第3話 嘘みたいに強い敵

「さあ、喰らえ。漆黒の……ラビ、リンス。えーっと、とりあえず風の嵐で視界を悪くする技だ」


 旋風が砂を巻き上げ、周りに舞った。視界は砂のせいで悪くなっていく。


「さあ、そこら中から風の斬撃が襲ってくるはずだぜ」


 突風のような衝撃波が流れてくる。何とか体を捻り波動を躱した。その波の直前上では地面の表面が軽く抉られていた。


「斬撃じゃねぇな。こりゃ、衝撃波だな」


 椅子に背中を預けて四方から現れる黒フードに向かって電撃を放った。背後の彼も遠くの敵には弾丸の雨、近くの敵は盾の守りと斧のパワーで応戦する。

 フードの存在は攻撃を受けると風になって消える。何度も彼らを風に変えた。が、攻撃でフードの奴を倒したとしても次々に現れていくためにキリがない。


「マズイぞ。倒しても倒してもキリがない。ナゴさんはなんか魔法とか使えないの」

「ごめん、使えない。私、今まで魔法を使ったことがないから」


 魔法は男だけのもんだ。女が使う必要はない。この国ではそれが常識だ。男は戦闘職に着いて働きそこで死すことが男の憧れの道。だからこそ、魔法を鍛えるのは普通のことだ。一方で、女は妻となり子どもを産み育てることが当然の道。わざわざ魔法を使う必要はなく、使えば人々から白い目で見られる。

 そんな国だからこそ、魔法について教えて貰えなかった。普通なら魔法なんてものに一生関わることなく終える。教えて貰えるのは精々貴族ぐらいだろう。魔法教師は世間では役に立たないと考えられている女にわざわざ献身してまで教えたいとは思わないだろう。

 私は貧しい家柄だから教えて貰ったことはなかった。

 それでも──

 私は魔法の使い方を少しだけ知っている。


「けど、試して見る。やり方は見たことあるんだ。一か八かだけど」


 魔法の先生が貴族の子どもに魔法について教えている。その内容を盗み聞きしながら屋敷の窓を綺麗に吹いていく。あの二階の窓から聞き耳立ててた風景が思い出されていく。


侍女メイドの時に盗み得たやり方で……」


 全身にイメージを湧き出させる。空想が最も重要。体の中の魔力をイメージとリンクさせて、一気に自分自身の力を解放する。これが盗み得た情報だった。私はこれにかけるしかない。


 椅子が様々な武器で敵の数に圧倒されていった。砂嵐の中で風による衝撃波が放たれていく。もし私の魔法が失敗すれば、その衝撃波により吹き飛ばされるだろう。


夜鳴鶯ナイチンゲール


 叫ぶとともに絵本の中の鳥を思い浮かべた。

 体全体に力が漲り、不思議な感覚がする。腕はとても広く大きくなった。逆に足はとてつもなく短くなった。顔も体の形もどこかおかしい。さっきまでの感覚とは全然違う。


「できたじゃんか、魔法!」


 私は鳥になってる?

 羽のような感触の腕を上下に振ると空中に浮くことができる。そして、腕に漲る力を溜めて思いっきり振ると突風を起こせる。

 突風が砂嵐を吹き飛ばした。

 強い旋風が一部のフードの輩を吹き飛ばした。


「うおっ、美しい色で輝くすずめみたいな鳥が出てきた。あーあー、何とかのラビリンスも破られちまったなー。こりゃ」


 素人の私はまだ魔力の維持も知らないせいで、すぐに鳥の状態は解けてしまった。


「よくやった。これで視界は良好。これで敵を全滅できますよ」


 椅子は高く飛び上がり、触手に召喚したマシンガンを持って引き金を引いた。宙を回りながら撃つ攻撃がフードの彼らを一網打尽にした。彼らは全て風になって消えていった。


「影分身を全て倒すとはやるじゃねぇか。まあ、いいぜ。ここは見逃しておいてやる。じゃあなっ」


 どこからともなく聞こえた声が消えた。それっきり彼の声はこの荒野に響くことはなかった。


「凄かったですよ。あの鳥みたいなの」

「偶然だから。それよりも……うん。椅子のお陰で何とか助かったよ。ありがとね」


 無事に魔法を使えて局所を乗り越えられた。

 侍女の時にそのまま無駄な人生を歩むよりかはと思ってこの道を選んだ。だからこそ、侍女の時は無駄な時間だったと思っていた。けど違った。あの時の経験は無駄じゃなかったんだ。

 私は手のひらを広げて見つめた。そこにはあの時のかけがえ無い思い出から苦悩の日々まで全てが詰まっていた。


 残りの道なり。

 砂埃を起こしながら椅子が二本の触手を振りながら走っていく。私はその上に座り楽をしている。先程とうって変わって一本の触手がシートベルトとなっていた。

「やっぱりこうなるのね。っか、わざわざ触手を出して腕を振る必要なくない!?」

 馬のように駆けるのに、人間のように手を振り走る。まさにシュール極まりない。


「あっ、止まる」


 試験のルートももう終わり。椅子は唐突な急ブレーキをかけて止まった。

「ぐはっ。ねぇ、もっとゆっくり止まれないの?」

「ごめん」


 ゴールには道案内役のアサマが待っていた。

 彼はゆっくりとこちらへと近づいてくる。


「良くぞここまで参りました。ですが、まだ合格とはなりませぬ。最後はわたくしめが試験官として貴女あなた達の前に立ち塞がりましょう」


 アサマは剣を抜いた。その瞬間、おぞましいオーラが私達を襲った。近づけば死ぬ。忌々とした畏怖を感じていく。死のイメージが簡単に想像してしまう。


「この人はヤバいぞ。勝てる気がしない。嘘みたいに強すぎる」


 隣にいる彼もまた同じ感情を受け取っているようで四本の脚が小刻みに揺れていた。


 感情を読み取れない。アサマは静かにナゴ達を目で捉えている。

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