第2話 椅子が人間みたいで何が悪い?

 体を緊張させる空気を吐息で外に出す。

 新しい自分への第一歩。私は玄関の扉を思いっきり開いた。


 ギルド「フィロソフィア」の試験当日。気を引き締めてギルドの門を叩く。待ち構えていたのはギルドメンバーのアサマと言う老人だった。


「ほう。来たか。君がナゴ君だね。儂はアサマ。今回の試験の案内役だ」


 無駄のなく削ぎ落とされた体つき。鋭い眼光からは人の性を見抜く力が宿るように見える。白髪がとても似合っていた。

 音もなく丸椅子に座るおじいさんは微動だにせずその時を待っている。

 椅子がやってくると彼は動き、試験会場へと私達を連れていった。


 都会の外れにあるこのギルドからさらに都会から離れるように進んでいく。辿り着いたそこは一面がゴツゴツした岩が密集する荒地だった。


「ここが試験会場。これの通りにルートを通ってゴールに辿り着けば合格だ。後は御二方で協力し進むと良い。では健闘を祈る」


 彼は私達に地図を渡した後、近くの岩場にゆっくりと腰を下ろし、私達の動向を窺っていた。


「さあ、行きましょう。え、えーっと……」

「そう言えば、名乗るの忘れてたわ。ナゴよ。よろしくね」

「ナゴさん。うん。今日はよろしくお願いします」


 地図を見る。そこに書かれたルートを通るようにゴツゴツとした岩場を進んでいった。

 岩に囲まれ狭い道なり。不安定な足場が足に力を入れさせる。気を抜いたら転げ落ちて怪我をしてしまいそうだ。先を行く彼はそんな不安を抱えていないのかスタスタと歩いている。

 危険が付きまとうような油断ならない場所だった。それでも私と椅子は何とか開けた荒地へと出た。


「これで四分の一は終わりね」


 狭い岩場エリアは行くルートがクネクネと曲がっていたが、ここからは長い距離をひたすらつっきる荒地ゾーンだ。


「ねぇ、僕に提案があるんだけど」


 椅子は満面の自信を漂わせながらナゴを覗く。私は思わず首を傾げて「提案」と聞き返した。


「僕さ、とっておきの姿があるんだ。ちょっと見ててね」


 そう言うと、彼はその場で精神を統一していく。

 ポキポキ。

 椅子の足が四つとも半分に壊れた。そこに謎の魔力が加わったのか傷の継ぎ目に丸い突起物が現れ、残る上と取れた下の足をくっつけた。


「さっきまでは関節がなかったから走るのが苦手だけど、こうして関節を増やすことで走るのが得意になったんだ」


 彼は四つの足を手足のように動かしていった。


「何じゃそりゃ!!」

「馬モードだよ。さあ、僕の上に乗って。行けるとこまで飛ばすからさ」


 頭が追いつかず口をあんぐりした。そもそも椅子が喋ったり歩いたり、そもそも人間みたいなことをしてる時点でおかしいが、もはや椅子の人知を超えた姿はいとおかしい。


「どうしたの、乗らないの? あっ、セクハラだからかな、ごめんなさい」

「いや、そういうことじゃない」


 椅子は当然座るものだ。座ってなんぼの椅子である。私は私を言い聞かせて、彼の上に座った。


「ありがとう。さあ、特急で行くよ。落馬だけは気をつけてね」


 彼は関節を動かして大地を駆けていく。それはまるで馬のようだ。

 私は足を浮かして座るだけで景色がすぐに移り変わっていく。乗り心地は快適……とはいかないが悪くはない。きっと馬のように股で挟んで乗るのではなく椅子に腰を下ろしているためだろう。

 関節のある椅子が馬のように走る中で、私は真顔でその上を乗りこなす。


 今ふと気づく。これ、傍からみたらシュール極まりないな。正直こんなシュールな絵面を誰にも見られたくない。ここが誰もいない荒地で良かったなと心の中で呟いた。


「止まるよ」


 大体四分の三を進んだ所で彼は急ブレーキをかけた。肘掛に手を当てて何とか吹き飛ばされないように踏ん張った。


「危ないじゃない」


 そこはまだなんにも無い荒地であった。何故止まるのかも疑問に感じた。が、すぐに止まった理由が判明した。

 突然前から現れた黒いフードの人間。それだけではなく同じような黒フードが何人か現れた。


「何なのコイツら……」


 よく見るとフードの下は人間の顔型をした真っ黒い影だった。つまり、人間ではないのだろう。


『リスンッ!』


 何処からともなく聞こえる男の声。その声が脳に直接響き渡る。


「お前らここがどこか分かるか。ここは盗賊のアジト。ここに踏み込んだってことはお前らどうなるか分かってるんだろ」


 緊張が走っていく。

 私達は身を固まらせ臨戦態勢をとった。


「そこの女は娼婦に。そこの椅子は……田舎の家具屋にでも売ってやるぜ。だが、チャンスは与えんとな。もし今すぐここから立ち去るなら見逃してやるよ。さあ、早く決めな」


 試験会場に現れた賊徒。どうすれば良いのだろうか。

 瞳には暗雲が漂い曇っていく。

 もしここで逃げてしまえば、きっと不合格になる。だけど、身は安全だ。もし逃げずに戦った時は、無事に勝てば何とか平穏に終わるものの負ければ悲惨な未来が待っている。


 私は……私達は、どうすれば。


 脳はすぐに逃げた時の想像を始めた。帰ったら何も無い家の中で、職を探しながら寂しい暮らしを。堕落的に生きて結婚して、年老いた時にこの人生嘆きながら死にゆく。まるで全体的に堕落的で悲惨な運命だ。


「そうだ。ここで帰っても大切なモンは何もないんだ。じゃあ、逃げても負けても悲惨な運命じゃんか」


 覚悟は決まった。瞳には清々しい景色が広がった。


「ナゴは戦うよ。どうせ絶望するんなら希望ある方を選んでた方が後悔は残さずに済みそうだからね。椅子は?」

「僕も逃げないよ。二人で彼らを打ち破ろう!」


 常に護衛用に身につけているテーザー銃を手に取る。これで勝てるかどうかは分からないが銃を強く握った。


「僕も本気を出すよ。椅子だからさ、魔法は使えないけど……」


 椅子から幾つかの触手のような木材がニョキニョキと現れていく。その先端には銃やら盾やら斧やらがくっついている。


「何か出てきたっ!?」

「魔法は使えなくても、椅子だからこんなことができる!」

「んな訳あるかぁっ!!」


 もはや椅子と呼んでいいのか分からないレベルだ。関節は曲がるし、変な触手は生えるしで謎極まりない。そんな椅子と共同して黒フードの賊徒と戦うこととなった。


「立ち向かうか。その心意気は褒めてやるぜ。けど、後悔するんだな、お嬢ちゃん」

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