9.青空

 翌日、とある事情で朝早くに起きていた僕は登校中から眠気と闘っていた。眼がうるんでいるのか景色が二重に見えてきているあたり、今日は非常に厳しい一日になることが予想される。特に数学。


「めちゃ眠そうじゃん。今日パン食べてる時もとぼけてたけど大丈夫?」


 そう、一緒に登校していた胡桃くるみが少しだけこちらを気遣ってくれながら一歩僕の前に出る。


 なぜ、胡桃が隣にいるかと言われれば、中学と高校は同じ方面にあるため、何か特筆した用事がない限りは兄妹二人並んで歩くのがルーティーンになっているからだ。なんでも、こうした方が胡桃的に嬉しいとかなんとからしい。最後がはぐらかされているところがどうも怪しいのだけれども。


「あぁ、今日ちょっと用事で弁当作っててさ。そっちも今日給食じゃないって聞いたからついでに作ってたんだよ。はいこれ」


 登校する前に渡そうと思っていたのに、そのことをすっかりと忘れていたので今になってようやく弁当袋を手渡す。それでもまだ、僕の鞄の中にはあと2つ同じ

 ものが残っていた。


「ありがと、そういえば今日給食ないの忘れてた。わざわざ作ってくれてたんだ」


 弁当箱を受け取りながら、僕に向かってはにかんでくれる。僕はそれを見て胡桃の分も作っておいて良かったなと少し足取りが軽くなった。


 ただ、それを察されないように


「あ、トマトを二つ入れておいたから。なんとなく冷蔵庫に眠ってたから苦手克服も兼ねて?」


 と、向こうにとっては好ましくないことを言ってやった。


 すると、当たり前のように彼女の笑顔は徐々に曇っていった。そして恐る恐る、それだけはやめてという雰囲気をかもして口を開く。

 

「まさかと思うけどプチじゃないよね?」


「そだけど」


 そう言うと、その頬が少し膨らんだ。前に立って僕の肩をポカポカしてくる。その仕草が、クールな見た目のくせになんとも可愛く見えた。


「プチトマトだけは食べれないってあれほど言ったじゃん!あの食感と酸味が口の中に広がった時に悟るもん。終わりを」


「いた、痛いって。大丈夫、プチトマト食べたくらいで人生が終わることはないからさ。まぁ、もう入れちゃったから頑張ってくれよ」


 徐々に強くなってきていた肩パンを静止させながら、この世の真理、『トマトでは人は死なない』を伝えてやる。というかトマトで人が死ぬなんて考えている人は胡桃だけであろう。あの酸味と甘味が美味しいのに。


「そりゃ死なないけどさ〜。ま、最悪残せばいいか。それか友達に渡そ」


 こんないつものどうでもいいような兄妹話をしている間に、胡桃の通っている中学校が左手に見えてくる。それと同時に、通学鞄の側面ポケットへと胡桃の手が動いた。


「あ、今日もこれポニテに結んで欲しいな」


 そう、いつもの特徴的な水色のシュシュを手渡してくる。どうして僕のカバンにそれが入っているのかは僕にはわからない。


「はいはい、高め?低め?」


「あ〜。今日は体育あるし高めがいいかな。お兄ちゃんって器用だからこう言う時に助かるよねホント」


「なんか、何回もやってると慣れてくるよね。家でやれよとは毎回思ってるけど」


 そう本音を言いながら、キューティクルの痛んでない髪を慣れた手つきで絞っていく。そして、シュシュの輪っかを通していった。


「だって家では忙しそうじゃん。そっち」


「確かにそっか。……ほい、できた」


 歪みひとつなく、ポニテを軸に対称に頭の形があることに満足しながらできた合図にポンと肩を叩いた。


「ありがと、今日部活はあるの?」


 中学校が目前となってきたあたりで、胡桃が僕の下校時刻を聞いてくる。夜は気本的に親が遅いために夕食を共同で作るので、お互いの下校時間を知らないと下準備の時間がわからなくなってしまう。


「あるから帰るの十九時くらいになると思う」

 

「わかった〜。じゃあ行ってくるね」


 中学校の校門前で、胡桃は僕に手を振ってくれる。これもまぁ、いつものことなのだけど隣がいなくなるとどこか寂しく感じた。


「行ってらっしゃい。ポニテ外れたら友達にでも直してもらって」


 その僕の言葉に一つ頷いて、胡桃は背を向けて校舎に入っていった。


「早く昼休みにならないかな」


 僕は一人になった途端、青空を見ながら寂しさと数学を考えないようにするために、昼休みに想いをせた。

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