4.策士


 下校時、僕と長洲は春の風に煽られながら、いつも通りの道をいつも通りに歩いていた。


「だからぁ、キラーマンってのはそのままの意味なんだって。湊本さんへの無自覚攻撃が殺人級なの」


 彼は笑いながら、そろそろいい加減にしろよ、みたいな口調であの発言の真意を語る。そして、自販機で買ったカフェラテをゴクゴクとのどを鳴らしながら飲み込んでいた。


 それでも僕はどこか腑に落ちなかった。少し不満げな顔をしながら、


「いや、なにも湊本さんに対して殺人級の攻撃なんて出来ないから。そんなことしたら学校中のファンからめった刺しされて僕が返り討ちに合うって決まってんじゃんか。僕は長生きしたいタチだからしないを超えてもう出来ないって」


 と、口を尖らせる。


『……だから無自覚なんだよ。これじゃ一番かわいそうなのは湊本さんじゃなくて未来かもな』


 それを聞いて彼は何か言ったようだけど僕には小声すぎて、鈍感すぎて聞き取れない。でもなぜだろう、少しだけ皮肉られた気がする。何もした覚えはないのに。


 ……


「そういえば、本屋寄りたいんだけど駅の近くのとこ寄っていい?」


 僕は、面白かった本の続編が一昨日発売だったことを思い出し唐突に声をかけた。


 東京から離れた地方にもなると、入荷日は3日から1週間程度遅れてしまうために、発売日がそこそこ参考にならない。だから、発売日後には毎日本屋に行ってしまうのは地方民なら仕方のない事である。


「よき、俺も昨日出た買いたい小説あるからむしろ歓迎。駅近くのデパのとこでいいよね」


「そこでいいよ、じゃ電車の時間近いしちょい急ぎますか」


 僕はそう言って少し急ぎ足で歩を進める。長洲は、ごみ箱に飲み干したものを入れて、「急に走るなぁ!」と突っ込みながら本気で僕を追い抜いて行った。


 ……それは逆の立場だよ、本当に。


 彼が本気で走れば、それこそ数多の大学にスカウトされ、日本を背負う星になるまであるのかもしれない。彼の走りは俊足を超えて神速の神足しんそくなのである。だから、ぐんぐん差が出るのは仕方ないことだし、バンバン乳酸が蓄積されていくのも仕方ない。


 そうして僕は長洲を必死に追いかけて、ギリギリで電車の発車時間に間に合い息を上げながら乗車する。彼が本気の走りを見せてくれなければ、きっとこの電車には間に合わなかっただろう。間に合った代償に疲労感はこの電車内と同じようにキャパオーバーしているけれどなぁ。


 そんなどうでもいいことを考えている内に降車駅に到着した。一駅したら最寄り駅なので、対して体力回復が見込めていない。こういうときにまんたんのくすりが欲しいものだ。

 さらに、県有数のターミナル駅であるからか、降車人数が多くてき出されるようにしてホームへと飛び降りる。


 降りてからふと隣のドアを見ると、湊本さんが横から飛び出してきていた。彼女の顔を見るとどこか昼のことがフラッシュバックして僕は何故か熱くなる。


 そんな湊本さんは、ドン、と押し出されて出てきたのか、右腹をさすりながら少ししかめた顔をしている。更に手提げかばんの荷物はとても重そうで女子一人が持てるような荷物には到底見えなかった。


「大丈夫?」


 僕は思わず湊本さんに声をかけてしまう。しまった、完全にお節介が出てしまったと思ったがそれももう後の祭りである。


「わ、他所池よそいけ君達も一緒の電車だったの。……大丈夫だよ、心配かけちゃったならごめんね」


 彼女は驚きながらも笑顔で言葉を返してくる。大丈夫、今はまだ彼の言うな部分は出ていないはずだ。ただ、どうもこうも彼女が手からぶら下げているものが気になってしまう。


「……いやいや、荷物も重そうだしさ。持つよ」


 僕はとうとうそう言って彼女の荷物に手を伸ばしてしまった。しかし、さすがに許可を貰わないと失礼だよな、と手を引き戻そうとする。そんな行き場のない手をどうするか悩む僕の後ろでは、挨拶しながらも僕たちの動向を面白そうに見ている長洲の姿があった。


「それは悪いよ。それに私、ちょっと買いたい本があって本屋行くからさ」


 そう、彼女は手を左右に振りながらいいよいいよとしてくる。だが、僕と長洲は目を見合わせて少し笑ってしまった。長洲はどこかニヤッとした不吉な笑みを浮かべながら。


「あ、実は俺たちもちょっと本屋行く予定だったんだけど、急用が入っちゃったみたいで俺行けなくなったんだよね。荷物重そうだし未来が一人で行くことになるくらいだったら、一緒に行ってくれば?」


 彼はそんなことを僕の許可もなしで提案してくる。先ほどまであんなに行く気だったのにどうして、と腑に落ちなかったのだがそれなら仕方ない。それに、今更女子と二人きりだろうが、特に恥ずかしさも何もなかった。ただ、相手が湊本さん、という所が何故か僕を嬉しくさせる。


「それなら一緒に行きましょうか?荷物も持ちますよ」


 そう、疑問形を呈しながら彼女の目を見つめる。


「ってか、さっきまで行く気だったのに急用ってなんだよ」


 ついでに、仕方ないと思っていた彼に対する愚痴が、つい飛び出た。


「いや、なんか今日バイトのシフト入ってたっぽくて。ってことで俺は先帰るわ」


 長洲はなぜか僕の目をひたすらに見ようとはせずにそう告げて「じゃあな」と踵を返した。どことなく彼が嘘をついているときと同じ状態な気がするけれど、彼が嘘をつく必要性が思い浮かばないからか、そんなことはないかと自己完結する。


 その間に湊本さんは、「クラスの人にバレたら……」とかを呟いていた。そして、さらに少ししばらくして、


「じゃあ……荷物お願いしようかな。でも教科書とかホントに重いから気を付けてね」


 と、荷物を差し出してきてくれた。


 僕はそれを、大丈夫大丈夫と笑いながら受け取ろうとする。僕はこれでも妹の荷物持ちに専念、要はただのパシリなのだがそのおかげもあって腕の筋力には自信があった。


 荷物に僕の手がかかったとき、彼女の手が不意にあたる。が、それには耐性がついているのか動じることはなかった。逆に、彼女のほうが当たったことに驚いたのか手を引っ込める。


 その動きに思わず前を見ると、彼女の顔はどことなく紅に染まっていた。ただ彼女の顔は夕日に当たっていて、それが照れなのか照らされているのか僕には分からない。


 だから僕は、そんなことを全く気にもせずに彼女の荷物をかすめ取った。受け取ってみると確かに重い。酷くずっしりとした重さが右肩にかかった。


「めっちゃ重いですね、本当に大変だったでしょ。肩とか絶対痛いでしょ」


 、なんて言いながら照(らさ)れている彼女の手を取り、本屋に向けて歩き出した。

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