第10話 受付嬢は憤慨し、私は大いに納得する

「それは……災難だったわね」


 『災難』という言葉が、私の中では一番ピッタリとする言葉だった。まさに、降ってわいたような災難だと思う。初仕事の後、買い物と食事に誘ってくれたアンヌさんの言葉に私は完全に同意した。




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 翌日、買い物に出かけた私とアンヌさんは、いくつかの着替えを新しく購入する。一つはエプロンドレス風の女使用人服、他には、冒険者が着てもおかしくない男性用の上着などだ。それに、使用人風の服もである。


「男物と女物と……両方ですか……」

「女物も私の着ない服を上げてもいいんだけど、サイズ調整しないとだから、買った方がはやいしね。冒険者の服は消耗品だから、数それなりに必要だよ」


 確かに、血や泥で汚れた服を着続けるのは難しい。だから、安い古着を上手に使っていくことにする。そういう冒険者御用達の店も何件か教えてもらい、アンヌさんに「友人の娘」と紹介してもらったので、恐らく、ぼったくりやイジワルはされないだろうと言う。冒険者ギルドの副ギルド長はそれなりに権威も権力もあるのだろう。





 さて、しばらくこの街に住むことになりそうなので、宿ではなく部屋を借りることを考えている。見習は商家や職人ならその店の屋根裏や地下に部屋を用意され住込みなのだが、冒険者の場合はどうなっているのか聞いてみた。


「パーティー単位で家を借りている人も多いわね。でも、月極のシェアハウスみたいな物もあるわね。そこで出会った人とパーティーを組んで見て、合わなければ部屋を移るとかね」

「男女混合?」

「男女混合だわね。そういうところは、風呂無しだし、寝室がそれぞれあって、食堂が共用みたいな感じね。行動は別々でも食事は当番で作ったりして楽しい事もあるみたいね」


 良い人と組めればそうだが、駄目な場合……とことん駄目そうでもある。


「その辺、ギルドでは紹介してもらえないんですか?」

「そうだね。今のところは不動産屋が仲介役でギルドはノータッチだよ。でも、どんな冒険者かは教えることはできると思う。守秘義務に引っかからない範囲でね」


 ルームシェアとでも言えばいいのだろうか、それはそれで楽しいかもしれない。先ずは安い宿に移って、その後、時間をかけて相棒を探すのも悪くないかもしれない。


 とは言え、錬金術の蒸留器を使ったりすると匂いも出る。最初は一人で屋根裏生活でもいい気がするのだ。明るい時間は家にいないし、上階なら空気も抜けるので多少の薬草臭は問題ないだろう。ある程度冒険者として実績を積んだ後、パーティーに加わるならその形に変えるのもいいだろう。


 私は、『最初は屋根裏部屋で』ということでお願いする。洗濯やお湯沸かしも自分の魔術で出来てしまうので、水場が遠いとか階段が狭いとか関係ありませんから私。


「じゃあ、信用できる知り合いに頼んでみるよ。多分、屋根裏は一部屋くらい借りられるはずだから」

「お願いします。知らない不動産屋の紹介より、アンヌさんの知り合いの方の方が安心ですから」


 一緒に部屋も見てくれるそうで、私は少し安心した。




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 さて、お昼を軽く頂き、夕食はアンヌさんの家に師匠と招かれているので次は、冒険者としての買い物である。魔法の袋持ちではあるが、知られるとあまり良くないだろうという事で、普通に一通り装備を購入することを勧められた。


「魔法の袋とその腰の剣は目を引いてしまうから、日ごろは他の装備を持つ方がいいと思うわ。特に、魔銀剣で立派な拵えの物はある程度冒険者ランクを上げるまでは良くない者を呼び寄せるから」


 アンヌさんのお話も尤もであるし、そもそも、この魔銀剣は魔力を通さないと魔銀の棍棒にしかならないので、剣としては微妙な存在なのだ。同じサイズのショートソードで構わない。





 お勧めの武具屋はちょっとわかりにくい場所にあった。ここ道なんだという通路を通った奥まった場所。多分、本来は中庭だった場所に建物が増築されたのだろうと思う。


「こんにちは、見せてもらいたいのだけれど大丈夫かしら」

「ああ、アンヌか。冒険者に復帰するのか?」

「まさか、新人冒険者を案内したの。ゼッタとタニアの弟子よ」

「始めまして、ヴィーです」

「中々行儀のいい坊ちゃんだな。ゼッタの弟子らしくないのは、タニアさんの影響だろうな」


 三人が現役だった頃からお世話になっている武具屋さんなのだという。自分で武具を作る事はないのだそうだが、買取や目利き、職人との仲介を主な仕事にしているのだという。アンガースさんという名前の店主だ。


