第6話 受付嬢は注目し、私は日常を送ろうと努める
案内された部屋はそれほど広くない部屋であった。師匠曰く、一番下のランクの応接室だろうという事だ。ついでに言えば、お茶も出ないということは、ギルマスはそれほど会いたいわけではないという意味らしい。
しばらくすると、ノックされアンヌさんと一緒に禿頭の筋肉質の大男が部屋に入ってきた。ギルマスらしき男は名前も名乗らなかったが、彼女は男性として挨拶である、右手を左胸に当ててお辞儀をする。
「ほぉ、一応礼儀は弁えているか」
お前は弁えてないけどなと私は内心思いつつ「お会いできて光栄です……」と「お前が名乗らないから言えないよな?」と挨拶を途切れさせる。
「ああ、すまんな。俺はここのギルドマスターを務めているガッツだ。それで、新人冒険者が魔狼を単独討伐したと、サブマスから聞いたんだが」
「違うぞ。登録前の只の村人が単独で野営中に襲ってきた魔狼を剣で倒したんだ」
師匠が腹立たしげに、ギルマス・ガッツの言葉に被せ気味に答える。
「……素材を持っているとか。今ここに出せるか」
「はい、勿論です。先ず、牙をだします」
魔法袋から牙を取り出し、ギルマスとアンヌさんにそれぞれ渡す。まだ汚れもついている採れたてほやほやの未加工品。
「……買ったもんじゃねぇなぁ」
「では、毛皮を出します」
魔狼の毛皮は、魔力を感じることができるものなら只の毛皮でないことが直ぐにわかる素材だ。相手の能力にもよるが、上手に使えばフルプレートのような堅固さを持つ革に加工できるというし、毛皮のままでも防寒防刃の効果のあるマントの裏打ちとして活用できる。値段もそれなりにする。
「胴の部分にほとんど傷がない。剣でこれというのは珍しいな」
傷をつけない為には、罠で捕獲し、背中の部分に傷をつけないように腹を槍でついて殺したりするという。それでも、罠を外そうと暴れるので体にそれなりに傷ができ、毛皮も痛むのだという。
「小火球で注意を引き付け、体を疾風で加速させ、鼻面と眉間に剣を突き刺しただけです」
「……だけって……凄い度胸ね……」
いいえ、想定内ですから対応可能です。犬も狼も魔狼も弱点は同じなので、後は攻撃が通るかどうかだけです。
アンヌさんに呼びつけられ、何事かと思い部屋に入ってみれば小柄な少年が座っていて、目の前に『魔狼を討伐した』と証拠をだされて……さてギルマスはどうするんだろうか。
「実力のある新人を、能力に見合わない仕事に縛り付けるのはギルドにとっての損失だと考えますので、条件付きの昇格で星一つからのスタートを提案します。いかがでしょうか」
「魔狼単独で討伐できるなら、星二つ以上で当然だからな。いいだろう、条件付き昇格を認める」
条件付き昇格とは、『奉仕依頼』という無給の冒険者ギルドとしての依頼を一定数片付けることで、昇格を認める制度で、普通は傭兵として実績がある者に対して行うものだという。
「ヴィちゃんは問題ないと思うけど、冒険者を傭兵と同じように考えている人も少なくないの。魔物の討伐や商人の護衛ばかり熟していても、冒険者としての責務の半分しか果たしていないのよ。上に行けば行くほど、社会に奉仕する気持ちが大切になるからね。だから、奉仕依頼をいくつか受けてもらって冒険者としての資質を確認するわけ」
奉仕依頼は……要は私が村で引き受けていた仕事みたいなものだ。孤児院で手習いを教えるとか、お年寄りや体の不自由な人の家で手伝いをするとか、街の補修工事を行う……などだという。皆得意だ私……
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早速査定をしてもらう事になり、明日の夕方、奉仕依頼の完了報告時に換金して渡すということだった。本来は、見積もりをして納得すれば売却、しなければ他の商会に卸すことになるそうだが、私にはそんなコネはないので素直に買い取ってもらうことにした。
「じゃあ、明日またギルドに来てちょうだい。奉仕依頼をいくつか紹介するから、それを数日かけてこなしてもらう感じね」
アンヌさんに言われるがままに頷く。
「もしよかったら、三人で夜食事でもしないか」
「良いわよ。いつもの所に泊まっているのかしら?」
「ああ、そこでいいか?」
「たまには他の店にしましょう。折角だから、私が御馳走するわ、ヴィちゃんに」
師匠が「うはっ、ごち!」と叫ぶが、「あんたの分は自分で払いなさい」と言い返されていた。
私たちが泊まる宿は『踊る子豚亭』という師匠がトラスブルクにきたときに常宿にしている場所だった。値段はそこそこで、料理が好みなのだという。風呂が近いのが何よりなので、悪くないと思う。
