敏感少女と鈍感男子
すれぷと
1.湊本さん
「好きです。付き合ってください」
それは僕が昼の購買にでも寄ろうかとしていた時だった。どうやら告白現場、というやつに遭遇してしまったらしい。
聞こえた瞬間、僕は近くの角に身体を潜めた。だが、これが人間の
どうやら、今まさに告白しているのは生徒会長で校内一のイケメンとしても呼び声高い中井くんのようだ。身長の高い彼は、こちらからでも目視することが出来た。
では、告白されているのは?
僕はそのことに無性に気になってしまい、身体を前に預け、耳を集中して傾ける。
「えっと……」
この声を聞いたとき、僕はハッとした。
湊本さんだ。
湊本さんは、この高校では知らない人はいないであろう生徒だ。品行方正で文武両道、非の打ちどころがないとまで言われている彼女は男子からの人気もすさまじかった。
さらに、その整った顔立ちもまた彼女の人気を加速させた。目はくるっとした猫目で、鼻は高く、髪はロングのライトブラウンが映えている。更にスレンダーな彼女はそれこそ虹色に輝くかの如くの無敵状態とまで言われてしかるべきであろう。
SNSにおいても応援アカウントまで出来ていると聞いたが、それにも納得できるほどの人望を兼ね備えていた。
これは校内ベストカップルの誕生かもな。
僕はなぜか少し痛くなった胸を押さえながらそう呟く。もし、彼らがカップルになっても誰も批判はしない。いや、できないであろう。
胸はどんどん痛くなる。購買は諦めよう、そう思って背を向けた時だった。
「ごめんなさい」
湊本さんははっきりとした口調で僕にまで聞こえるほどの音量でそう言い放ったのだ。
「「えっ」」
しまった、生徒会長と声が重なってしまった。しかし、彼はよほど動揺しているのか僕には気づいていないようだ。僕はまた、彼らの動向に目が離せなくなる。
「どうして……」
呆然としながら生徒会長くんが口を開く。その声はどこか震えていた。
「どうしてって、私と付き合うことを一つのステータスとしか捉えてない真意が見え見えだから、かな。それに私、気になる人いるもん」
「そんなこ……」
生徒会長が反論しようとする前に「じゃ」と、背を向けていた。
え、背を向けたってことは。
そう、彼女はこちらに向かって歩いてきていた。
僕は、逃げようともせずにその場に立ち尽くした。僕の視線の先でも生徒会長が立ち尽くしているから、側から見れば大層シュールな
「こんにちは。
立ち尽くす僕の目の前で彼女は、風で揺れてしまった髪を耳にかけながら僕に挨拶をかましてきた。ちなみに他所池という名前は本名であるから嫌味を言われているわけではない。恐らく。
「これから購買に行くんじゃないの? 一緒に行こうかと思ったんだけど」
「……」
しまった。完全に思考が停止してしまった。でも、ど、ど、どうして僕となんかと行こうとしているのだろうか。……思い当たる節が全くない。
もしかしたら、一人が嫌すぎて仕方がなく僕を誘っているのであろうか。だとしたら断らなければ。
「いや、遠慮し……」
「行こ?」
「……行きます」
こうして僕は購買に行くことになったのだ。いまだに呆然としている生徒会長の横をすり抜けた時の冷ややかな目は一生忘れることないだろう。
「というか、いやいやそうだったのに手を繋ぐってどういうこと。私は別に嫌じゃないけど、視線とかすごいよ」
「え、手を繋ぐくらい普通じゃないんですか?妹と買い物行く時は、いつもそうしていますけど」
僕は当たり前のことを言われたので、当たり前のことを返した。もし二人が離れ離れに迷ってしまったらどうするのだろうか、それを考えただけで恐ろしい。
「そ、そう」
彼女は納得したように頷いた。なぜか顔が赤いけど大丈夫なのだろうか。
「んじゃ、そこのパン屋でいいですね。人が多いから気を付けて」
そういって彼女の前に出て、彼女が通るための道を作る。これも妹のために身に着けたスキルの一つである。それに、あまり女性を危険な目には合わせたくない。
「あ、ありがと」
彼女はお礼を告げてくる。こんなことでそこまで言うことではないと思うのだが。
「どういたしまして。うわっ、本当に多いから、とりあえず買ってきましょうか?」
僕は、彼女にそう提案する。都会の早朝通勤ラッシュかのような大反響ぶりであった。誰もが己を忘れて目先の物に
絶対に負けられない戦いがここでもまた巻き起こっていた(ように見えた)。
「いや、大丈夫。それより早く行かないと売り切れちゃうよ」
それを聞いて、僕はさらに強く手を握って戦場へと赴いていった。メロンパン売り場に行くとメロンパンは3つ売れ残っている。慌ててそれに手を伸ばした。
「メロンパン残っててよかった。はい、どうぞ」
僕はそう言って、彼女に見せながらにっこり微笑んだ。
彼女はなぜかまた赤い顔して下を向いている。
そんなこと気にせずにまた、自分が欲しい、クロワッサンを探す旅に出た。
『やっぱり無自覚で鈍感すぎるでしょ。いい加減気付かないとメンタルが。いや、私が敏感なだけ?』
ギュっと手を握ったまま、後ろで湊本さんが何か言っていたような気がするけれど、僕には何も聞こえなかった。
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