「先ずは防具からね。革製で胸とお腹までカバーできるもの。下に鎧下代わりの上着を着るわ。出来るだけ良い物をお願い」

「かなり細いな……間に合わせだと大きいかもしれんな」


 一番細身の物を出してもらい、少し大きいくらいであったが、動いてみてそれほど揺さぶられないので問題ないだろう。首元をしっかり守るデザインなのはとても良いと思う。


「兜はどうする?」

「今の段階では、皮の頭巾で代用するつもり。まだ本格的に前に出て討伐することはないと思うから」

「魔術と弓が使えるので、余り重たい物や動きを妨げるものは避けたいです」

「じゃあ、盾よりも弓の弦が当たるから……バンブレースをつけるか。軽めの金属製で」


 前腕の部分鎧になるのだが、腕が細いのでこれは注文しないと難しいと言われる。今の厚手の手袋でも問題ないのだが、アンヌさん曰く……


「剣や盾は消耗品だけれど、身に着ける防具は一番良い物をつけた方がいいと思うわ」


 と言われたので、革の脛当てと前腕鎧は注文でお願いすることにする。期間は一月くらいと言われたので、その間は街の中での依頼を主にこなせば良いかと思う。


「ショートソードはそこそこの物で出物はある?」

「おう、兵隊が横流ししたのとか処分したものがあるぞ。その樽にぶっこんであるから好きにみてくれ」


 店の隅には剣がニ十本ばかり突っ込まれた樽が置いてある。剣の目利きは出来ないので、全面的にアンヌさんに見てもらうことにする。


「ヴィーちゃんの好みはある?」

「折れず曲がらずよく切れなくてもいいので、重たいものが良いです」

「……それって、ショートソードじゃないわよね。メイスとかでしょ!」


 確かに、私の力任せの剣筋はメイスと何も変わらない。




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 アンヌさんは武具屋の代金を「就職祝い」といい、全部払ってくれた。とてもありがたいが、依頼の無茶ぶりは許してもらいたい。


 アンヌさんの家で夕食をいただくことになり、私は連れだってアンヌさんの家に向かう事になる。何故か、家には既に師匠がいて、料理の下ごしらえ中だ。兎の肉は恐らく自前のものだと思われる。


「おお、良い鎧だな」

「でしょ。私からの就職祝い」


 あんたも何かあげなさいよと言われたが、師匠には弓も解体用のナイフも譲ってもらっている。


「まあ、いい物に巡り合ったらな」

「何その空手形。気持ちだけ頂いておくと言わせたいわけ」


 師匠は必要でないお金は持たない自給自足・物々交換の世界の住人なので買って渡すようなプレゼントはないだろうとは思う。ここまで無事に連れてきてくれて、アンヌさんを紹介してくれただけで有難いのだ。





 ワインを飲み、兎の肉のソテーやシチューを頂きながら、今まで村で何が私に起こったのか、師匠がほとんど説明してくれていた。


「それは村を出るしかないわね」


 アンヌさんは納得いかないけれど仕方ないという口調で告げる。いれば、下手をすると領主や国王の騎士団に捕らえられ、監禁される可能性もあったかもしれないというのだ。


「そうか……」

「そうよ。邪魔ですものヴィーちゃん。王女の婿の『勇者』の騎士の義妹にして元婚約者でしょ。出来れば生きていて欲しくないもの」


 師匠が珍しくシリアスに、アンヌさんは苦々しい顔になる。とは言え、私自身、あの村を追い出される可能性はそれなりにあると考えていたから、それは仕方がないと思うのだ。村の元々の住人の娘なら、余所の村に嫁に出すとか必要があっただろうけれど、私は行き倒れの女の連れだから。ずっと村の関係者として扱う必要はない。血縁者もいない訳であるし。


 あの家族の事は好きであったし、兄には敬慕の念を抱いていたと思う。村の人達も好きであったが、どうしてもその場所から離れられないほどの執着心は持っていない。最初から私は、外側の人間だから。



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