宿の部屋で待っていると、宿の女将さんが「お客さんだよ」と呼びに来た。宿の入口にはアンヌさんが待っていた。
「お待たせ、さあ、行きましょう」
アンヌさんと師匠が並び、私が後について歩いていく。
「ヴィちゃんは今着ている服以外に、冒険者用の服を買ったほうが良いわ」
アンヌさん曰く、仕立てが良いのでちょっと作業に着ていくのには勿体ないのだという。バーン兄さんが騎士見習の時に来ていた服なので、それはそうかと思う。これで、荷担ぎや道路の清掃は出来ないだろう。
「それと、冒険者用の装備の揃う店を教えてもらえるか」
「私たちが使っていた店でいいんじゃない?」
「……色々、知られたくない過去とかあるだろ、俺たちにも」
「私は無いわ。あなただけでしょう」
傍から見ればいい歳をした男女が通りでわちゃわちゃしているように見えるのだろうけれど、とてもいい関係で年齢を重ねた二人なのだという事が少しの会話だけでもわかる。これから、私にも気の置けない関係になれる仲間ができるのかと、期待と不安が胸に募る。
アンヌさんが案内してくれたのは、大通りから少し中に入った一見民家にしか見えない『隠れ家』のような店で、名前もそのまま『隠れ家』という看板がひっそりと出ている。
「ここは、元々ある商家の物だったんだけど、今は引退した冒険者が個室で料理を振舞う店にしているの」
「うまいんだ、ここの料理。毎日食べるのは……厳しいけどな!」
師匠の反応からすると、少々割高なのかもしれない。
トラスブルクはメイン川上流にある司教座都市から始まった帝国自由都市、距離は近いのに、食文化は帝国なのだ。つまり、ワインは白、ビールをよく飲む、豚肉料理が多い……といったところ。勿論ザワークラウトも含まれている。
「では、私たちの出会いと再会に」
「「「乾杯!!」」」
大きな木のジョッキをコツンとぶつけ合い、三人はビールを口にする。水が奇麗なこの地でビールを飲料代わりにすることは少ないが、文化圏としては水代わりにビールを食事の時に飲む習慣がある場所だ。
「さて、なんでヴィちゃんは男の子の恰好しているのか……から話してもらえるかしら?」
一通り料理が運ばれてきた後、アンヌさんはそう切り出した。ギルマスは気が付いていないか気にしていないが、職員は気が付いている者もいたようだという。男の子として振舞う少女も少なくないので、問題というわけではない。私は掻い摘んで、生まれた村を出なければならなかったこと、将来的には帝国内を冒険者として行き来しながら、自分の住める場所を探したいということを話す。
「この街じゃだめなの?」
「まだ何も世の中を見られていないので、少し旅もしてみたいと考えています。薬師・錬金術師としても成長したいですし、冒険者の仕事も経験したいので、コロニアルに一度出て見たいと思っています」
アンヌさんは「なるほど」と言い、コロニアルの冒険者ギルドでパーティーを組んで色んな依頼を冒険者として受けるのはいい経験になるだろうと同意する。
「それに、ここだと離れているという感じもあまりしませんし」
「いや、別の国だし、影響ないだろ?」
「人の行き来はコロニアルよりは多いと思うわ。向こうはメイン川を介した
貿易の中心地だから、面白い仕事もおおいでしょうしね。私は良いと思う」
アンヌさんがそう言うと、ビールをグイと口にする。
「星一つになったら、臨時で募集しているパーティーを紹介するわ。そこで、パーティーで活動する経験を積んで、もしコロニアルに一緒に向かえる仲間が出来ればそこで旅立つのもいいと思う」
「それは悪くねぇ。この街ならアンヌの目も届くし、なんかあれば俺もタリアも顔を出せるしな」
そう考えると、半年一年ここで過ごすのは悪くないかもしれない。成人したての男装女子が一人でコロニアルに向かうのは、余り良い選択ではないことは私にもわかる。
「じゃあ、俺がいる間に買い物を済ませて、しばらくここで仕事を受けるなら……いいところないか?」
師匠がアンヌさんに聞き、アンヌさんが「当たってみる」と答えてくれた。
「それと、お金に慣れないとな」
「そう……ですね……」
村での生活、まして子供の私には物の値段も相場もわからない。ぼったくられるのも困りものだ。
「家が決まったら、一緒に生活用品を買いに回りましょう。そこで、このくらいの値段というのを教えてあげるわ」
アンヌさんが非番の日に買い物に付き合ってくれるそうで、私は少し気が楽になった。え、下着をおっさんの師匠と見たくなかったからです、はい。
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