5.照れ、照らされ

 僕と湊本さんは、駅に隣接している商業施設へと入館する。この施設はゲームセンターやアパレル物などを多く取り揃えているために、既に多くの高校生で賑わっていた。


 その館内で、学校一人気があるであろう湊本さんとザ・アベレージマンな彼が異様に浮いているのが、他の人から見ると火を見るより明らかだった。


 入館した時も、エスカレーターで上階に上がるときも、刺すような視線が向けられているし、何故か特に繋がれた手の辺りに痛い視線を感じる。そんなことに僕は全く気付かないわけだけれども、彼女はその視線をひしひしと感じているのか、少し縮こまってしまっていた。


「手……一回離してもらっていいかな」


 彼女は少し顔を赤らめながら、耐えきれなくなったようにそうボソリと呟いた。その後には顔を余っている片手で覆い隠していて、どこか切羽詰まっている様子に見受けられる。


「あっ、ごめん」


 僕は彼女の照れ声を聞いて、思わずサッと手を引っ込める。言われてから気が付いたが、手を繋ぐことがカップルのすることと言っていた長洲のことをついついすっかり忘れてしまっていた。


ただ何故だろう、急に手の温もりが失われてどこか物足りない気持ちになってしまう。妹といる時はこんな時でも、そんな思いは絶対しないのに。


「本当に気づかなくてごめんね。そういえば、下校早いけどテニス部今日ないん?」


 その気持ちを誤魔化すように、彼女に問いかける。


「大丈夫だよ。あ、実はもう部活に入ってないんだよね。ちょっとやなことあって辞めちゃった。そういう他所池くんはどうして早かったの?」


 彼女は手が離れたことで少し照れが覚めたようで、エスカレーターから振り向きざまに笑ってくれた。


「そっか。自分はあれだよ。今日部活ある予定だったんだけど顧問が来ないらしくて全員でサボることなったんだよ。下校中もラッキーって長洲と話してたんだよね」


 彼女が辞めてしまった理由は聞かなかった。実は、実を言うと、とても気にはなっているのだけれども、あまり詳細を話したくはなさそうだった訳であるし、彼女が辞めてしまった理由を聞いたところで僕にはもう何もできないのだ。


「へぇ、バスケ部だったよね。……あ、そんなことするから試合で初戦敗退するんだよ〜。せっかく見に行ってあげてたのにさ」


 彼女は冗談めかしながらもタイムリーで痛いところをついてくる。僕の所属しているバスケ部は先週の試合で僅差で敗退してしまったのだ。ただ、それよりも興味深いことを言ったのを僕は聞き逃さなかった。


「え、あの試合……見てたの?それは恥ずかしすぎるんだけど」


「うん。友達が長洲くんのファンでさ、開催場所もうちの高校だったから一緒に見ちゃった。ってか他所池くんが照れてるの初めて見たよ」


「そりゃ照れるよ。試合見られるのは恥ずかしすぎるもん。でも湊本さんと友達が来てくれたなら本当勝ちたかったな」


 僕は心の底からそう思った。流石にせっかく来てもらって初戦敗退は申し訳なさすぎる。特に長洲のファンの友達も、おそらく湊本さんも、もっと彼を見たかっただろうに。


 そうやって考えると、今湊本さんの隣に立っているのが僕というのも申し訳なく思えてくる。長洲がいてくれれば良かったな。


「こっちはもう次の試合に期待してるからね。だから他所池君も部活サボらずにファイトです!」


 彼女は、そんな僕の思いなど気にもしていないように僕に対して応援してくれる。ただ、その一言で僕も先程の思いなど気にもならなくなってしまった。湊本さんが僕に応援してくれたという事実が何故かひどく心を動かす。


 明日から真面目に部活しようと、そんな気持ちにさせられてしまった。


 それと同時に、4階にある目的の場所にたどり着く。


「そういえば、次の試合はいつあるの?」


 そう聞いてくる彼女と共に、僕は本の庭に足を踏み入れていった。


……ちなみに次の試合日時は僕も、恐らく部活に言っている誰もが知ってはいなかった。

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