6.5.偽心


 “私は、人の気持ちにである“


 これが私、湊本佳織が持っている一番の悩みでありながら、私を表すなら、と言われたときに真っ先に頭に浮かぶ言葉である。


 このことが私にとってのこれまでを左右したわけであり、今も私を構成している一番の要因だ。他の人から見れば、私にどうやら品行方正だとか、文武両道だとか、そんなプラスのレッテルを貼り付けているみたいだけれど実際はそうではない。


 貼り付けている、ではなくて貼り付け、なのだ。


 私は、お世辞抜きとしても昔から容姿が整った子だったと思う。お宅の湊本さんは本当に可愛い子ですねと母の友達は妬むように母に言っていたし、特に接点もない男子にはよく告白をされ、それを見た女子たちにはよく陰口を言われていたのだから。


 その結果、自分の顔を妬むと共に、平凡な日常を送るために相手の感情を汲み取り始めた。


 例えば、親が次のテストいい点をとってほしいと感じていたら死ぬ気で頑張って実現させた。下心丸出しの気持ちで告白をしてくる男子にはこっぴどく振るようにし、女子たちに好かれるために感情を同調させた。


 最初はいまいち相手の感情など理解できるはずなかったのだけど、数ヶ月もすると、もともと感受性が高かったからなのか、考えていることが手に取るようにわかるようになった。


 そして、そのことに味を占めてしまった。毒が体をむしばむように癖づいていき、いつしか無自覚でも感情が伝わるようになっていったのだ。

 

 でも、それは仕方ないでしょ?


 だってそれだけで私は私に存在意義を感じてしまうのだから。相手の内面をるだけで、私が望んでいた学校生活が実現したのだ。そうなっても仕方ないじゃん。

 

 だから私は、相手の感情に敏感になってしまった。過敏と言っても差し支えない。


 そんな私が、少し昔まで心のどこかで孤独に思えてしまっていた。


 ……

 

 私は、手にぶら下げていた本が入ったビニールを勉強机に置いて、ベットの上にダイブする。ボフン、と弾んだ音をさせながらブラウンの掛け布団に身を包んだ。


「来週、どこに遊びに行こうかな」


 そう、ふと口にしただけで、来週に心がおどる。帰り際に珍しく私から「一緒に撮ろうよ」と、無理言って撮ってもらった写真を眺めるだけで、二人の時の熱がまだ残っていたかのように、体が少し熱くなる。思わず枕をギュッとして足をバタバタさせる。


 他所池くんに会ってから、私の孤独さなどどこかに吹き飛んでしまったようだ。


 彼からの感情は相も変わらず手にとるようにわかってしまうのだけれど、それすらを感じさせないほど鈍感で天然で、いい意味で最低な人なのだ。それゆえに、彼の行動は私が思っている以上のことをかましてくる。


 だからこそ、彼の発言が、行動が、ストレートに私の心に届いてきて固まってしまった心を震わせる。


 彼は、他者からの意見を全く気にもせずに生きているし、自分がしたいこと、相手がして欲しいことを恥じることもなくしてくれるのだ。それがたとえ鈍感だから、天然だから、という理由だとしても。


 さらに、それが全て本心での行動だから私は照れてしまう。他の人ならきっと私に好かれるために、とかそんな裏まで見えてしまってむしろげんなりするものなのだけれど、表しか見せない彼は私にとってあまりにイレギュラーで眩しかった。そして、ほんのりと太陽の光が当たるかのように暖かかった。


 ゆえに、彼のことを気になってしまったのは仕方のないことなのかもしれない。これは憧れなのか、恋なのか。それはまだわからないけれど。


 でも、この感情が後者としても私はきっと口には出せないのだろう。


 勝手な想いが、相手を傷つけることを身をもって知ってしまったから。人の気持ちに敏感だからこそ、踏み込めない。拒絶されることが、怖い。嫌われたく、ない。


 だから、自分の心を偽ってこれからも生きていく。


「はぁ、週末が楽しみだなぁ」


 ……母が呼ぶ夕飯の声を聞いて、私はベッドから立ち上がったのだった。

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