11.春色
「そういえばさ、未来って湊本さんのことどう思ってるの?」
弁当箱を片付けて、昼休憩が終わるまで春と一緒にただぼんやりと座っていた時に彼女がふとそんなことを聞いてきた。
「ん?急にどうしたの?」
僕は、首だけ彼女の方に向きながらそう答える。突拍子もなく言われたのもそうであるが、単に質問の意図が僕には分からなかった。
「いやほら、昨日湊本さんと昼食べて楽しかったってとこまでは聞いたんだけどさ、未来は湊本さんのこと……す、好きなのかなって」
どこか不安げな目をしながらそう尋ねてくる春を見て、ついつい頭を撫でるという悪い癖が出てしまう。ただ、彼女がそんな目で聞いてくるということは僕も真剣に返さないといけないな、ということくらいはなんとなく理解できた。
だから僕は、体ごとそちらに向けて口を開く。
「どうなんだろ。好きってのがそんなに明確に分からないからなぁ。それでもまぁ可愛いとか綺麗とかは思うんだけど、それは春にも胡桃にも思っていることだから」
「そ、そっかぁ」
僕が真面目な顔してそう答えると、春はそう言葉を発しながらもなぜか少し顔を赤くした。
「顔が赤いけどどうした?」
「い、いや、なんでもないよ?ただ、未来が私のことを可愛いとかそう思ってくれてるんだと思って」
「そりゃあ、春はなんというか、はしゃいでる犬みたいで可愛いよ」
そういうと、春はどことなく不満そうな顔をする。僕は至って真面目に言ったのだけど、それがよほど気に食わない言葉だったのかどこか拗ねていた。
「それってあれじゃん。ペットの従順な犬みたいで可愛いってことじゃん」
その言葉に、僕は思わず同意の頷きをする。なんとなく、してはまずいような動作だと分かってはいたのだけれども脊髄反射のように言葉に反応してしまう。
そしてその途端、ヤッベ、という言葉が口からでそうになり、慌てて口を閉じた。その言葉は心の中だけに留めて、僕は一つ息を吐いた。
前を見るとやはり春はジト目になっていた。僕は慌てて言葉を紡ぐ。
「で、でも春の笑顔見ると元気になるって言うか、……やっぱ可愛いんだよ」
頑張って、言葉を探そうとしたのだけれども、結局その言葉しか出なかった。出せなかった。
だけども、この可愛いはさっきとは意味が違うものだ。その言葉を口にした途端に熱を感じて、そういう違和感を心のどこかで感じたから。
「そんなに可愛い言われたらちょっと恥ずかしいんだけど」
当の本人はそんな些細な違いになんて気づいていないように平然と、だけれども少しだけ嬉しそうな顔で春の空を、青い春を背伸びをしながら見上げていた。
「事実だからしょうがないでしょ」
「それもそっか。私めちゃくちゃ可愛いもんね。うんうん」
「いや、自分で言うのはちょっと……いた、痛いよ?」
僕は少し顔の赤い春を眺めながら、ほのかに香る桜の匂いを愉しみながら、この時間の終わりを告げる音をずっと待っていた。
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