椅子が旅しちゃ駄目ですか?
ふるなる
第1話 新たな物語
何で人生は一つしか歩めないのだろう。
豪邸の窓から見下ろす景色を見ながら心が虚しくなっていく。私はお金持ちという訳ではない。それどころかみすぼらしい人間だ。貧しく場違いな私がそれっぽい服で着飾られているだけだった。
私は単なる貴族に仕える侍女である。
この人生が悪い訳じゃない。けれども、何度も何度も繰り返して新たな人生を謳歌したいと思うのが悪い。結局今の生活に落ち着いていて自分に嫌気がさす。
「ナゴちゃん。二人っきりで後で話そうよ」
そんな私に訪れた一つの転機。そこの家主の息子に一目置かれ、貴族と貧民の禁じられた恋をすることになった。いけないことだと思いながらも、彼を思う心が体を突き動かす。
他人の目を盗んで楽しく話し合った。禁じられた遊びもした。二人の時間が楽しかった。この恋を本気にしていた。
「ウツミちゃん、後で二人っきりで話そうよ」
私以外の侍女にも同じことをしていることを見かけてしまった。思わず身を隠してやり過ごす。それから日が経つことに、彼にとって私は単なる遊び相手でしかないことを突きつけられていく。
結局私は自分自身に嫌気がさす。身分が違うのだ。本気になっていた自分が馬鹿馬鹿しい。
こんな人生じゃなくてもっと別の人生を歩みたい。例えば──
未知なる土地を旅する、とか。
このまま変わることを恐れて辛い思いを我慢するぐらいなら私は辛いと知っててもやりたいことをしたい。いつの日か芽生えていた気持ちが徐々に膨らんでいく。恋愛の失敗が私を吹っ切れさせた。
どうせ人生は一つしか歩めないんだ。
なら、せっかくだし、好きな人生を歩もう。
それが失敗だとしても、失敗を恐れて縮こまってる未来よりかはきっといい未来だ。
こうして私ナゴは
未知なる土地の「旅をする」ためにはまずはギルドに入る必要があった。
私は今、ギルド「フィロソフィア」の建物の前へと立っている。木の臭いが漂う扉を開いてその中に入っていく。
女性の幸せは良い家庭を持つこと。旅やら戦いやらを望むものはごく僅か。そのせいかギルドでも女を受け入れる所はこの国に一つしかなかった。「フィロソフィア」、そこが駄目なら諦めるしかないみたいだ。
「こんにちは。ギルドに入りたいナゴです。よろしくお願いします」
第一印象が大事だ。私は清々しい言葉を建物の中に響かせた。
趣のある内装だった。整えられ綺麗なテーブルやカウンター。モダンチックな雰囲気。どこか居心地のよいアットホームなオーラ。
私はそこの空気を味わっていった。
「おお、来たか。俺は「フィロソフィア」のマスターのサカエだ。よく来た。いらっしゃい。君が
私の他にも加入希望者がいるみたいだ。
どんな人が私の同期なのだろう。やっぱり男の人? 男の人ならどんな外見なのだろう。少し興味が湧いてくる。
「とりあえず簡単にはギルドに加入させることは出来ない。入るには試験を受けて貰うけどいいかな」
私は思いっきり頷いた。
サカエに連れられ応接間に導かれる。そこでの書類に目を通した。そこには試験の内容が書いてあった。
「試験は簡単。予め決めたルートを通りゴールにたどり着ければクリアだ。まっ、試験官が全力で妨害するから心してかかることだな」
一念発起でこの道を選んだ。なのに、すぐさま挫折して諦めるしかないのは情けない。だからこそ、この試験は突破しなければならない。
「それと試験は今年の加入希望者の二人でやって貰うぜ。まあ、彼と協力でもして頑張れよ」
彼、つまりもう一人の希望者は男の人のようだ。さて、彼とはイケメンだろうか。イケメンかどうかは関係ないのだが、ただ、二人とも合格したら同期となるので希望を言うとイケメンがいい。
「その人はどんな人ですか? まるまる系男子に例えるなら何系ですか?」
「うーん、なんだろうな。ちょっとなー」
歯切れの悪い言葉。もしかして問題児みたいな感じなのか。頭の中ではライオン系男子が浮かんでくる。
応接間に響くノック音。
ゆっくりと扉が開かれていく。
「おー、噂をすれば、もう一人の希望者が来たぜ」
扉がゆっくりと開かれていく。
さて、どんな男なのか。
ごくり。
ついに扉が全開となり、彼が入ってきた。
「えっ」
言葉が出なくなった。
そこから出てきたのは男でも女でもなく、そもそも人間ですらなく……
「こんにちは。僕は同じくここの試験を受ける
椅子が独りでに歩いて、そして話している。
今まで出会ったこともない話す椅子。頭が混乱してくる。何故イスが知能を持って話しているのだろうか。
ありえない。
不自然な現象を前にありえないと思ったが、すぐに魔法の可能性を思い出してきた。この世界には魔法が存在しており、その力によって椅子になっているとしたら椅子が喋るのも頷ける。
「よ、よろしくお願いしますね。あの、椅子さんは魔法で椅子になってるのですか?」
「いや僕は生まれも育ちも椅子だよ」
「へー、やはりねって……んな訳あるかぁ!?」
椅子が言葉を巧みに扱っている。まるで人間のようだ。男の子のような雰囲気が漂う……喋ったり動いたりする椅子。
「椅子が喋るって……何でやねん!」
どんなに否定しようとも現実が無理にでも肯定させてくる。
同時期にギルドの試験を受ける仲間が椅子だった。私は出鱈目みたいな存在と試験を受けることになっていた。
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