第4話 選んだ道を歩む自由

「ここは簡単には通しませんよ。もし通りたければ、儂を倒すか、それとも質問にわたくしの納得がいく返答をするか。さあ、選びなさい」


 魂が揺れるのが分かる。

 アサマを倒すことは不可能。彼を欺き進むのも不可能。残るは質問次第だった。唾を飲み込むと喉に引っかかってしまう。


「貴女達は何のためにギルドに入るのですか。それを聞かせて頂けませんか」


 優しい口調が逆に怖い。

 覚悟を決めて口を開いていく。


「旅をしたいからです。今までこの国の、さらに箱庭のような囲まれた中で一生を過ごす。そのことに気づいて、せっかくならその外を知りたいって思ったんです」

「旅─うちでは遺跡調査だが─「蒼の国」このくにの外、つまり無法地帯を旅すると言うことは、何が起きるか分からない。賊徒や敵がいるかも知れない。殺されたり惨いことをされたりする可能性が高い。まさに地獄かも知れない。望んだものとは違う最悪な世界が広がっているかも知れない。それでもギルドに入るのかな。一度ギルドに入ったら、もう戻れはしないぞよ」

「そのつもりで来ました。どんなに最悪だとしても後悔するよりかマシですから……」


 アサマは「そうか」と小さく呟いて剣の先を地面に置いた。


「その気ならば進むと良い。しかし、覚悟しなさい。いつ何時賊徒や他国に狙われ命を落としたり惨いことされたりするかも知れないことを。それを踏まえて進みなさい。もちろん、リタイアならわたくしめは支援しますぞ。恥ずかしからず申し立てで下さいませ」


 音が聞こえない。聞こえるのは緊張で震える心臓の音。周りは無風で何も感じない。鼓動のBGM、殺風景な背景、それらをバックに地面を一歩ずつ踏みしめた。

 ゆっくりと。ただゆっくりと。

 地面を踏みしめていく。そして、アサマの横を素通りした。


「ナゴ君。貴女を合格と認めましょう。ひとまずそこら辺で待っていて貰えますか」


 胸を撫で下ろした。

 優しい風が吹いてきた気がした。


「さて、次は貴方ですよ。椅子君。貴方は何故このギルドに入ろうと思ったのですか」


 もう私は当事者ではないのに心が圧迫されていく。私事のように緊張していく。唾が喉を通らない。


「僕は戦闘職に憧れたのでギルドに入りたいと思いました。椅子として役目を果たしてきましたが、自由を手に入れてギルドに入りたいと心に決めました」

「それは理由になっておらんよ。人生は長くて短い。それに自由と言っても出来ることには限りがある。今ここでギルドに入らずとも、さらに知見を広げれば他にもやりたいことが出てくるかも知れないぞ」


 彼の言葉が止まった。

 緊張が波となって空中を飛んできて、私を緊張させていった。椅子だから冷や汗は流れることはないのに、流れているように見える。


「僕はそれでも「フィロソフィア」に入りたいです。知見を広げることもいいかも知れません。ですけど、僕はギルドについて深めていきたいと思いました」

「それは何故かな」

「それは……それは、一目惚れしたからです。戦闘職と言うものに心を奪われて、椅子の僕でも場に馴染めそうな「フィロソフィア」に入りたいと思いました」


 アサマはどこか笑っているような気がした。

 剣を鞘の中へと閉まっていく。


「面白いのう。通って良いぞ。ただし、それ相応の覚悟があるならばな。常に命を賭けた戦闘職は辛い職業だ。それでもその道を進むと言うのならば通るが良い。もちろん、リタイアならわたくしめは支援しますぞ。恥ずかしからず申し立てで下さいませ」


 椅子もまた彼の横を素通りした。


「おめでとうございます、ナゴ殿、椅子殿。御二方をギルド「フィロソフィア」の一員と迎え入れます。明日ギルドの方へと顔を出して下さい。説明、書類など諸々を行いますので」


 アサマは微笑みながら踵を返していく。


「さて、帰りましょう。カワナ君、リョクチ君、終わりましたよ」


 岩場の影から二人が飛び出してきた。一人はフードを被った美形の青年っぽい人で、もう一人はキャップを斜めがけして片目を隠している中年男性。


「YO、お前らの有志見せて貰ったぜ。最高じゃねぇか。あの鳥みたいな奴に意味わからん兵器。正直期待以上だ」


 試験の途中で話しかけてきた賊徒と全く同じ声だった。

 思わず身を構えるが、アサマが「安心しなさい。彼らは審査官です」と答えたことで臨戦態勢を解いた。


「ありゃ試験なのよ。この試験はリタイアしなきゃ合格できるんだけどよー、まあ思わぬ賊徒襲撃や試験官の問いかけでほぼリタイアコースだからな。お前らはよく頑張ってくれたよ。これからよろしくな」


 その男はリョクチと言う名前のようだ。

 少しチャラチャラした装飾をつけた腹の出始めている中年男性の屈託ない笑み。独特な接しやすさが場を和ませている。


「ふっ。我の漆黒しっこく迷宮壁ラビリンスを良くぞ打ち破った。さらに、我が影分身と張り合うとはお見事だ。だが、我はまだ本気を出していない。まだ三十パーセントと言うところだ」


 黒いフードを被っていた影に雰囲気が似ている。よく見ると片耳に風の形をしたピアスがついていた。


「ったくよー、格好つけるのも程々にしてくれよな。受験者に言う台詞が厄介なんだよ」

「勉強しないから悪いのであろう。より漆黒を学び、開眼すれば理解もできるだろう」

「いや、そういうことじゃねぇだろ」


 その様子を見ているとどこか微笑ましくなっていく。


「面白いでしょう。これが「フィロソフィア」の良いところですぞ」

「いや、どこも面白くねぇだろ。それに全く「フィロソフィア」の良いところを伝えられてねぇぞ」


 個性豊かな先輩達の作る温かな波。

 夕焼けに打たれながら私と椅子も歩を合わせ、五人でギルドへと戻っていった。

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