2. 昼食

 その後、僕たちは何とか戦場を抜け出して校舎と校舎に挟まれた外階段の端に、腰を下ろしていた。じゃあ食べよっか、と二人ともおもむろに戦利品の入った袋を開ける。


 袋の中から、甘い香りがふわっと花開いた。


 4時限目の数学が思いのほか糖質を消費したのか、その魅惑とも捉えられる香りを肺いっぱいに吸い込んだためか、食欲には抗えない。


 湊本さんは耐えられなくなったように、小さな口でかぶりつく。


「あ、おいしい」


 隣で湊本さんが口を手で押さえながら、そう呟いた。彼女は、先ほど買ったメロンパンを美味しそうに頬張っている。


 本当に蕩けそうな顔をしているからか、頑張って見つけた甲斐があったなとこちらも嬉しくなった。


 お腹を空かせた僕も、クロワッサンを一口運ぶ。パリパリッと小気味いい音を鳴らして噛み締めると、バターの芳醇で濃い味がした。中には空気が多く入り込んでいて、食感もとても良い。


 あのパン屋が繁盛するのも頷ける、そんな美味しさだった。


「ねぇ、そのクロワッサン、美味しい?」


「えっ、普通に美味しいけど。食べたいなら食べてもいいよ」


 僕はそう言ってクロワッサンを彼女の前に差し出す。


「ありがと、じゃあ少しだけちぎらせてもらうね。逆にさ、このメロンパンいる?」


 彼女は、満月から半月になったそれを僕の目前にちらつかせる。


「お、ありがと」


 少しあげたからその分もらっておくのが礼儀かな、と特に気にすることなくそのままパクリと口に含めた。半月は歪な三日月へと形を変える。


 サクッとした感触の後でゆっくりと咀嚼すると、口の中に砂糖の甘さが広がっていった。


「うん、美味しい。めっちゃ美味しい」


 僕は咀嚼しながら言葉をこぼした。ついでに口の周りについた砂糖もこぼしていた。


 それにも気づかないように彼女は、鳩が豆鉄砲を食らったようなそんなポカンとした顔をこちらに向けていた。口が半開きなのに、それでも可愛いと思ってしまうのは男子であれば仕方のないことなのだろう。


「どうしたの?」


 僕は思わず彼女に声をかけた。


 しかし、彼女はそれからも14秒間、息が止まったかのように、ひとときも動くことがなかった。


 ……


「……えっ?!」


 突然、彼女は素っ頓狂な声を上げた。恥ずかしい事でもあるのか顔を手で隠しながら、まるで猫がこちらの様子を窺うように、僕の顔と三日月になったメロンパンを交互に見比べている。


 その仕草が、また僕の心をどこかくすぐらせた。ただ、彼女がなぜこうなってしまったのかはどうにもこうにも僕にはわからなかった。


「もう食べないの?」


 僕はつい、お節介を焼いてしまう。


 ……もしかしたら僕がまだそのメロンパンを食べ足りないと思っている、なんてそんな解釈をされないだろうか。焼いた後にそう思ったが、彼女はそんなこと微塵も考えていないようにメロンパンに目を落としていた。


「……食べればいいんでしょ!」


 彼女はその姿勢のまま、なぜかムキになりながらパクッと口に入れた。


『この鈍感……。本当、もうメンタルがもたないって』


 彼女が何かまた呟いていたようだけれども、春の風が言の葉を桜の花びらと共に吹き飛ばした。


 と、一際強い風が吹く。


 春の匂いが彼女の髪をたなびかせる。


 僕は、彼女の横顔を見ながら、自分の顔が熱くなっていたことに今気がついた。


 僕は目を逸らして、2つ目のパンを手に取る。心のどこかに春の息吹を感じたかのように、何かが花開いた。 


 

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