3.春嵐

「昼休み、未来って湊本さんと一緒にいたん?」


 掃除時間、親友であり、クラス一の高材疾足こうざいしっそくである長洲ながす 太一がこちらに来て早々、そんなことを言ってきた。正直言ってこの学校のイケメンは生徒会長と長洲が二大巨頭と言っても過言ではない。


 これまたちなみに、未来みらいというのは僕の名前だ。正直言って女性と間違われる名前だからあんまり言われて嬉しくない。だけれども他所池と呼ばれるよりはまだいいかもしれないから何とも言えないところであるのががんじがらめのように僕を苦しめる。


「え、いたけどどしたの。なんかまずいことでもした?」


 僕はほうきでゴミを一通りかき集めて、ちりとり取ってこなきゃと思いながら言葉を返した。


「いや、湊本さんの顔が赤かったからやっぱりねって思っただけ。それに、普通に学校の話題に上がってるぞ。湊本さんが冴えない奴と一緒にパン買ってたって」


「確かに一緒にパン買ったけどさ、冴えない奴だから俺って酷すぎない?あと、顔が赤いのと俺が一緒にいたって関係ないでしょそれ」


 僕は笑いながらちりとりを持ってきて、ごみをそちらのほうに移していく。掃除の時間は何かをきれいにしていくという作業がどことなく気持ちいいためか、一番好きな時間だったりする。


「冴えない奴ってのはまぁ置いておいていいけど、この学校で湊本さんの顔をああまで赤くさせるのは未来しかいないからな。その辺マジで尊敬できるまであるし」


 彼は、足で床に残ったごみをまとめながら口を開いた。自分が言おうとする前にやってほしいことをしてくれるのは嬉しいのだが、そんなこと言われても彼女の顔が赤くなっていた理由について心当たりがさっぱりない。


「でわでわ~、尊敬代500円頂戴な。ってホントに心当たりないんだよな、昼休みは普通のことしかしてないもん。」


「えっ。じゃあ侮蔑するわ。じゃあさ、昼休みに湊本さんとパン買ってからどうしてたん?」


 望んでいた答えが出ないと悟ったのか、彼は別ベクトルから僕に質問してきた。


「そのままパンを一緒に食べただけよ」


「う~ん。じゃあ買いに行くときはどんな感じやった?」


 彼は質問を重ねてくる。正直言って、どこまで行っても彼が思っているようなことには何一つなっていないと思うのだけど。


「そりゃ妹と買い物行く時と一緒だよ。それ以下でもそれ以上でもなく」


「あ~、理解したわ。そりゃ確かに湊本さんも災難やなぁ」


 彼は何故か湊本さんに同情を示した。妹と同じような扱いをしてなぜ災難になってしまうのだろうか。


「……いやなんでだよ」


「だってあれだろ?手を繋ぐとかを“普通“にしてたんだろ?」


「そりゃまぁ、でもそれくらい誰でもするでしょ。迷子になってもらったら困るし」


 すると彼は、何言ってるんだこいつ、みたいな顔をする。呆れた顔をしながら……いや、終始呆れていた。


「あのさ、迷子になる、ならないはもう幼稚園児の対応じゃん。湊本さんはもう高校生なんだからさ。ってか妹さんも、もう中3でしょ。いい加減妹離れしなって」


 彼はあきれながら、笑いながらそんなことを告げる。


「いや、妹の方から繋いでくるんだよ。もしかしてなんだけどおかしい?」

 

 彼は一つ大きく頷いた。


「ちなみにいうと、多分この年代で手を繋ぐはカップルくらいやと思うぞ。むしろその枠から外れてるの未来しか見たことないし。だからか他の生徒には陰でキラーマンって言われてるからな」


「マジか。でも、キラーマンって……


「未来! 湊本さんと食べてたってホント?!」


 僕があだ名に対しての抗議をしようとしていた時だった。僕の幼馴染である北柳 春きたやなぎ はるが急にドアを開けて大声でそう叫んだ。


「春……。急に声荒らげてどうした?」


 僕は悲鳴とも聞こえるそれを聞いて少したじろぐ。彼女はさらにムスッとしながらズカズカとこちらに歩いてくる。そのような態度を取られても、小柄で小型犬のような容姿をしているからか怯えるとかそういうことはないのだけど。


 僕の隣で太一は笑いを堪えることに必死なのか口元をぎゅっと抑えている。……いや何が面白いんだよ。


「だぁかぁら! 湊本さんと昼一緒に食べたの?」


「うん、パンを一緒に食べたけれど」


「本当にそうだったんだ……。楽しかった?」


 なぜか彼女は急にしおらしくなった。僕より背の低い彼女はどうしてもそのリスのようなパッチリ眼での上目遣いになってしまい、その顔を見ると何度も顔を合わせているのにも関わらずに脊髄せきずい反射のように顔を逸らしてしまう。


「……いや、まぁそりゃ。でも春と一緒に食べる方が落ち着いて食べれていいけどね。自然体でいられるし」


 僕は頬をポリポリと掻きながらそんなことを口走る。


「良かった……や、やっぱそうよね!じゃあ今度一緒に、というか明日!一緒に昼食べるよ。約束だから!」


 彼女はしおらしい顔から笑顔に変えて教室から走り去っていった。……廊下磨いたばかりだからそんなに走ったら滑り転がるよ。なんて思っていたら廊下の先からキィィィとドリフト音さながらの爆音の後「痛ぁぁぁぁぁ」という声が響いてきた。痛そう。


「ホント、嵐みたいな人だよな。北柳さんってさ」


 長洲は苦笑いを浮かべながら時計を見る。彼が机を元に戻し始めたあたり、掃除時間はそろそろ終わるらしい。


「いやもう本当だよ。でもまぁ、だからこそ楽しめてるからなぁ。明日、あいつの分の弁当でも久しぶりに作ってやるかな」


「ってか、毎日女子生徒と昼食うって羨ましすぎるんだけど。え、よくよく考えたら許せねぇ」


 彼は冗談交じりに肩パンしてくる。


 いや、そのルックスなら羨ましいも何もないと思うんだけど。……そう言おうとしてもっと大事なこと思い出す。


「……そう言えばキラーマンってどういうこと?」


 僕の発した予想外の言葉に面食らったのか、彼はまた苦笑を漏らした。

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