7.帰宅


「ただいま〜」


 僕は湊本さんと別れたあと、中心部から少し離れた住宅街にある自宅へと帰宅する。少し機嫌がいいのか、いつもは社交辞令のような帰宅報告が無意識に声のトーンが一つ高くなった。ただ、それにはさして気にすることもなく、靴に手をかけて土間からフローリングに足をあげる。


「おかえり。今日は早かったんだね」


 靴から目を上げてみると、そこには妹の胡桃くるみ仁王におう立ちをしていた。顔は少ししかめっ面をしていて、何かを気に食わない様子でいるようだ。上機嫌な挨拶がそこまで彼女を怒らせたのであれば本当に申し訳ないのだけど、そんなことで普段、温厚おんこうな彼女が怒るとは考えられない。


「なんでそんなにしかめっ面をしてんのさ」


 僕は、一向にそこから動く気のない彼女を見ながら苦笑をする。理由も特にわからないがここまで僕に対してムキになっている妹を見るのは久しぶりであった。


「今日さ、見ちゃったんだよね」


「何を?」


 彼女の言葉に思わず聞き返す。今日において、特に胡桃に会うなんて機会はなかったと思うのだけど。


 関係ないと思うが……見ちゃったんだよね、というそのセリフが心霊系によくあるセリフなのでなのか背筋が少しだけ冷める。ホラーものはどうも苦手だ。


「本屋で彼女と一緒に楽しんでるとこ……」


 彼女は、睨むような目でこちらを見てくる。その後にすぐ、今にも泣き出しそうな目に変化していっていた。


 ただ、僕の頭にはどうしても拭えないハテナが付きまとっていた。


「いや、別に彼女じゃないんだけど。もしそうだとしても、流石に釣り合ってないことぐらいわかるでしょ」


 なぜ、胡桃は湊本さんのことを彼女と勘違いしているのだろうか。どう考えても全てが釣り合ってないことぐらい誰だってわかると思うのだけど。


「いや、もしそうでも向こうのほうは恋してるもん。そんな目してた。後、未来は自分こと過小評価してるかもだけど普通にモテてるもん」


 胡桃は諦めたようにようやく仁王立ちをやめて、リビングへと歩き出してくれる。ただ、まだ家族は帰ってきていないので一対一になってしまうのは変わらない。


「まさか、そんなことないよ。長洲とかの方がモテてるって。それに胡桃の方が僕よりモテてるでしょ」


 ダイニングテーブルに座り、自嘲じちょうながらに告げる。どうして同じ遺伝子を受け継いだはずなのに顔面偏差値に差がついてしまったのだろう。


 キッチンでお湯を沸かしているのを見ながら、兄の言うことでもないのだけど胡桃は綺麗な方だと再確認する。


 いや、別にだからと言って妹を好きになるなんてことは確実に死んでもないのだが、それでも身長が高く、目鼻立ちはくっきりしていて、黒髪を結ぶ水色のシュシュが映えている。


 そんなモデル体型の胡桃がモテないなんてこと、言ってしまえばあり得ないのだ。


 さらに、コミュ力が高いところや運動が他の人から秀でているところもそれを助長させて、人気が高いことは兄の僕からでも納得できてしまう。正直言って羨ましい。


 「確かにそうかもだけど、相変わらず恋愛に鈍感なのは変わってないんだね。……むしろ助かるけど」


 そう言って、そんな僕の気持ちなど考えてもいないようにホットココアの入ったマグカップをこちらによこしてくれる。


「鈍感ってなんだよ。長洲にも似たようなこと言われたんだけどさ」


 ありがとう、とホットミルクを一口飲んだ後に掃除時間を思い出す。彼も確か似たようなことを言っていたはずだ。


「う〜ん。例えばさ、私と買い物行く時、私から手を繋ぐけどそれはどうしてか分かる?」


「それは迷子にならないためにでしょ。そう言ったら長洲には笑われたけどさ」


「ホント、そゆとこだよ」


 ホットココアを呷って、黄色のキャラクターが印刷された可愛いマグをこちらに突き出す。


「きっと本屋で一緒にいた女子も苦労してんだろうなぁ。私みたいに。あ、春ちゃんもか」


 どこか天井を見ながら、僕にとって意味深なことを言い放ったのだった。

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