12.期待

 時が少し経ち日曜日。


 まだ眠気がどうしても拭えない集合25分前にエントランス前の階段で湊本さんが来るのを待っていた。


「ねぇねぇ、フグの餌やりショーが昼過ぎからあるらしいよ」


 隣では、すでにルンルンモードである胡桃がパンフレットを見せつけながら僕に向かって話しかけてくる。


 そんな彼女は、今日の気合が服装にも移っているのか白地に黒のポイントの入ったフグ配色のインナーをデニムジャケットで被せていた。9分丈パンツは黒基調で、パンフレットを仕舞うところにはベージュの手提げ鞄、頭にはいつものシュシュが風に揺られていた。


 そんな、いつもの家にいる間ずっとジャージというズボラな胡桃からは想像できないような服に僕は少し違和感を感じてしまう。


 いや、胡桃と外出する時はそりゃ気合の入ったような服装を、


「今日はお兄ちゃんと一緒だから」


 なんて言いながら、そのスタイルの良さとファッションセンスを遺憾なき発揮しているのだけど、最近はあまり一緒に外出する機会がなかったために妙にドキドキしてしまうのだ。


 現に、水族館へ入っていった多くの男性客が彼女の方を不可抗力のようにチラと見ている。その中にはカップルと思われる彼氏さんもいた。その誰もが僕に対してどこか苦虫にがむしを噛み潰したような顔をしているのはなぜなのだろうか。


「そういえば、最近クサフグの数も増えたらしいね」


「へ〜、なんだかんだお兄ちゃんもフグ好きになったよね」


 隣の胡桃が満面の笑みでしてやったり顔を見せてくる。


「何度もフグの話をされているといつの間にか好きになったんだよな」


「そんなにフグの話してたっけ?」


「してたよ。膨らんだ顔がめちゃくちゃ可愛いとかなんとか」


「あ〜それはだって事実じゃん。ハリセンボンとか可愛いでしょ?」


 それは当たり前じゃん?みたいな感じで首を傾げながら僕の方を、僕の目を見てくる。その仕草が妹のくせに可愛く見えて、目を逸らしながら「まぁね」とだけ答えた。


 ……


 それから少しして、誰かを探しているような人影を見つけた。すぐにそれが湊本さんだと気がついて彼女の方へ駆け寄っていく。


「あ、おはよう。早くきたと思ったのにそっちの方が早かったんだね」


「おはよう。まぁ、流石に待たせるのはまずいと思ってね。それにしても……服めちゃくちゃ似合ってるね」

  

 僕は彼女の着ている服を見ながら、つい言葉がこぼれだす。湊本さんは白地のカットソーに若草色のスプリングコートを合わせ、下にはベージュのロングパンツをシンプルなヒールの上まで被せている。肩からは、ショルダーバッグが垂れ下がっていた。


 見た目が元々清楚気質であるために、その全てが絶妙に合っていて黒髪がこれでもかというほどに映えていた。


「そ、そう。で、妹さん綺麗って聞いてたけど本当にそうなんだね」


 すると、なぜか僕から目を退けて遅れてこちらに歩いてきている胡桃を見ていた。


「そりゃ、自慢の妹ですから」


 僕が、胡桃に気づかれないように小さく呟くと、僕の顔を見もせずに湊本さんはクスっと笑う。そして胡桃が僕の隣を陣取ってから、「おはよう」と声をかけていた。


 胡桃はその声に反応してコクリと頷く。少しだけ湊本さんのことを睨んでいるような気がするが、気のせいだろう。


「それじゃ、行きましょうか」


 やっと僕の方を向いてくれながら、湊本さんは階段を登っていく。僕の隣でいつものように手を差し伸べてくる胡桃の手を取って湊本さんの隣についた。


「やっぱり休日だからか人多いね」


 湊本さんが、人が列をなしているチケット取扱所の前で立ち止まる。こうしてみるとあのパン屋での無法地帯のような状況ではないが、なるべく少ない人数でいくべきだと感じた。


「あ〜、人少なそうが良さげなんでちょっと買ってきます」


 だから僕は、そう湊本さんに胡桃を預けて列の最後尾に尾ける。受付の対応がいいのか、回転率は早いのだけどそれでも多少待つことになるだろう。


 そう思って、ぐぅ〜と背伸びをする。


「やっぱり一緒に待つよ。そうしたらこの時間も退屈じゃなくなるでしょ?」


 隣からふと声がして顔を向けると、湊本さんと胡桃がなぜか手を繋いで僕の隣にいた。そんな彼女たちを見て、思わず笑みが溢れる。


「それもそうだね。じゃあ、話でもしながら待ちますか」


 僕が一人で待っていた少しの時間で2人の仲が深まったのか、胡桃のするフグ話をうんうんと頷く湊本さんに先ほど手に入れたチケットを手渡した。


「早くフグを見にいこっ」


 そう言って一足先にドーム型の水族館へ入る胡桃を追いかけながら2人館内へ足を踏み入れた。

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敏感少女と鈍感男子 すれぷと @slepter

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