切実

 我々を取り巻く世界と、我々が求めることが一致しないために言葉は生まれた、と一度聞いたことがある。「腹が減った。狩りに行こう」と伝えるためには言葉がいる。逆に全てが満たされていれば、なにも言う必要はない。だから言葉の根源とは辛さなのではないだろうか。

 心に響く文章とはなんだろう? 僕は切実な文章だと思っている。元から人という生き物は嘘をつくのが下手で、文章を拙く脚色しようとすると白けてしまう。しかしそもそも脚色する必要はないのだ。僕たちは嘘をつくのは下手でも同情するのはうまい。だから書き手が己の魂を晒し、切実に書いた文章が読み手の心を動かす。

『二粒の錠剤』は切実な辛さを描いている。書かなければならないから書いたという力強い動機が感じられる。それこそが芸術の原型なのではないだろうか。

 しかし辛さを描いているといっても、物語のトーンが暗いわけではない。いや、この作品の色は暖かい。そして、暗闇を明るく照らし出しているというよりは、暗闇自体を美しく語っているような気がする。

 また構成的にも面白く、考えさせられるところがある。ネタバレになってしまうのでこれ以上は書かないが、読み返して新たな発見があったと思った読者がいるのではないだろうか。

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