲気に変える。

 その場にしゃがみこみ首を冷たい手で冷やす。

 ごくりとそれを飲み込んで何とかやり過ごすも今度は涙袋から冷たい水が溢れてきそうだった。


「旅をしたいってわがまま言ってるのに、戦闘職に向いてないんだ。ナゴね、これから武器を使えるように練習してもきっと使えないと思う。人を殺すのが恐いの。人だけじゃない。動物でも草でも殺すのが恐い。何も無い所撃っても間違えて人に当たったらなんてこと考えたら恐くなる。恐くて、恐くて、きっと私はギルドにいるのが間違いなの」


 いつの間にか背中がさすられている。さするその手の温かみも今は負の感情のせいで気づかない自分がいる。


「大丈夫か」

「私、もう駄目なのかな。ギルドは戦闘職なんだから。戦闘すらできない私がここに居ちゃ駄目なのかな」

「そんなことはない。ナゴはもう仲間だ。居ちゃ駄目なんてことは絶対ない。それにさ、お前はきっちりと戦えてたしな」


 リョクチはキャップのついた帽子を深く被り、右目を隠した。


「攻撃だけが戦闘じゃねぇ、回復とか指揮とか全て含めて戦闘だ。人を傷つけるような戦いができなくたって、仲間を癒したりパフかけたりするだけでも立派に戦ったことになる。お前は椅子を回復させた。よくやったな。頑張ったな」


 少しは脈が穏やかになった。

 ありがとう。私は立ち上がり天井を向いて目を瞑った。なぜならまぶたの裏の水溜まりが零れないように。


 そこにサクラが近づいてきた。


「リョクチさん。甘やかさないで貰える」


 そこにいるはずなのに直視はできない。礼儀的に面と合わせるべきなのに天井を向いたままの自分がいる。どうしても涙を流したくなくてこの状態から動けずにいる。

 キビキビとした声から強気な表情をしているだろうと想像した。


「単刀直入に言うわ。攻撃できなきゃ、攫われて××されて死ぬわよ」


 とてもきびしい言葉が心に突き刺さっていった。

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